閑話 怪盗の追憶 1
怪盗視点です。
どこから語るべきだろうかとさんざん悩みました。更新が遅くなってすみません。
「お姉ちゃん、凄い!」
その魔法を、後に権能と呼ばれるようになるその奇跡を、無邪気に喜んだあの時が全てのはじまりとなった。
当時の私は、何も知らない子供だった。
姉、そう呼べるだけの存在だったあの人の魔法を純真に称えるだけの子供。それが何を呼ぶかなんて考えられなかった。考えもしなかった。
錆びた鍬を、朽ちそうになった蝶番を、新品同然に戻して孤児院を支える姉は私の自慢だった。お姉ちゃんの魔法は、色褪せた全てをピカピカに変える。
あの人は私の憧れだった。
「お嬢ちゃん、この古くなった硬貨を、こっちのキラキラしたのと同じに変える事はできるかい?」
だから、噂を聞きつけた2人組が姉の魔法を強要した時も、何も知らないまま期待の目を向けてしまった。仕方がなさそうにそれに答えたお姉ちゃんを、私はただ純粋に称えた。
グランダイン孤児院。
両親の記憶も薄い私にとって、間違いなく家族がいた場所をこの件を切っ掛けに失ってしまう事になる。
銅貨を金に変える。
それがどれだけ凄い事なのか、当時の私には理解できなかった。
姉の魔法は古くなったものを元に戻せるだけでなく、あらゆるものを金に変えられた。それを知った孤児院の経営は少しだけ持ち直したらしい。
あくまで少しだったのは、銅貨3枚を金に変えるだけで半日寝込むほどに負担だったから。古くなった建物を少しずつしか修繕できなかったのと同じ理由。
優しい院長夫妻は、姉を頼りはしても無理をさせようとはしなかった。
でも、そんな日々はもう長く続かない。
あっという間にその日が来た。
筒のような特徴的な鎧を身に着けた集団。後に私が真正矯団と知る十数人が孤児院を囲んだ。
武装して威圧感ある連中を前に、私は副院長先生に抱かれて震える事しかできなかった。
その後ろには、いつか見た2人組のニタニタ嗤う姿があった。
彼等はあの後も時々やって来ては、姉に同じ事を頼んだ。その度、大喜びして帰った筈の男達が、どうして私達を威圧する騎士と共にいるのかまるで分らなかった。
ずっと後になって考えるなら、金になった銅貨数枚を得て小銭を稼ぐより、姉を売って大金を得ようと考えたのだと思う。
そこらの豪商より、この国の為政者より、奇跡と言っていい魔法を使うお姉ちゃんに高い値段を付ける者達がいた。
ルミテット教国。
固有魔法の使い手を聖女として迎えて信仰を集める国が、姉に価値を見出した。先の聖女が亡くなってから7年、相応しい魔法使いが見つからないと焦っていたらしい。
彼等は孤児院の庭を無遠慮に踏み荒らし、怯える子供達をなだめようといっぱいいっぱいだった院長夫妻の対応が遅いと扉を蹴破って建物へ入ってきた。
「ここに聖女様がいらっしゃると聞いてきた。大人しく差し出せ!」
教義を知った後なら分かる。
聖女の誕生をきっかけに建国した経緯から、あの国は聖女を最大限敬わなくてはいけない。けれど、あの日の騎士からそんな敬意は欠片も感じられなかった。
「せ、聖女様!? い、一体何の事でしょう?」
当然、何を言われているのか理解できない院長先生は震えながら問い返す。
「不信心な者達め。石くれを金に変えるなど、神様の御業と言わずして何という? みすぼらしいこんな場所ではなく、聖女様に相応しい場所で御力を振るっていただくべきだ!」
「た、確かに不思議な魔法を使う子はいますが、まさか、そんな聖女様だなどと……」
「魔法だと? 神様がもたらしてくださった権能を紛い物と混同するなどあり得ない。それとも隠し立てする気か? 聖女様を小汚い貴様らの懐を満たす為だけに利用すると言うのか!?」
この事を思い出す度に考える。
どっちがだ、と。
「全く、神様への敬意も知らぬ田舎者どもめ。従わぬなら、神の罰が下るぞ!」
