霊薬が生んだもの
「火炎竜の方は墳炎龍と比べれば威力は劣りますが、それでも鋼板の2~3枚は貫けますよ」
それはつまり、火炎竜を貫けるって事でもある。火耐性をものともしない。
「見劣りするなどと思った自分が恥ずかしい。そちらも想定以上に素晴らしいですね。それを100も……軍の攻撃力が大きく上がりますよ」
「ダンジョン攻略部隊は希少な素材を持ち帰ってくれてますからね。このくらいの協力は何でもありません」
「……しかし、火炎竜を目撃したという報告は受けていませんでしたが、何処でこれほどの数を揃えられたのですか?」
「聖地デルヌーベンへ向かう途中にいっぱいいましたから。旋風竜ほどではありませんが、素材がたくさん手に入りました。戦力を整えて行くならいい狩場ですね。ダンジョンとはまた違う特殊個体も興味深かったです」
「……幸運に愛された極一部だけが到達できると言うだけあって、ダンジョンより恐ろしそうな場所ですね」
問題は、あの場所がどこの国のものでもないとは言え、不可侵の場所として定義されているから、あんまり乱獲していると国際問題になりかねないって事かな。国外で勝手に資源を掘っているのに等しい。
折角教国の問題が片付いたのに、聖地を我が物にしようと画策しているんじゃないか、なんて疑いも要らない。聖地の謎は気になるけど、取っ掛かりもないからしばらくは大人しくしておこう。
「それから、こちらも試してもらえますか?」
「これは……魔剣、ですか?」
魔剣って言うのは、ダンジョンで採掘された特殊な鉱石を剣の形に打ち直した物を指す。時には剣と分かり難い形に加工したりする。
鉱石自体に魔法が宿っていて、振ると同時にそれを解き放つ。冒険者を中心に、魔法の外部放出を苦手とする騎士型の人が好んで使う武装だね。
ただし恐ろしく高価。
素材はダンジョンで稀に見つかるだけで、内包している魔法も選べない。どうして魔法が発動するかも解明されていなかった。しかも魔力の充填ができないものだから、鉱石が含有していた魔力を使い切るとただの鉄塊でしかなくなる。
それでも、物によっては希少な魔法が発動できるし、1本あるだけで戦術の幅が広がると人気は高い。最近は魔法籠手が流通してきたから若干下火になりつつあるのだけども。
中には瞬間的に切れ味を上げる、剣自体が強靭になると言った魔力消費が少なくて、派手さに欠ける代わりに永続性のものもある。グリットさんが使っていた重さを変えられる剣もこれだね。
私が今回持って来たのは、振ると大きな火球が出る程度のものでしかない。
アイテムボックスから取り出すと、新型魔法籠手に比べてインパクトの少ない納品にオキシム中佐は気を緩ませる。私でもこんな普通の武器を作るのかって安堵が滲んで見えた。
「魔力の少ない者には、魔法籠手よりこちらの方が使いやすい場合も多いそうです。予備武器として持たせる事も出来ますし、部隊の底上げには助かります」
「使い方はお任せします。私は、感想と改善要望をまとめた報告書があれば十分ですから」
「はい、励ませていただきます。……しかし、こちらも随分と数を用意したのですね。何処かで特殊鉱床でも見つかったのですか?」
「いえ、全て自作ですよ」
「は?」
何を言っているのか分からない。
そんな反応が、オキシム中佐を含めたギャラリー達から一斉に返ってきた。
勿論、ダンジョンで見つかった鉱石を加工したって話じゃない。金属に魔法を内包させるところから実践した。
「先日、奇跡の霊薬を私が蘇らせた件については聞き及びだと思います。あれは様々な薬効を溶かし込むと同時に、含有成分同士の相互作用で魔法を生むものでした。それを、金属中でも再現できないかと考えました」
「まさか……そんな事が?」
「それほど驚く事ではありませんよ。私達は既に実践してきた事です。魔物の牙や爪を剣に練り込むと鋭さが上がる、硬皮や鱗なら可塑性を得られる。理論を知らなかっただけで、これらも全て物質内で魔法が働いた効果です」
