ヴィーリンでの発見
「よく来てくれたね、お嬢ちゃん」
ウェルキンから降りる私達を猛鬼賢者が迎えてくれた。改めて見ても、気のいいそこらのおばちゃんにしか見えないね。オーレリア的にはひりついた迫力を感じるらしいけど。
「おばちゃんが呼ぶなら、それだけ大切な話があったのでしょう? 私が来ないって選択肢はないですよ」
「察してくれて助かるよ。お嬢ちゃんの耳には入れておいた方がいいと思ったんだ」
話すだけで終わるなら、私が王都に戻るのを待って遠距離通信の魔道具で繋げばそれで済む。擦れ違いで私が領地に戻っていたとしても、呼び出せるくらいの影響力は持っている。王国貴族である私が普段は気軽に国外へ出られない事を、おばちゃんが知らない筈もない。
その彼女がヴィーリンを落ち合い場所に指定した時点で、ここに来なければ伝えられない何かがあるって事情は明白だった。
彼女の後ろで青くなっている細長い人がその中心かな。
「紹介しておくよ。彼はレイリー・アーント、この国で属性統括官をしている」
「よ、よろしくお願いします」
「スカーレット・ノースマーク、王国子爵です。初めまして、アーント統括官」
この国は、家長の属性で一族の待遇が変わるという一風変わった管理体制を採用している。
海が最も重要な資源になる関係上、水属性が最も優遇されて、その後に風、地、火の順で続く。光と闇、少数属性の人は不遇術師とも呼ばれて、最も扱いが悪い。多くの女性が水属性の子、特に男の子を授かる事を望んで配偶者を見定めると聞いている。
信仰も、水の加護神が創造神様と並ぶほどに敬仰されているくらいだからね。
とは言え、国に優遇されなかったところで、商人や職人として身を立てる人はいるし、それほど盛んではないと言っても農業に従事する人達もいる。水属性の家庭に比べて税金の負担が大きいから苦労するとは聞くけども。
アーント統括官はその属性を見極めて、それぞれの家の取り扱いを割り振る立場だね。多分、高位の鑑定師なんだと思う。当然、海洋国の要職にある。お屋敷は、庭にウェルキンが降下できるくらい立派なものだった。
「あたしも仕事でこの国を訪れてね、偶々レイリー坊の趣味の話になったのさ」
ヴィーリンがいくら属性優遇政策をとっていたところで、山岳部から降りてくる魔物はそれを考慮してくれない。そこで海の魔物は政府と水属性術師に任せて、属性に恵まれなかった人達は冒険者として魔物を狩る場合も多い。
ギルドは国の管轄から距離を置いた組織なので、ギルド独自の支援を新人冒険者を中心に行っているらしい。おばちゃんの用事はその視察って事になる。
統括官が国の代表としておばちゃんを迎えた際、そんな世間話になったってところかな。
ちなみに、おばちゃんにはエリザベート・ウィルヘレナって名前がある。
仰々し過ぎてそう呼ばれる事が嫌いみたいだから、私は引き続きおばちゃん扱いを続けている。
現役の冒険者として活躍していた頃は周囲にリザと呼ばせて、本名は誰も知らないままだったのだとか。グランドマスターとして公の場に出る際はエリザベートなのに、S級冒険者猛鬼賢者の名前は王国でもリザとしか伝わっていない。
元は箱入りお嬢様だったって話だから、よっぽど本名が嫌いなんだろうね。実家との繋がりはずっと昔に切れているらしい。
「趣味、ですか?」
「は、はい。私は装飾品の収集をしておりまして……、その……」
「レイリー坊はね、美術的な価値より自分が気に入ったかどうかで購入を決めるのさ。そのせいで変わったものも流れてくる。商人としちゃ、いい鴨だからね」
恐縮して要領を得ない統括官に変わって、おばちゃんが説明してくれた。
統括官が何か悪事に手を染めたって話ではないみたいなのに、彼はすっかり縮こまってしまっている。ギルドのグランドマスターと王国の魔導士に挟まれて、緊張しない筈もないだろうけど。
「つまり、アーント統括官が何か重要なものを手に入れたということですか?」
流石に、収集品自慢の為に呼ばれた訳ではないと思う。
「うん。感性がいろいろとおかしいものでね、偶に驚くようなものが紛れ込むのさ。特に今回はとびきりだね」
「お、おかしい訳では……、せめて独特と言っていいただけると、その、ですね」
ドレスや装飾品より希少な魔物素材を好む私としては、趣味の偏りは分からなくもない。誰かの評価より自分の願望を満たしてこそ、趣味って気がするよね。
「それで、アーントさんは何を手に入れたのですか?」
「ほら、見せてやりな」
「は、はい。これ……、なのですが……」
おばちゃんが見せたい品は、大層な飾り箱で保管してあった。飾るより、きちんと保存して1人で楽しむタイプみたい。時々自慢話くらいはするのかな。
渋々と言った様子でアーント統括官が取り出したそれを見て、私の息は止まった。
「悪魔の心臓!」
目の前にあるものが信じられない。
戦士国で手に入れたものより随分とカラフルだったけど、厚みを持たない無数の面で構成された立体幾何学模様は見間違えようもない。
どうしてそれがここに!?
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