反省会 1
遂にキャシーが講師試験を突破した。
私達が教国の対応に追われている間、最後の追い上げを頑張ったらしい。
これ、本当に凄い事なんだよ。
理系、文系、騎士教練に礼儀作法、学院で学べる内容は多岐に亘る。必修科目を終わらせるだけで卒業はできるのに、将来を見越した幅広い選択科目が並ぶ。当然、それぞれの専門性は高い。
学院講師試験は特別枠だから、そもそも到達を想定していない。貪欲に勉強を望む学院生が現れた結果、止むを得ず設定した慣例でしかない。貴族同士の交流を目的とした場所なのに、本分そっち退けで勉強にのめり込むとか教師も困る。対策として、恣意的に難問を出題する権利すら認められている。
そんな訳だから数年に1人出ればいい方で、学院の歴史でも20人に満たない。学生時代から優秀だったと言うジローシア様やお母様だって届かなかったくらいの狭き門だからね。
しかもキャシーの場合、入学から1年をほとんど無為に過ごしている。家庭環境的に前もって家庭教師に習うなんてできなくて、私やウォズとは前提が違う。必修科目の勉強にも時間を割かないといけなかった。
年齢に違いがあるとは言え、私より勉強期間は短かった事になる。
おまけに、ウェルキンとか、コントレイルとか、アビスマールとか、次々課題を積み重ねる非道な上司がいた。私が教国から帰ってみると、新しい海洋討伐船とかできてたからね。
正直、3年前、キャシーが講師試験合格を目指すと決めた時には達成できると思っていなかった。
たとえ目標に届かなかったとしても、真剣に取り組むならその時間は無駄にならないだろうってくらいの気持ちで応援していただけだったからね。申し訳ない事に、彼女のやる気と底力を甘く見ていた。
なので、今回の報告は本当に嬉しい。
最近は達成を疑っていなかったとはいえ、ここまでの頑張りを知っているから尚更喜びが募る。
だと言うのに―――
「それで? レティ様はその調子で本当に結婚する気があるんですか?」
今日の話題はそれじゃなくない?
むしろその件に関しては触れないでほしい。
「確かにノーラも問題を抱えていますけど、彼女の場合は最終的に国が相手を用意してくれます。そうなると拒否権がなくなりますから、選択肢を広げておいた方が良いとは思います。でもレティ様の場合、選り好みしている内に行き遅れる未来が見えますよ。あたしの気のせいですか?」
「う……」
ちょっと否定が難しい。
何だかんだと理由を付けて、独身を通した人生が私にはあるからね。
「お茶会で時間を無駄にするより、めぼしい家にレティ様から打診した方が良いんじゃないですか?」
「うーん、それだとどんな相手か分からないからね」
「それで、ノーラとイーノック様の3人で話し込んで帰って来た訳ですか? それで人となりが分かる筈もないですよ」
「……結果としてそうなった、かな」
そのあたりは学院生活で知っておくべき事なのだけど、入学すぐに研究室を開設、分割付与に回復薬と大型の研究を成功させたものだから、私の社交は大人相手が中心だった。未だ学院生なのに、子息令嬢との接点が極めて少ないって弱みがある。
積極的に動かなかった私が悪いのは自覚しているけども。
「そもそもレティは政略結婚を受け入れていませんでしたか? どうして今になって出会いを探しているのです?」
「それは、ほら、侯爵家の為ならって一度は覚悟を決めたけど、今は自分だけの為だからね。できるなら我慢が必要な結婚生活とか送りたくないよ」
前世をきちんと思い出したからってのもある。
あの頃は結婚と言う選択肢を選べなかったけど、封印していただけで憧れの気持ちもあった。この世界を楽しむなら結婚にも妥協したくない。
「でも、子爵位を賜った以上、血を繋ぐのは義務ですよ。家としての良縁を探す必要もあるのではないですか?」
「……そうだけど、幸せそうなオーレリアとかキャシーを見てたら、私もって気持ちくらい湧いてくるよ」
「それは……、その、ごめんなさい?」
そこで謝られると惨めになるからね。
「でもレティ様、マーシャみたいに婚約を決めてから関係を作る場合もありますよ」
「そうは言ってもさ、やっぱり相手次第じゃない? どうしても気が合わないなら研究を理由に夫婦生活から逃げる自信があるよ」
「……容易に想像できますね」
「それに、家同士の繋がりを考えると更に面倒なんだよね。実家は侯爵家で、もうすぐ戦征伯とも縁続きになる。研究の関係でコールシュミット侯とは繋がりが強いし、エルグランデ侯とだって協調を続けてる。結婚で有力貴族と縁を結ぶ必要性を感じないかな」
「あー、場合によっては反スカーレット派の横槍も入りそうですよね」
「うん。何しろ私、望めばアノイアス様を迎えられるだけの影響力がある訳だから」
可能ってだけで、その気は何処にもないけども。
「とは言え、将来的な事を考えるなら敵はあまり作りたくないでしょう?」
「レティ様なら跳ね返すだけでしょうけど、子爵家がいつまでもそうって訳にはいきませんからね」
「つまり、レティのお相手は影響力強化の為ではなくて、下級貴族から優秀な人材を迎えた方が良いと言う事ですか?」
「んー、あくまで選択肢の1つかな。その方針を表沙汰にしてしまうと、子息の売り込みが列を作りそうだしね」
普通、下級貴族は家格が足りないと立候補を躊躇う。そこへ家柄を問わないと表明すれば、どれだけ可能性が低かったとしても、名乗りを上げるに決まってる。
成り上がる事を夢見ない貴族なんていないだろうからね。
「そんな事情を考えたらさ、恋に浮かれた女を演じた方が面倒事を避けられるんじゃない?」
恋愛結婚なら、ありもしない企みを探られなくて済む。
下級貴族の蹴落とし合いも発生しない。
「演じると言うか、レティ様がそうしたいだけですよね?」
「レティ? そうして願望を垂れ流しにしたところで、何も進展しませんよ」
……振り出しに戻る。
せめて下調べくらいはしておかないと、お茶会に行っても意味がないって学習したかな。
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