怪盗捕捉
季節は既に春。
ここまでにはいろいろと下準備が必要だった。
ウォズ達の調査を待つ必要と言うのもあったし、裏付けや根回しも必須。ある意味、これから大陸の歴史が動く。
とは言え、まずはその前の一手。
鏡像怪盗を捕まえる。
これはこれで大陸中の関心が高い。
その被害は広範囲に散っている。表沙汰になった義賊行為は勿論、犯行声明がなくて関連付けされていなかったもの、怪盗が入ったせいで悪徳商会なのではないかと風評を被った者と多岐に亘る。
比較的被害が少なかったの、帝国くらいじゃないかな。立地的な問題で。
そして、フェルノさんの殺害。
この件で、各国は義賊扱いしていられなくなった。
警戒の網を掻い潜って何処へでも忍び込む怪盗。その気になれば暗殺も可能ではないかって疑いは前からあったけれど、あの事件で実際に脅威度が跳ね上がった。
民心はともかく、義賊行為で不正が明らかになって一部地域の景気が向上するからと、為政者達も静観してられない。凶刃をもって国家へ敵対する行為と映る。認識を切り替えざるを得なくなった。
私がそう煽ったのもあるけれど。
「それで、スカーレット様。ここに怪盗が現れるのは間違いないのでしょうか?」
憤懣やるかたないと怪盗捕縛の瞬間を待つリーヤさんが念押しの声を上げる。それはここに集った多くの代弁でもある。
私は怪盗の正体を未だ明かしていない。
それにも関わらず、もうすぐここへ怪盗が現れると言い張っているのだから無理もない。
「疑念はごもっともです。ですが、私も繰り返す他ありません。決して言い逃れのできない形、現行犯捕縛の瞬間を皆さんに見届けてもらわなければならないのです」
当然、私なりの根拠はある。けれど、そこには私の推測と公開できない技術を含む。現時点での説明は叶わない。中途半端な情報開示は混乱を招くってのもある。
重ねての説得になるけど、いつ来るか分からない怪盗を待つだけの時間って長く感じるものだからね。リーヤさんだって確認くらいしたくなる。
ここはカラム共和国、イナートシル大博物館。
既に開館時間は過ぎ、日も落ちた。
そして、存在を隠す魔道具を使って怪盗を待っているのはリーヤさんだけじゃない。
捕縛場所への隠遁を許可してくれたカラム共和国の関係者は勿論、ナイトロン戦士国からはグランドマスターとヤンウッドさん、アーント統括官からの推薦でヴィーリンからも見届け人が派遣されている。そればかりか、様子見を決めた小国いくつかを除くほとんどの国家が参加を決めた。なかなかに閉館した博物館の人口密度が高い。
集まった中には皇国の使者も含む。細身で眼鏡の奥が見通せそうにない怜悧な女性がこちらを観察している。
そうなると帝国だけ外す訳にもいかないので、仕方なくエノクを引き摺ってきた。碌に説明もしなかったからか、オーレリアとはしばらく距離を置きたかったからか不満そうな視線を向けるけど、私は視界に入れない。爪弾きにしなかっただけ、感謝してもらいたいくらいだよね。
強制参加はもう1人、教国からエモンズ司祭を連れてきた。郊外の待ち合わせ場所へ、諜報部員が拘束した状態で運んできたから誘拐と言っていい。
あの国の場合、私の知っている相手で対話可能なのが彼とオットーさんくらいだから、勝手に国外へ連れ出すならどうしてもエモンズ司祭になる。彼にはこれから、辛い現実と向き合ってもらわないといけない。
「ノースマーク卿、貴女の意向は理解してます。それでも最低限の納得は欲しいのです。こうして時間を無為に過ごしているのですから、話せる範囲で開示していただけませんか? 例えば、どうしてこの場所なのか。侵入経路を用意しての誘導するならともかく、施錠した施設でただ待つのは何故なのか」
「そうだね。あんまりだんまりを決め込んだままだと、あたし達をここへ拘束するのが目的なんじゃないかと疑ってしまうよ」
皇国の監察官からの追及までなら予想していたものの、おばちゃんまで加わると弱い。彼女個人の不満じゃなくて、高まりつつある不審を代弁したって事なら尚更だね。
