王子と論争
申し訳ありません、遅くなりました。
戦争支持派の建前をはっきり否定しようというのに、第1王子の表情は崩れない。長く戦争論を掲げてきた人だから、このくらいは聞き飽きているのかも知れない。
まあいい、私は自分の意思を表明するだけだからね。
「開拓の余地がありながら、放置して国外へ富を求める。つまり、我が国は魔物には敵わない、そう言って白旗を揚げているも同じでしょう」
前世では開拓し過ぎで資源が枯渇しかけていたけど、この国では山林や原野を切り開く事を放棄している。他国も似た状況で、限られた資源を奪い合う状態にある。
「氾濫を恐れて、間伐部隊や冒険者に間引かせるのがせいぜいで、魔物領域に関わろうともしない。それが王子の仰る強い国、と言えるのでしょうか?」
「敵兵を殺すくらいならば、魔物に殺されろと? それで兵達が納得すると思うか?」
「それは考え方次第でしょう。100の敵兵を殺して英雄と呼ばれるのも、100の魔物を屠って勇者と呼ばれるのも、猛き兵の行いには違いありません。国を討つより、街を護る方が誉れなのだと喧伝すればよろしいでしょう」
「それは方便でしかなかろう」
「それが何か? 元より、戦争で国の為に死ぬ事が栄誉と誘導しているではありませんか。戦争支持派の一部は、それを乗り越えて名声を得たい若者達でしょう?」
「……綺麗事で戦争反対を口にしているかと思ったら、其方、民や兵が死ぬ事を厭わぬのか?」
日本人だった頃なら、そうだったろうね。
「人が万物の頂点で、争いだけが命を奪う脅威だというなら、綺麗事も言えるでしょう。けれど、私は貴族です。人より多く背負った義務の中には、大勢の生活を確保する為に、少数に犠牲を強いる事も含まれます」
「それは、私も同じつもりだが?」
「そうでしょうか? 私は、犠牲を減らす為の尽力を諦めるつもりはありません」
だから、私は武器を忌避しない。
剣も、銃も、兵器ですら、この世界では護る為の力だと思うから。
初めからそう思えた訳じゃないけれど、国内の死亡率を知って愕然とした。何しろ、魔物に殺された人の割合が、病死並みに多いんだから。
「何も竜を相手にしろとは言いません。斥候部隊が魔物の生息状況を調べた上で、銃と魔法を斉射して安全を確保しながら討伐する、間伐部隊の規模を広げるだけで効果は上がるでしょう。武器を揃えれば、兵の練度が上がれば、犠牲を減らせる。この国で求められる軍拡とは、そういうものであるべきではないでしょうか?」
それに、現状で魔物素材の供給先は、間伐部隊が中心。郊外なら冒険者だろうね。
研究室を始めてつくづく思った。アルドール先生や魔塔の研究者が調べてはいるけれど、魔物素材の可能性はまだまだ奥が深い。比較的安価だからと、一部の魔道具だけに使うのは、勿体無いよ。
「軍は獣と戦う為にあるのではない。戦争を知らぬ小娘が、勝手な事をほざくな!」
そう叫んだのは王子じゃない。さっき、私を小娘扱いした人だね、相手にしないけど。
第1王子もこのくらい感情的になってくれるなら、やりやすいのにね。
「生活領域が増えるだけではありません。大量の魔物素材は国民を豊かにするでしょう」
「―――おい」
「大量の魔道具を生産できる体制を整えておけば、この国を支える産業になるかもしれません。新しい魔道具の開発も進むでしょう」
「―――おい!」
「それに、新しい土地の開拓によって経済もまわります」
「―――おいっ!!何故答えない!?」
無視してる事くらい分かってよ。
「アドラクシア殿下、いつ、護衛が殿下の話に口を挟めるようになったのでしょう?」
私はあくまで、第1王子との会話を続ける。
「俺はエルグランデ侯爵家の人間だぞ。ノースマークの者だからと言って、虚仮にされる謂れは無い」
知ってるよ。王子妃の弟さんでしょう。
でも、この場では関係ないよね。
「大体、獣の次は魔道具だと? そんな平民の目線で、国の方針を語るな!」
「……」
「おい、何とか言ったら―――」
「―――黙れ!!」
雷が落ちたよ。
王子の表情が初めて動いたね。
「……ですが、殿下。何故言わせておくのです?」
「黙れと言った。発言を許した覚えはない」
私、王子の客人だからね。会話を遮れるのは、私達の同意を得た場合だけだよ。たとえ、私が男爵令嬢や平民だったとしても、変わらない。
