グランドマスターからの伝言
指示を出したなら、私は調査結果を待つ他ない。
予定より離れた時間が長くなった領地の事も気になるし、まっすぐ帰るだけだよね。これ以上、オーレリアを刺激したくないって事情もある。
―――と、その筈だったのだけれど、出発前にオーレリアの通信機が鳴った。
『オーレリア、通信で失礼します。カーマインです』
「カミン!」
通信相手が婚約者だと分かって、オーレリアの声が半オクターブほど上がる。順調そうで結構だよね。
でもこれで、オーレリアの機嫌も少しは収まるかな。
良くやった。さっすが私の可愛いカミン。
「丁度これから帰るところだったのですけれど、通信で連絡しなければならないほど急ぎの用向きでしょうか?」
『あぁ……! もうすぐオーレリアに会えるのですね。お帰りを楽しみにしています』
「カミン……私もです」
弟、用件は?
『先程、ギルドから使者が来ました。グランドマスターからの伝言でしたので、取り急ぎ伝えた方が良いだろうと連絡させてもらった次第です』
王都のギルドには遠距離通信用の魔道具がある。そこを経由してギルド本部からおばちゃんの伝言が届いたんだろうね。
魔力波通信機は便利ではあるのだけれど、情報戦で優位性を担保できる代物を国外へ提供する予定は今のところない。ギルドだけは例外として迅速な協調体制を作っておくべきではないかって意見はあるものの、まだ検討の域を出ていない。
強力な魔物へのいち早い対応は大勢の王国民も救うのだけれど、通信機に触れる人間が増えると技術漏洩のリスクが高まる。
王国内の支部に限定したとしても、冒険者には他国出身の人も多い。密偵が紛れていないなんて楽観的にはなれないよ。あれには虚属性も応用してあって、とんでもない機密の塊だからね。
「グランドマスターから私に、ですか?」
『いえ、伝言は姉様宛です。そちらに姉様はいますか?』
私への用事なのに、どうしてオーレリアへ連絡してるのかな?
理由は明らかだから問い質す気はないけども……お姉ちゃん、寂しいよ?
「いるよ。それで? おばちゃんからの伝言って何?」
『あ、うん。時間ができたなら、ヴィーリンまで来てほしいって話だった』
「ヴィーリン?」
小国家群東端の国だよね。
国境はノースマークにも隣接してる。ほとんどの小国家群から陸路で王国を目指す場合、街道に沿って通る事になる。王国から見ると、小国家群の入り口と言える。
山岳部が険しくて居住領域が海側に限られる戦士国に似た環境の国だけど、漁業くらいしか特色を聞かない。海洋国なんて呼ばれる事もある。
王国に隣接すると言っても、ノースマークの領都は更に山を迂回した先なので、交易は小国家群内の方が盛んなくらい。ヴィーリン産のお魚、カラム共和国でもいっぱい並んでいたよね。
『詳しい理由までは聞けなかったよ。王城にも報告したけど、判断は姉様に任せるってさ』
「通信の魔道具まで使って、一体レティに何の御用でしょう?」
「んー、心当たりはないから行ってみるしかないかな」
おばちゃんとの繋がりは大事にしておきたいし、無駄に呼び出す人とも思わない。あれで現役時代は、深謀で知られた人だった訳だしね。
王国貴族の私が比較的自由に動ける状態にあると分かって連絡してきたんだろうから、その情報網だけでも侮れない。
「連絡ありがと、カミン。とりあえず寄ってみてから帰るよ。オーレリアはもう少しだけ借りとくね」
『分かった。王城へもそれで報告しておくね。……オーレリア、貴女に会える喜びは、もう少しだけ熟成させておく事にします。そろそろ苺の美味しい季節です。趣味のいい喫茶店を見つけましたから、戻ったら一緒に行きましょうね』
「はい。私もカミンと会えるのを楽しみにしています」
結局、砂糖を吐きそうな展開になったと呆れながら通信を切る。話を聞いていたフラン達は、既にヴィーリン行きへ向けて動き出しているね。
そんな中、私へジト目を向けるオーレリアに気が付いた。
「レティって、カミンと仲いいですよね?」
うん?
「カミンも、貴方に対しては気安いですし……」
ええ……と、まさかカミンが口調を切り替える私へ嫉妬したの?
私、あんなふうに優しく話しかけられた事とかないよ?
ついでに言うなら、カミンとカフェデートした覚えもない。むしろ、歳を重ねるごとに距離を空けられて、それはそれで可愛らしいけど小さい頃の無邪気さが消えていく事を惜しんでいるくらいだからね?
それに、好きな女の子の前でカッコつけてる弟へ、婚約者が私に嫉妬しているから態度を改めろなんて残酷な事、言えないよ?
「オーレリア、そんな視線はここで私へ向けてないで、カミンの前で可愛く嫉妬して好感度稼いだ方が良いと思うよ」
「し! 嫉妬なんてしていません!」
あー、無自覚か……。
「よし! 空間魔法で部屋を思い切り広げるから、ヴィーリンへ着くまでしっかり鍛錬に充てようか。何日か移動ばかりで、運動が不足がちだしね」
「突然どうしたのです? 私は嬉しいですけど、レティとしては珍しいですね」
「……うん、たまにはね」
ヴィーリンまでほぼ1日。
その間中、今のオーレリアに付き合うくらいなら、お説教の方がましかもしれない。きっと私は悶え死ぬ。そんな未来を避ける為にも、鍛錬でいろいろ発散してもらおう。彼女、鍛錬中にカミンへの想いに馳せられるほど、器用じゃないからね。
オーレリアの恋心は、カミンと一緒の時に育めばいい。
ヴィーリンへ行くならお魚を楽しみたいし、乙女の無駄を減らしておきたいって思惑もある。
なかなかハードな移動になりそうだね。
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