教国の取り扱い
遅くなりました。
感情的になってしまったリーヤさんとクリスティナ様、そして事情を知っている私だけで話を運んでしまった。ここは情報を共有する場でもあるので、シドで起きた殺人事件、そしてそこへ至った経緯について説明しておく。
ここへ集った各国関係者の反応は様々だった。
同情する者、呆れる者、憤る者。何にせよ身勝手な動機には違いないので擁護の言葉はない。国の代表を預かる立場としては、孤児院を失った経験に憐憫を抱いたところで、その責任はフェルノさん個人へは向かない。
「それで、ノースマーク卿? まさかとは思いますが、聖女をシドに引き渡すとは言いませんよね?」
厳しい態度を見せたのは、皇国の使者リンイリドさんだった。
展開としては予想通りと言える。皇国としては、私主導で話が進むこの状況を面白く思っていないだろうからね。
もっとも、彼女の指摘については私も同意する。
殺人より窃盗の罪の方が重くなる、そんな法は大陸中を見渡してもあり得ない。とは言え、シド一国だけで裁くにはクリスティナ様の捕縛は影響が大き過ぎる。
「リーヤさんには申し訳ありませんが、クリスティナ様には別の形で責任を取ってもらう必要があると思っています」
「それを聞いて安心しました。皇国としては今回の件、彼女1人の責任で終えられないと思っていますから」
「と、言うと?」
「決まっています。聖女は教国の根幹ではありませんか。初代聖女の活躍があったからこそ、あの地に教国が生まれました。その名を継ぐ彼女が盗みを働き、殺人を犯したのです。徹底的に彼の国の責任を追及するべきでしょう」
彼女の弁舌は今日の本題でもある。
怪盗の捕縛はその前段階でしかない。
その件を通じて、これからの教国の扱いを決める。私はそう通達してここに各国の代表者を集めた。
「私はその方針に反対です」
そして同時に、私と皇国側の主張を競う場でもある。
各国ともに、最終目的は教国の影響力の排除。その認識は共通している。ただし、主導となるのは王国か皇国、必然的に大国のどちらかが受け持つ。
それぞれ国へ持ち帰って議論を重ねる余裕なんてない。だから、ここで多くの賛同を得られた方が今後を牽引する事になる。責任は重い。
「反対? ノースマーク卿は虚偽で聖女の立場を得て、外部から目が届かないのをいい事に魔法の悪用を繰り返した聖女を許すと? そんな甘い事を言って、こんな聖女を擁立した教国を放置するとでも言うのですか?」
「そうは言っていません。私が問題としているのは手法の違いです。クリスティナ様の件で教国を追及しても、彼女個人の暴走だと責任を押し付けるだけに終わるのではないですか? 知らなかったのだと、彼等自身も騙されていたのだと、醜く言い逃れを続けるだけでしょう」
「そうはさせません。聖女として引き立てておきながら、知らなかったでは済まされない。事実として被害を受けているのです。我々が調査に介入し、聖女擁立に関わった者達を悉く処分しましょう。教国は大きく弱体化する筈です」
それだと、エモンズ司祭みたいな聖女の近くにいた比較的真っ当な関係者も対象に含まれてしまうんだよね。オットーさんも入るかもしれない。それは思わしくない。
そもそも、私はその程度で許すつもりなんてない。
「それで教国の本質は変わりません。上層部の顔ぶれを挿げ替えたところで、現職の息のかかった者達が引き継ぐだけです。新しい聖女を選出して信者へ施しを与えれば、数年で息を吹き返すでしょう」
「そうさせない為に、弱体化した隙を突いて発言力を制限するのです。あの国が強く出られない構造を作ってしまえばいい」
「私達大国なら、それでもいいでしょう。しかし、信徒の意向を無視出来ない小国は見捨てるのですか? 神殿からの支援に頼った国は言い成りのままですか?」
「そうしない為の構造改革です。大国が盾となる体制を作ってしまえばいい」
「甘いです」
「は?」
「責めるなら徹底的であるべきです。再び腐敗すると分かって放っておくなどあり得ません。私は初めから、教国を打倒すると言っています。神様を都合の良いように解釈して我が物顔で振る舞う国など、後世に残しません!」
「「「―――!」」」
私の宣言に、皇国を含めたいくつかの代表者は言葉を失った。
構造改革に口を挟むと言う事は、皇国が教国に対して介入する余地を残すって意味でもある。つまり、教国を利用して大陸全体へ影響力を巡らせるって企みが見える。
その立場を私達王国に渡さない為に、彼女はこの場に挑んだんだろうね。
でも、私が目指すのはそんなところじゃない。
「考えてもみてください。教国なんて枠組みは本当に必要ですか? 神を後ろ盾に各国から献金を募らなければ統治すら満足に行えない。多額の寄付を行えば必ず楽園へ迎えられるなどと嘯いて各国の貴族を取り込む。敬虔な信者へ必要以上の寄付を強いる事は、税金を搾取されているのと変わりません。害悪でしかないではありませんか」
「し、しかし、信徒の拠り所は必要でしょう……?」
「ええ。けれどそれは神殿が担うべきであって、教国が必要と言う事にはなりません。確かに、初代聖女はあの地を救ったかもしれません。その奇跡に神様の意思が介在した可能性は否定しきれません。しかしそれは、あの国の現状が神様の意向と言う事には繋がりません。いつまで教国の専横を放置しておくのです?」
結局のところ国なんて、周辺国が主権を認めるからこそ存続が許される。面倒だと思いながらも信徒の反発を恐れて放置してきたせいで影響力を残し続けている。
そんな国をまだ存続させる?
あり得ない。
「考えてもみてください。クリスティナ様が殺人に走らなければならなかった原因は何ですか? 教国の横暴ではありませんか。そしてそんな悲劇は、大陸中で繰り返されています。何故です? 教国の腐敗から目を逸らし続けたからに他なりません!」
勿論、その責任は王国にもある。大国間の緊張を保つという名目で、教国へ反抗するのを避けてきた。信徒の不満で国内が揺らぐ事態を恐れてきた。
「私は、ここに集まった国で連合軍を結成する事を提案します。武力を持って教国の存在を否定します」
「ちょ、ちょっと待ってください! そんな事をすれば、信徒の反発は避けられません。真正矯団どころか、教国中の人間を相手にする事態になります。一般人を巻き込むつもりですか!?」
「その心配は必要ありません」
私は、会話から完全に外れていたクリスティナ様を見る。
「先代聖女への仕打ちを知り、今なお聖女の立場にある大義名分がここに居ます。彼女には我々の旗頭となり、教国の腐敗を糾弾していただきます」
彼女が怪盗であったことは限られた人間しか知らない。公表しなければ聖女の威光は陰らない。
「教国の根幹である聖女自身がその存続を否定する。一方で信教の自由は保障します。それで反発は最低限に抑えられるでしょう」
その為に、クリスティナ様の確保を優先した訳だからね。
「その後、教義に必要ない部分は全て削ぎ落とします。専横を振るってきた上層部は影響すら残しません。存続は神殿だけでいいでしょう。教義を踏まえた各国への意見は許しても、強制力は与えません。そしてクリスティナ様には、象徴としての聖女の立場に生涯を捧げていただきます」
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