親切はただじゃない?
消耗したクリスティナ様を私が癒す。
あの時点で彼女を怪盗ではないかと疑っていたとか、陥れようとしたとかって意図は存在しなかった。純粋に頑張っている彼女を応援したいと思った。
けれどクリスティナ様にとって、あの件が致命を生んだ。
「魔力異常の解消の為に魔道具を用意しましたよね」
「はい。正直なところ、かなり無理を重ねていましたのでとても助かりました。まさか、あの時点で疑いを持たれていたのでしょうか?」
「いいえ、けれど切っ掛けにはなりました」
そもそもクリスティナ様の症状、何処で見たかって、2年前の情報漏洩事件で犯人だった偽フォーゼさんが最初になる。
治療方法確立のために被検体となったのも彼だった。現在は死刑を免れた代わりに、様々な魔法薬の被検体としてその身を差し出している。
「体内魔力異常による魔素排出の阻害、当時のクリスティナ様の状態は呪詛魔石を常用した者に見られる特徴そのものでした」
「え? 呪詛?」
クリスティナ様は初めて聞いた様子で目を瞬かせる。惚けているようには見えない。
代わりに、呪詛と聞いた各国の使者が騒めいた。
「人が持つ負の感情で魔石を染める技術、クリスティナ様が先程構えようとしたのがそれです。催眠や目晦まし、通常の魔法より人心に強く作用する性質を持っていますが、その代償として使用者の身体を蝕みます」
「まさか、そんなものだったなんて……」
多分、固有魔法を活用して神殿を探索した際に見つけた便利な道具ってくらいだったんだろうね。
面倒な事に、教国には呪詛魔石に関する規制がない。
元になったのが供犠をはじめとした宗教的儀式なので、神様の御業の一端だと呪詛を否定していない。魔物は絶対的に忌避するのに、生贄も神様に捧げるなら許容範囲内らしい。
神様に縋るしかない窮境者や告解、強硬手段に出なくても魔石を染められる舞台は整っている。随所に感情を集める魔道具を設置しておけばいい。
そうして染めた魔石を各地へ売りさばく生業については、諜報部が探り当ててくれている。教国の資金源の1つらしい。あの国を潰す理由がまた増えた。
とは言え、それらは私が教国を離れてから判明した事実となる。
「あの時点では “祝福”がどういった魔法なのか分からなかったため、似た負担を身体に強いるのではないかといった解釈もできました。僅かに違和感を覚えたくらいです」
「わたくし自身も、権能を多用する代償だと思い込んでいました」
「けれど違和感を抱いた以上、私は観察が必要だと考えました。魔道具を用意する以前、私自ら処置を行いましたよね?」
「はい。嘘のような簡単な手際で、驚くほど身体の負担が消えました」
「実はあれ、私の魔力を注ぐ事でクリスティナ様の魔力の状態を把握する目的もあったのです」
「え?」
対象の状態を把握する掌握魔法の応用。
通常時と異常時を比較する簡易検査ができる。
呪詛によるものでないと証明できたなら、固有魔法の特殊性について理解が深まるだろうって思惑からだった。複数属性保持者が無意識に虚属性を制御しているように、彼女の魔法が呪詛に似た歪曲を生んでいるんじゃないかって仮説を立証したかった。
でも、その試みは想定外の方向へ繋がる。
「クリスティナ様が魔法を使った瞬間と、その後の魔力の状態を把握するためのものでした。しかし、夜中にウェルキンからグランダイン養護院へ移動すれば、異常に気付きます」
そして翌日、フェルノさんが死んだと聞いた瞬間、何があったかくらいは察せられた。
瞬間移動、あるいはそれに類する移動手段を使った事も明らかだったから、後は可能性を潰して行けばいい。
犯行場所の共通点、警備状況、事件の報告書を照らし合わせてゆく。
すると、どうしても気にかかるのは犯行声明とされている鏡の不自然さだった。一部の犯行を隠したいのかとも思ったけれど、隠す必要が見出せない事件もあった。何より私のお屋敷へ最初に忍び込んだ時なんて、犯行声明を残せば警戒が高まって次の難易度を上げる効果しかない。
行き詰ったなら視点を変えてみる。
まさかと思いながらも、事件現場の鏡の有無を確認してみた。偶然、これが上手く嵌まった。
現地に鏡がある場合に犯行声明を残した例はなかった。
何の事はない。鏡は逃走経路、絶対的な逃げ道を用意しているから強引な侵入もできた。犯行声明はそれを悟らせない目的で記したに過ぎない。魔法の媒体とする以上、鏡の回収は叶わないからね。
「……決定的な瞬間を察知されていた訳ですか。安全の確保より、感情を優先したのは失敗でしたね」
「あの時点では私が把握するだけで、物的証拠は提示できませんでした。立場ある貴女を、不確かな情報で拘束できないと言った事情もありました」
不必要に教国を刺激したくなかったって都合もある。
聖女は教国の象徴、ぶしつけに扱えば無駄に反発を招く。排除する予定の教皇達ならともかく、国民やオットーさん達と対立する事態は拙い。
だから、こうして現行犯で取り押さえる必要があった。これでもかってくらいに証人も用意した。
相手が要人だからこそ、私は公人として段階を踏まないといけない。
「何故です!?」
観念するクリスティナ様とは対照的に、感情的になったリーヤさんが吠えた。
「どうしてそんな危険を負ってまで、義父様を殺さなくてはならなかったのですか!?」
ま、そこに触れずにここから先へは進めないよね。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、評価で応援いただけると、やる気が漲ってきます。
今後も頑張りますので、宜しくお願いします。