「仕方ありません。折角の結び付きに罅を入れる訳にもいきませんから、できる限りでお話しします」
私は内容を吟味しながら言葉を紡ぐ。
「怪盗の狙いはここに展示してある。フェシタの花です」
「20年に一度しか花を開かない霊草。確か、強力な魔法の増幅薬になるんだったね。過去には戦争の為にとこぞって栽培した国もあったのだとか」
「ええ、今では観賞用として育てる場合が多いそうですが」
20年間蕾すら付けないのではとても採算が合わない。好事家の楽しみか、貴族が自慢の道具とするのが一般的になっている。
趣味人はそれなりに多いとは言え、薬効は落花と同時に消える。今年咲く霊草を探すより、毎年の展示の為にといくつものフェシタ草を育てている博物館を狙った方が早い。
「ふむ、フェシタ草を欲しているからイナートシル博物館を狙うと言うのは分かりやすいですね。しかし、その根拠は何なのでしょう、ノースマーク卿? これまで、怪盗の目的を察知出来た例はなかったと思いますが?」
「……先日、教国で奇跡の霊薬の製法が発見されました」
「!」
「何故、そんな重大事が公表されていない?」
「まさか、教国は存在すら伏せたまま自分達だけで活用するつもりか!?」
「そもそも、それは本物なのか?」
「伝承のような効果が、本当に確認されたのか?」
皇国以外の使者も騒めき始める。
一部、エモンズ司祭へ詰め寄っている人もいるけど、彼は本当に何も知らない。
一方で共和国の担当者の目が泳いでいるところを見ると、教国からの依頼で極秘研究中なんだろうね。
「私も製法は確認しました。必要とする素材の多くが魔物由来で教義を逸脱する事、そして製法が偽物なら悍ましい毒物になる事から、厳重に封印されていたようです」
「それで? 効果のほどは!?」
詰め寄ってくるのはヤンウッドさん。
武力を産業とする分、戦士国は犠牲者も多い。霊薬が手に入るなら国の在り方に大きく影響するからね。
「効果については分かりません。製法の所有権を持つ教国に先んじて研究する訳にもいきませんから」
「そ、そうですか……」
「しかし、製法はおそらく本物だろうと思っています」
「「「おおっ!!」」」
嘘です。
私は既に、理論上おおよその効力は把握している。実物は用意していないってだけで。
とは言え、今は怪盗の件に関係ないからこれ以上を明かすつもりはない。
けれど、この情報を流せないのはエモンズ司祭だった。製法の真偽以上に気掛かりな点がある。
「ちょ、ちょっと待ってください! スカーレット様、怪盗の目的がフェシタの花と特定できたと言う事は、怪盗も霊薬の製法を知っていると言う事ですよね!? まさか、怪盗は教国の封印施設にも侵入していたのですか!?」
ま、そう言う事になる。
「実際、あの封印庫は怪盗が侵入できる条件が揃っていました」
「!?」
「ほう。ノースマーク卿、それは貴女が、怪盗が神出鬼没である理由を知っていると受け取っていいのでしょうか?」
「……ええ、構いません」
皇国の女性とおばちゃんだけは、周囲が湧く様子に影響されないまま本題に沿おうとする。困った。
真相を開示しつつ、肝心なところを煙に巻く作戦は失敗した。
奇跡の霊薬に関心がない訳ではないのだろうけれど、それはそれと追及を続けようとする。
うーん、ここから先は実証無しに説明が難しいんだよね。
信じさせる自信もない。
説明に窮していると、周囲へ広げた私の探知魔法が魔力の励起を捉えた。探知先は存在を隠す魔道具の効果範囲から外れている。侵入者で間違いない。
「丁度、お客さんが来てくれたみたいですよ」
「「「!!!」」」
この場の空気が一瞬で緊迫する。
追及を逃れてホッとした内心を覆い隠したまま、私はそっとアーリーを構えた。
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