彼等の言う“神”と言う言葉は、今も昔も“我々”と変換できる。
それでも、この時の私はただひたすらに恐ろしくて泣いた。院長夫妻はいつも優しかったから、声を荒げられる事自体がない経験だった。
そしてその反応は、余計に騎士の怒りを買う。
「うるさい餓鬼だな!」
苛立たし気な視線を向けられて、泣き止む筈もない。煩わしく思った騎士は私の髪を掴んで副院長先生から引き剥がそうとする。
「待ってください!」
皮膚が千切れるかという痛みに号泣が最高潮に達しようとした時、お姉ちゃんがその騎士を止めた。
「私です! 私がお望みの魔法使いです。……だから、皆に酷い事をしないでください!」
お姉ちゃんも泣いていた。
でも、あの人が名乗り出たおかげで、騎士達の関心が私から消えた。
「おお! 聖女様、流石の献身ですな」
武装した騎士の向こうから、毛色の違う男がやって来る。
これでもかと金糸を用いた法衣、ジャラジャラと宝石を身に着けた趣味の悪い司教。聖女を見つけた功績と、彼女を利用して後に教皇まで登りつめるアバリスという男だった。
「私なら何でもします! 何でもしますから、皆に乱暴しないでください!」
「乱暴などとんでもない。少し行き違いはあったようですが、私達は貴女をお迎えに上がっただけなのです。貴女が私共の招待に応じていただけるなら、この場の責任者たる夫妻が快諾してくれるなら、こんなところに用はありません」
口調こそ丁寧ではあったけど、下卑た表情と姉を値踏みする視線、彼女を売った男達や騎士達と同じか、それ以上の悍ましさを感じた。
それは姉も同じ筈だったけれど、お姉ちゃんは私達を見て、その全てを呑み込んだ。私達は姉に助けられた。
「宜しいですな、院長?」
「……その子が望むなら、仕方がありません。どうか、その子をお願い致します」
他に、どんな答えがあったというのだろう。
騎士は銃を携え、既に剣を抜いている者もいた。
「嫌だよ……。嫌だよ、お姉ちゃん! 行かないで!」
私と同じで特に姉を慕っていた子、お姉ちゃんに髪を梳いてもらうのが大好きだったランを院長先生が強く抱きしめる。不満をこぼす口を強引に塞ぐ。
彼等の目的はお姉ちゃんだけ。
泣き喚く私達に苛立った騎士の機嫌次第ではどうなるか分からない。当時はお姉ちゃんを守ろうとしない先生達にも不満を抱いたけれど、せめて私達だけでも救う他なかった。
「ごめんね。ごめんね。ごめんね……」
最後まで私達に謝りながら、お姉ちゃんは連れて行かれた。私達もまた、身を寄せ合って一晩中泣いた。
けれど、事件はそれで終わらない。
お姉ちゃんが連れて行かれて3日後、最年長と言う事もあって子供達の誰もが慕っていた穴は大きく簡単には埋められないながら、それでも日常を取り戻そうとしていたところにまたあの男達がやって来た。
姉を失った悲しみを癒す時間すらくれなかった。
やって来た騎士はあの日の半分。
そして孤児院の敷地内に入ると、先頭にいた法衣の男が冷たく言った。
「やれ」
短い指示と同時に、後ろの騎士達が魔法を放つ。
あっという間に孤児院は炎に包まれた。
「い、いきなり何を!?」
孤児院を飛び出してきた院長先生が司教を問い詰めようと近付く。
―――パンッ!
答えが返る事はなく、代わりに乾いた音と共に院長先生の頭が爆ぜた。騎士は何の感慨もなく銃を腰に戻す。
「え?」
「ふん。聖女様がこんな小汚い場所にいたなど、歴史に残せる訳がないだろうが」
それだけ吐き捨てて、司教は孤児院を去る。もう、何の関心もないとでも言うように。
何が起きたのか理解できなくて、理解できる訳がなくて、私の意識もここで途絶えた。ただ、この事件を引き起こした者達への憎悪だけを残して―――
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