変わりゆく元教国
クリスティナ様の演説の結果、人々は連合軍の支配を受け入れた。
これからは各国から政務官が立ち合って合同で統治を行う。当初は隣接国へ併合するって案もあったのだけれど、何処も手を上げなかった。周辺国は勿論、王国と皇国に睨まれると分かって受け入れたい国は存在しない。
かと言って、王国、或いは皇国の特別領地にするにはもう一方が黙っていない。
当面は何処の国でもない扱いとなる。
そして、神殿と行政の分離を明確に示す為、政務棟の建設が始まった。しっかりと役割を別けて運用する。
現状では各国から派遣された文官が担っているけれど、将来的には監督だけに留めて現地人を登用したい。その為の養成機関も含めて検討している。
神殿の管理については、悪事に加担していなかった神官を解放して役目にあたらせている。とは言え、全面的に信用できる筈もないので監視、期限付きとなる。更に、前上層部との繋がりが薄い各地の神官との入れ替えも進めている。罪を免れたからと言って、これまでと同じ生活は望めない。
ついでに、意味不明だった神官の世襲制は完全に撤廃。一般からの神官見習いを受け入れた。選定基準が喪失して判断に困るって多少の混乱はあったけどね。
真正矯団は即刻解体。神殿に武力は必要ない。
治安維持と魔物への警戒は連合軍の一部部隊と戦士国の傭兵団が担当する。情勢が安定した後で、神殿と関わらない独自部隊を設立する計画となっている。元真正矯団員登用の予定はない。
彼等がその悪名を背負って何処へ行くかについては関知しない。
当然、元教国内での風当たりは強い。周辺国が受け入れるとも思えないから、冒険者くらいしか経験を生かせる勤め口は残っていない。教義や矜持が邪魔をするなら路頭に迷うしかないんじゃないかな。
魔物素材を積極的に利用する事については住民の忌避感が強いので、冒険者ギルド支部設立については様子見と決めた。
とは言え、最低限の軍備で魔物を抑えるのは難しい。旧教国が魔物被害に悩まされなかったのは運に頼っていた部分が大きく、冒険者は治安維持についても重要な役割を負うのだから、少しずつ魔物に対する嫌悪感を解いて行くべきだと思っている。
おばちゃんが適当なところで判断を下すんだろうね。
不正が明るみになった上層部は、揃って破門となった。
神殿内の不始末なので、教義に則って裁く事になる。聖典には、どんな悪行にも悔い改める機会を与えるべきとある。死罪に相当する罰は教義にないので、連合の支配地域からの追放が順当となった。
「人の世で犯した過ちの裁可を、神様に委ねるべきではないと思います」
そう説いたのはクリスティナ様だった。
死後、楽園行きと虚無落ちを決めるのは罪悪感の有無だと言われている。犯罪者であっても、十分な贖罪を果たしたなら虚無落ちは免れる。
そうした機会すら与えず処刑ありきで考えるのは神様の意図に背く。信仰を重んじる神殿の裁きとして相応しくないと、各国の代表を説得した。
同じく罪を背負うクリスティナ様だからこそ、罪と共に生きる厳しさが身に染みているのかもしれない。
彼等を最も憎んだ筈のクリスティナ様が決めたなら、私は言葉を挟もうとは思わなかった。そもそもとして、どうしても処刑しないといけない理由もない。
当然ながら財産は没収、それでこの土地を追われるなら誰か知己を頼る他ない訳だけど、立場を失った彼等を迎え入れてくれる人とかいるのかな。在位中、どれだけ意義ある人間関係を構築できたかが問われる。
神殿で役割を果たすクリスティナ様と違って護衛が付く訳でもないから、場合によっては別の形で罪を清算する事になるかもね。
そう考えると、別に慈悲って訳でもない。
そうこう忙しくしていると、ある日オットーさんがやって来た。
私も、いつまでもこの場所に時間を割いてはいられない。関わってしまった以上は中途半端で放り出せないとは言え、私の優先は南ノースマーク、ある程度の体制が整えば領地へ帰る。その前に、彼とはもう一度話しておきたかった。
彼は割と早い段階で解放された。王国の諜報部が信頼できると結論を下していた事もあり、神殿改革の中心人物として働いてもらっている。
教皇や枢機卿をはじめとした要職は空位のままだけどね。
「お久しぶりです、ノースマーク子爵」
「お互い忙しくしていますからね。先代の前で号泣された時以来ですか?」
「いや、お恥ずかしい。忘れて欲しい……と願うには印象が強過ぎたでしょうかね」
「なかなか衝撃的でしたからね」
この人、連合軍の前に神官が揃って引き立てられた際に人目もはばからず大泣きした。そればかりか、痛々しい有様の先代聖女像へ向かって土下座したんだよね。そして、申し訳ありませんでしたと何度も何度も謝罪を繰り返す。
あまりの出来事に、アノイアス様も皇国の第5皇子も口を挟めなかった。
土下座したところで、物言わぬ金像から裁定は返らない。ひたすらに悲壮なだけの時間が続いたよ。
彼の所属がどうも分からないと思ったら、熱烈な先代聖女派だった訳だね。
「あの日の謝罪は、先代を守れなかった事についてですか?」
「はい。あの方は、意に沿わぬまま連れて来られたにも関わらず、立場に相応しく在ろうと常に尽力してくださいました。神の意思に沿うだけでなく、神様が望む世界を作る為に自ら動くのだと私達に示してくださいました」
アバリス教皇達とは思想が違うとはいえ、オットーさんも神官一家の出身となる。世間知らずで甘やかされて育ったことは想像に難くない。
片や孤児、片や世襲神官。常識が違って当然だよね。
「街の整備は世俗の仕事、そう考えていた価値観を壊してくださったのです」
神殿が国の運営も兼ねていた筈なのに、司教になろうって人の考え方がこれでは、国として機能する訳がなかったね。壊して正解だった。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、評価で応援いただけると、やる気が漲ってきます。
今後も頑張りますので、宜しくお願いします。