思ってもみない形で疑問が解消した。
火を起こす、空を飛ぶ。理論が追い付かないまま技術が完成した話なんて、歴史上、いくらでもある。
本人が知らない事はノーラの鑑定でも見通せない。
でも、奇跡の霊薬から魔法の構成を見て取った彼女は、属性の配合で相互作用を生めるのだと解明してくれた。虚属性で一体化させるのではなく、他属性同士が混和した状態で干渉し合う。
「今回の魔剣を簡単に言うと、火を主属性に、微量な地属性が金属と素材の働きを繋ぎ、風属性が炎を増幅して形を整えます」
「な、なるほど、それほど複雑な作用だったのですね。道理で火属性術師からの魔力の充填が叶わなかった訳です」
そこが魔法と違う点ではある。
単一属性で火球を作り出してしまう魔法には、人体って複雑な発動器が関与している。
「属性の働き方が分かったおかげで、充填機も用意できました。魔法籠手と同様に属性変換機能も備えてありますから、術師の方に充填してもらってください。特殊な調整が必要でしたから、あくまでもこの魔剣専用となりますが」
「そ、それは助かります。もしかして、既存する魔剣を調査すれば、それら全てに魔力を充填できるのでしょうか?」
「将来的には可能でしょう。物によってはかなり複雑な魔法を発動している場合もありますから、どこまで対応可能かは分かりませんが」
「……魔剣の扱いが随分と変わるでしょうね。内包した魔法に代替が効かず、珍重している物も多いですから」
値段が下がって、容易に使える武器になるだろうね。今回みたいに火球を生み出すくらいなら魔法籠手の方が汎用性は高いけれど、さっきオキシム中佐が言っていたみたいに魔力量が少ない人への需要はある。
ダンジョン鉱石の価値は下がるかもしれないけど、その分大勢に行き渡って魔物討伐も捗る。
「スカーレット様が研究を進めれば、希少な……例えば斬った対象を石化させる、かざせば毒を浄化すると言った効果も再現できるのでしょうか?」
「そうありたいですね。詳細は検証中ですが、これは魔物が特殊な技能を使う理由と同じだものだと思っています。竜の息吹や咆哮なども再現してみたいですね」
各種属性の竜種がいるように、人と同様に魔物も単一属性を持つとされてきた。けれど実際はもっと複雑に絡み合っているのだと思う。
特殊な臓器や牙や爪と言った部分的な他属性を複合化している。魔力を得る目的で他の魔物や人を襲うのに、含有属性にこだわりは見られない。餌として他属性を取り込む事で不足属性を補填、魔法染みた能力を強化している可能性もある。もしかすると、周囲の環境すら利用しているのかもしれない。
反作用の力場を発生させるとか、海洋生物なのに風に乗って漂うとか、無茶な能力があったのも頷ける。
同時に、能力が限定的だった理由にも納得できた。生態と結びついているなら多様性は望めない。そう考えてみると、イメージを形にしてしまう魔法の汎用性の方が理不尽にも思えた。
「魔法を多角的に利用できるものと定義するなら、魔物の能力は一定の方向へ収束しているのでしょう。そのせいで、人間の想像が及ばないほど複雑でした。しかし、属性がどう作用しているのか解き明かしたなら、魔剣をはじめとした魔道具での再現も可能となります」
「魔法が、更に発展するのですね?」
「そうありたいですね。魔物の不思議は解き明かせないものではなくなりました。勿論、新しい魔法を生み出す事も可能となるでしょう。複数属性術師でなくても、複合魔法が生み出せます。未来は明るいですよ」
霊薬を応用して薬学に貢献するより、私はこちらの方に魅力を感じている。毒の選別とか面倒で、もしもの場合が怖いから、そっちは専門家に任せたいと思う。
逐一経過報告を求めて来るディーデリック陛下が煩わしいからってだけの理由じゃないよ。
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