そもそも、王子がわざと言いたい放題にさせているってくらい、気付いてよ。
フランなら絶対にこんな失敗しないのにね。側近と言っても、貴族のボンボンだからかな。
「すまんな、会話を断ち切ってしまって」
王子が謝罪したのが気に入らないみたいだけれど、頭を下げさせたの、貴方だからね。
「いえ、お気になさらないでください」
話を打ち切るいい口実になりますので。
私、早く帰りたい。
「戦争は望まないが、軍拡は反対しない、か。侯爵といい、ノースマークからは面白い意見が聞ける」
「父ともこのようなお話を?」
「戦争が、経済にどれほどの影響を与えるか、滾々と説教されたよ。特需のような一側面だけに目を向けるな、とな。10年以上も昔の話だ」
「父らしいです」
「侯爵に叱られた時点では、戦争が国を豊かにすると信仰するだけの子供だった。以来、多くの者に意見を聴いたよ。私に賛同する者だけではなく、反対派、中立派にもな。それらを理解していない訳ではない。納得できるものも多くあったよ」
「それでも方針は変わらなかったのでしょうか」
「常に同じだった訳ではない。10年前ならば、意見を翻す事もできただろう。だが、国は割れてしまった。それぞれの王子派に、其方ら中立派。たとえ次期国王が決まっても、亀裂が消える事は無いだろう」
異なる意見が入り乱れるって事は、王の権威が揺らぐ事でもあるからね。
「立太子する事無くこの歳になって、弟達に王位を譲る事も考えた。しかし、年の離れた弟は、可愛いあまりに甘やかし過ぎた。現時点で後を任せようとは思えぬ」
甘やかしたから愚かに育ったのか、愚かな第3王子であり続けてもらう為に甘やかしたのか、そのあたりは判断しかねるけどね。
「第2王子は、優秀だが、急進的過ぎる。実力主義、結果主義が行き過ぎて、緩衝材となれる補佐がいなければ、混乱を招く」
結果の為なら身分差や貴族体制を否定するところもあるので、旧態依然の貴族が多い現状では受け入れられない。前世的には理解できる部分も多い人なのだけど。
「だから、私が王となって、再び国をまとめ上げる」
「殿下にとって戦争とは、貴族の意見を統合する為の手段なのですか?」
「そうだ。散らばった権限を、王の下に一元化させる」
うーん、戦争は嫌い。その原点は変わらない。
でも、王子を否定できるだけの知識が、まだ私には足りない。
王様がいなくても国は回ると知ってはいるけれど、それをこの国に当て嵌められるかどうかまで、私はこの世界の政治を知らない。
アドラクシア殿下の言い分は極論過ぎるけど、このまま権威を分散した状態が続いた場合、どう流れるのかまで予想できない。戦争を否定して、内乱の種を作ったんじゃ、意味がないしね。他の王子も適任とは言えないし。
「それでも、私は戦争を望みません」
「ああ、それで構わん。其方を無理強いする気はなくなった。軍拡だけでも望んでいるなら、私にとっても都合がいい。争うならば、私が立太子した後で良かろう。それに、泳がせておいても、何やら新しい技術で兵器産業に影響を与えてくれそうだしな」
予想通り、分割付与まで掴んでいたみたい。
やっぱり、油断していい相手じゃないね。話も半分くらいに聞いておこう。
「存外に面白い話を聞けた。何より、意思統一の手段を国内の開拓に向けるというのは、考えてみる価値があるかもしれん。また話し相手に呼んでも良いか?」
勘弁してよ。
「申し訳ございません。度々アドラクシア殿下を訪ねては、余計な噂の種になるでしょう。それとも、殿下は私との婚約をお望みですか?」
「……それは無い、な。私の妻は悋気が強い。噂くらいは知っていよう?」
うん。
この人、侯爵令嬢の婚約者がいるのに、子爵家のお嬢様と本気で恋仲になったんだって。リアル悪役令嬢とヒロインだよ。当時は結構揉めたらしいけど、ざまぁ展開はなくて、第1妃、第2妃として順当に娶ったみたいだけどね。
ただ、子爵令嬢を第2妃として迎える条件が、他に側妃も妾も持たない事だったらしい。
調べてホッとしたよ。
アドラクシア殿下、ロリコン疑惑、陰性です。
お読みいただきありがとうございます。
感想、評価を頂けると、励みになります。宜しくお願いします。




