魔導織の公開と開戦派
新型魔法籠手と魔剣を納品して、今日の用向きはこれで終わりと思ったところへ、ギャラリーの1人が挙手をした。
確か、ここ開発部の研究主任をしている尉官だったと思う。どうでもいいけど、手を挙げないと発言も叶わないほど私って恐れられてるのかな。
「あの……、添加素材の配合によって魔剣内部に魔法を構築するだけの付加能力を与えると言うのは素晴らしい発想だとは思うのですが、それは秘匿するべき内容なのではありませんか?」
もっともな意見に頷く者、情報を漏らした場合にはとんでもない懲罰が下るのではと青くなる者が続く。オキシム中佐も表情を改めた。
「彼の言う通り、これはとてつもなく可能性を秘めた技術です。この様な場でおいそれと口にするものではないでしょう」
私の不用意さを咎めるような視線が向く。
会議室などで内々に話したならともかく、ここには大勢が詰めかけている。口止めしたとしても制御しきれるものではなく、私がうっかり情報を漏らした上で厳しい罰則を設けるのは道理が通らない。
「問題ありません。私はこの技術、“魔導織”を広く公開するつもりですから」
「え? な、何故!?」
オキシム中佐が驚くのも無理はない。
ギャラリーが呆けているのも頷ける。
「普通、新しい技術は独占して優位性を保つものでしょう!?」
「特に貴女は貴族ですから、これを餌に他家との交渉も可能ではありませんか!」
「南ノースマークの独自性を示せる機会ではないですか!? 発展の象徴として申し分ない筈です!」
中佐達が口々に正論で畳みかける。
貴重な情報を得た人達に諫められるとか、なかなかない状況だね。
でも、私はそう言った事情に興味がない。
飛行列車みたいな発展の難しい発明とは違う。基礎技術であっても、代替できた分割付与や回復薬とも違う。
「魔導織はかなり複雑で難解な技術です。配合する属性比、素材の品質、もしかすると調整時の環境まで、あらゆる事象が関わってきます。その法則性の解明に、限られた研究機関だけではとても手が足りません」
果てしない潜在能力を秘めているからこそ、それを狭める真似はしたくない。
「どんな魔法を望むのか、どんな夢を託すのか、人の発想は無限です。だからこそ、私はこの技術を大勢へ委ねたい。可能性を大きく広げたい。私では思い至らない何かへ期待したい。その為なら、秘匿して得られる筈だった利益など惜しくありません」
前世では0と1を突き詰めて人工知能を作った。仮想世界を夢見た。
この世界で魔導織は何を生む?
私はそれが見たい。
それに、私は優位性をすべて捨てようって訳でもない。何しろ、私達にはノーラがいる。この研究には精度の高い鑑定を行う術師が必須となる。
属性比の詳細を読み取るってだけじゃない。魔物素材には既に魔法を構築している場合も多い。それを正確に把握して、相互作用への干渉を見極めないといけない。後々は測定機を導入するとしても、そちらの開発へ鑑定士が果たす役割だって大きい。
ノーラなんて、現状でも属性比の法則性確立へ余念がないくらいだからね。
既に先へ大きく進んで、歩みを止めるつもりも、追いつく余地を残すつもりもない。
独占なんてしなくても、進度を大きく引き離して優位性を保てばいい。後進への助言だけで、十分交渉の材料にもなる。常に最先端を走る状況こそが、南ノースマークの象徴となってくれる。
早期に公開したくらいで、私達への損害はないよ。
そもそも、霊薬のレシピは神殿が公開した。皇国や共和国は当然研究に乗り出している訳だから、薬内での魔法の構築が他へも応用できると気付く可能性は十分にある。その前に王国で技術を確立しておきたいって思惑もあるのだけども。
「そう言う訳ですから、魔剣への使用は研究の一環です。少しでも多くの情報を収集して、次の研究に繋げたいと思っています」
「……なるほど、新型の魔法籠手より期待は大きい訳ですな。気を引き締めて携わらせていただきます」
「お願いしますね。その結果を共有して、開発部と私達の下地としましょう。それから公開順についても考えるつもりです」
軍と魔塔、国の重要機関を差し置いて民間へ流す訳にもいかないからね。それまでの期間で噂になるくらいは許容できる。
「反響は大きいでしょう。しばらくは基礎研究となるとしても、その先に大きな希望が持てます。秘匿を良しとしなかった姿勢も、スカーレット様なら流石聖女様だと受け入れられるのではないですかな?」
その名声は全く求めてないけど、多様な着想を得る為だと思って今回は甘んじようか。既に、聖地でクリスティナ様と共に聖女としての託宣を得た……とか噂になっているから今更だしね。
「……ただ、それだけに危ういかもしれません」
彼も研究者、期待を滲ませていたオキシム中佐だったけれど、ふとあまり楽観できない様子を見せた。
「何か問題でも? 新規の技術ですから、懸念点があればなるべく聞いておきたいのですけれど」
「あ、いえ、魔導織自体の話ではありません。私としても非常に興味深い技術だとは思っていますが、兵器への転用も想定できるものです」
「実際、魔剣から実用化していますし、開発部の目指す方向としては間違っていませんよね?」
「はい、その通りです。ですがそうなると、勢いを強めそうな連中が居そうだな、と思いまして……」
なんとなく、すぐに席を立って聞かずに帰りたい面倒事の気配をひしひしと感じるけれど、立場がそれを許してくれそうにない。
「すみません。しばらく国外へ関心を向けていたせいで国内の情勢に少し疎いのですけれど、何か不穏な動きがあるのですか?」
「はい。スカーレット様のお耳に入れておいた方が良いと思います。魔導織の件は置いておいても、新型の魔法籠手だけで彼等を刺激するには十分ですから」
つまり、ここへ来た時点で逃げ道はなかった訳だね。
「開戦派、そう呼ばれる集まりを御存知ではありませんか?」
「また、オブシウスの集いのような偏向主義者が軍内から湧いて出たのでしょうか?」
オキシム中佐の質問を、不快そうに拾ったのはオーレリアだった。
開拓を目的とした魔物領域の消失によって生活領域からあぶれた魔物への対処、ダンジョン攻略への注力、防衛を目的とした非常時への備えと並行して打ち立てられた軍の方針へ異議を唱える行為を許し難いらしい。
「いえ、蠢いているのは貴族です。王太子殿下を支持していた一部が分派し、魔導士を有し、飛行列車をはじめとした戦略兵器でも優勢となった今こそ、大陸制覇へ乗り出すべきだと主張しています」
「……それはレティに滅ぼされたいという表明ですか?」
「オーレリア、怒ってるのは分かるけど、私、主張を違えただけで武力に訴えるほど野蛮じゃないからね?」
軍内部の分裂でなくても、国や将軍の方針を批判した事には違いない。おかげで、オーレリアの怒りは収まらない。
とは言え、新しい何かを生み出す度にそんな連中が湧いて出るなら、私としても鬱陶しくて仕方がない。
教国の包囲に軍を動員させたのも、他国へ武威を向ける選択肢があるってその連中を後押ししたのかな。そこまで情勢を読み切れていなかった私の失敗だね。
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