先代聖女の悲劇
昨日、初レビューをいただきました。でぇらさん、ありがとうございます。とても嬉しいです。
これに奮起して、もっと頑張りたいと思います。
オットーさんの話は思い出を語るようであり、懺悔のようでもあった。
もしかしたら、あんな事にならずに済んだ結末があったかもしれない―――そんなふうに思っているのかな。
私は先代聖女と面識はなく、錬金の魔法はほぼ解き明かしているのでそれほど関心もない。境遇には同情するけれど、それを私が嘆いたところで仕方ないと思っている。
とは言え、教国を討つ為に彼女を利用したのは私で、部外者と言うには無理があるほどこの国と関わってしまった。興味ないと切り捨てるほど薄情にはなれないかと耳を傾ける。
「イリスフィア様にとって、金を生み出す行為はかなりの負担でもありました」
「そうでしょうね。少量の変換でも精神力を消耗します。固有魔法として身体が適応しているからと言って、無理がない訳ではないと思います」
ノーラも過剰に情報を読み取れば発熱するし、場合によっては脳に負荷がかかって気を失う。無理をして脳が煮えた経験は私にもある。
限界を超えた分には、精神力以外の何かを支払う他ない。
「それでもあの方は躊躇わずに金を投じ、大勢へ手を差し伸べました。商人を招聘し、医者を迎え、生活の場を整えていきました。彼女に救われた方達が神様への信仰を新たにする。神職に携わる私達にとっても衝撃的な光景だったのです」
神様を信仰するのは当然、信徒は勝手に生まれるもの。
彼等にとってはその程度の認識でしかなかった。創造神は唯一なので、他に競う宗教も存在しない。教義に則って精力的に動けば信徒を増やせるって当たり前の事すら、知らなかった訳だね。
「それを不快に思ったのが教皇派、共に変わっていく事を望んだのが貴方達ですね?」
「そうです。腐った根は深い。我々は見識を改めたばかりで、新たに学ぶ事から始めなければならない。それでも、時間をかければ確実に神殿を変えられる……筈でした」
「その前に、先代が金像へと姿を変えた訳ですか。何があったのです?」
「明るく振る舞ってはおられましたが、イリスフィア様の根底には常に望郷の念がありました。活躍すれば自分の名前が家族に届く。送った金塊で生活が向上すれば、いつか会いに来てくれるかもしれない。彼女の奥には、いつだって家族への想いがあったのです」
あ―――
彼女は、知らなかったんだ。
「その事は我々だけでなく、アバリス達も知っていました。連中はそれをイリスフィア様の原動力として利用していたのです。けれど、次第に勢力を増してゆく革新派を疎ましく思ったのでしょう」
「ある日、真実を突きつけた訳ですね?」
「はい、その通りです。イリスフィア様の意思を挫く意図で明かされてしまいました。あの方のいた孤児院は既になくなってしまった事。あの方が教国に辿り着いた頃には全て焼かれ、そのほとんどが殺された事。家族の為だと無理を押して送った金は、一片だって届いていなかった事を―――!」
フェルノさんが受け取った金塊の中には、家族へ送ってほしいと願った分も含まれていたのかもしれない。
「私達も、アバリス達の所業をその時初めて知りました。私達にとっても衝撃でしたが、イリスフィア様にとってはもっとだったのでしょう」
人の気持ちを知らないにも程がある。そんなの、意思を挫くなんて程度で収まる筈がない。
教国での生活は全て、家族の犠牲の上に成り立っていた。
心を砕くには十分が過ぎる。
「あの日の事は、決して忘れられません。あらゆる感情を失ったかのように崩れ落ちた事、全てを吐き出すような慟哭、そして、恨みの言葉を残してご自身を金へと変えてしまわれました」
改めて当時の話を聞くと、元教皇達をバラバラにしてやりたい衝動が湧いてくるよね。
「先代の下に集った派閥は、旗頭を失ってそのまま瓦解を?」
「……イリスフィア様の嘆きを聞いて、最期を知って、心折れた者も多くいました。エモンズをはじめとして、年若い神官が多かったでしょう? 彼等の多くは早くして道を譲られた後進です」
比較的マシに見えた神官がそれかな。先代の遺志は継がないまでも、腐敗を当然と教え込まれる環境からは免れたんだろうね。
「私は、せめてイリスフィア様のお身体だけでもアバリス達から奪還しようと試みたのですが……、叶いませんでした。あの日から随分と月日が流れ、てっきり解体されて売り払われたものとばかり思っていました」
それは私も考えた。
でもそれだと、怪盗が奇跡の霊薬を求める動機と一致しない。霊薬を求めるからには、鏡面転移を使って神殿を探索中に本人を見つけたのだと信じた。
実際、金像は教皇他数名だけが知る隠し通路に安置してあったのだから、オットーさんに探せる筈もなかった。
「欠損があった事は忌々しいのですが、御尊顔はそのままでした。あんな連中でも、全身を砕くには踏み切れないだけの罪悪感を抱いたのでしょうか?」
「あー、それは考えが甘いと思いますよ」
「え?」
そうであったなら、左手足も揃っていないといけない。けれど実際は痛々しい有様だった。
何故部分的な損壊で済んだかについて、尋問の結果で知った私は正直呆れたけどね。
「自殺同然に己を金に変えてしまうのは彼等にとっても想定外だったそうです。けれど魔法で金へ転じたなら、何かの切っ掛けで元に戻るかもしれない。もしそうなったなら、今度こそ存分に金を作らせられる……そんな思惑だったそうですよ」
「……なんと見下げ果てた、何処までも唾棄すべき連中ですね」
「それでも貯金が心許なくなるごとに指を、腕を、足をと削っていたのですから始末が悪いです。元に戻った時、命にかかわるような事がないようにと気を配っていたそうですが、力加減を誤って肩からお腹を大きく抉ってしまったのだとか」
「……立場を忘れる事が許されるなら、正直なところ、同じ目に遭わせてやりたいです……!」
間違って殺さないようにと特級回復薬を渡してあるから、尋問途中でもう実行済みかもしれないけどね。
担当官の中にも、信仰を蔑ろにされて怒りを感じている者は少なくない。私は尋問方法まで細かく関知しないし。
まあ、それはいい。
オットーさんを呼び出した理由は、先代聖女について聞きたかった訳じゃない。
「私を挑発させて、王国をはじめとした勢力と教国との対立構造を作る。大国と争う不毛さを知らしめた上で神殿上層分の適格を問い、失脚へ導く―――当初の思惑とは大きく外れましたが、結末に満足していただけましたか?」
私を教国へ呼んだ当人に、全てが片付いた感想を問い質しておきたかった。
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