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大魔導士と呼ばれた侯爵令嬢 世界が汚いので掃除していただけなんですけど… 【書籍2巻&コミックス1巻発売中!】   作者: K1you
諸国満喫編

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奇跡の霊薬

「御覧になられますか?」


 呆れつつも興味を隠せていなかったらしい私へ、オットーさんが閲覧を勧めてくれた。


 え、いいの!?

 霊薬の真偽は勿論、どんな調薬方法が書かれているか、気にならない訳がない。

 オーレリアとフランの視線が冷たいと思わなくもないけれど、今、そんな事は置いておく。伝承の真相に迫る方が大事だよね。ひょっとしたら歴史が動くよ。

 これは学術的な関心です。


 ページを開いて、教国がこの書物を隠していた理由がすぐに分かった。

 原料として羅列してあるほとんどが魔物素材となっている。魔物を絶対の敵性存在として位置付ける教国としては許容し難い。しかもどうやら経口薬のようなので、教義的には完全にアウトとなる。

 しかも偽物だったなら、教義を侵してただの猛毒を作るだけなのだから笑えない。


 信仰の話は置いておいても、魔物素材を用いた薬って言うのは珍しい。

 一部可食魔物はいるものの、ほとんどの魔物は人間にとっての毒を含む。獣と魔物、定義上最も異なる点は含有魔力の大小だけど、多くの場合で細胞の組成から違っている。構成するタンパク質自体が変容している例もある。

 それは可食魔物も例外じゃなくて、食べられる部位は限定される。特に内臓を食べられる個体は極めて少ない。

 あのスライムだって、核の部分は害になるからね。お腹壊す程度だけども。


 なので、魔物素材は魔道具で消費するのが一般的ではある。

 それなら薬効成分を持たないのかと言うと、そんな事はない。変質の過程で有用な成分が生まれる例も多い。ただし、毒と混ざっているので扱いが難しい。

 魔物毒は本体同様に理不尽で、希釈すると毒性だけ残して薬効が消えたり、抽出すると有用成分が毒に変わったりと、予測できない働きをする。厄介なのは吸収後に変質する場合があるって点で、薬として用いるにはかなりの検証を重ねる必要がある。


「ご理解いただけたと思いますが、我々も扱いに困っているのです。もしも本物ならば、教義に反するからと失伝させるには惜しいと思ってしまいます。しかし、偽物であるなら決して世に出してはなりません」


 オットーさんの口から愚痴がこぼれる。


 でもそれなら、秘密保持を徹底して調査をお願いすればいいだけじゃないかな?

 教義が枷になるなら、調査先の研究成果として世に広めればいい。素材が多くて特殊なものも含まれてるから、安価な薬にはならないだろうけど。


 とは言え、希少素材も必要になる訳で、どうしたって研究費は膨大になる。抽出や精製工程の為にと、工場を新設する必要もあるかもしれない。

 偽物だった場合はそれらが全部無駄になるから、出費を惜しんで検証を先送りしてきただけじゃないかな。


「私としては、誰かの救いとなるなら神様もお許しくださると思うのです。できるなら何処かの研究機関に託して真偽を明らかにしたいと思っているのですが……」

「多分、本物だと思いますよ」

「「「え!?」」」


 私が目を通すって事は、そのまま記憶するって事でもある。

 こんな貴重な資料、自分で試してみたいに決まってる。是非とも全部覚えて帰ろうと集中していたせいで、オットーさんの吐露に思わず答えてしまった。


 ……オーレリア達の視線が痛い。


 うん、分かってる。

 塩を送る義理はなかったよね。黙って情報だけ持ち帰ったなら、王国だけの利益にできた。


「スカーレット嬢、本当ですかな!?」


 オットーさんどころか、私との接触を避けてた枢機卿まで目を輝かせてしまったよ。教国で霊薬を完成させても、彼等の懐を温めるだけだよね。


「あー……、流し読みした所感ですが、工程がよく練られています。最初の調薬は偶然でも、後追いで検証を重ねたのではないでしょうか。現代科学と照らし合わせても、理に適っていると思います」

「ほう!」


 覆水は盆に返らない。

 口を滑らせた時点で否定は無駄だろうから、事実だけは伝えておく。専門家に見せたなら、このくらいはすぐに判明する。


 実際、この製法は良くできていた。

 とりわけ毒を毒で殺すって発想なんて、よく思い付いたものだと感心しか出てこない。考えてみれば、素材は魔物の性質を残している訳で、含有魔力の多い素材は組み合わせ先の素材の毒を呑み込む。これを上手く使えば、従来にない精製も可能になる。

 更に素材によっては魔力を抜く事で、無毒化を図るって手法も使ってあった。私がオリハルコン加工で使った方法に、先人は既に辿り着いていた。

 それでもどうしても残る毒成分は、解毒作用のある霊草で潰してある。解毒薬を飲んだ上で魔物薬を服用するって活用方法は昔からあったと聞いていたものの、この製法の場合は霊草の質が桁違いだったよ。

そして、最後に含有魔力が極めて高い特殊素材を加える事で解毒作用と薬効を劇的に高める。一つ間違えば毒も活性化するところ、必要な成分だけを高められるように絶妙なバランスが組んである。伝承で語られる効果に幅があるのは、この特殊素材の質だろうね。


 霊薬と一緒に封印されていた技術を蘇らせるだけで、多分、薬学の研究が大きく進む。そのくらいの価値があった。狂喜するディーデリック陛下が幻視()えるよ。


 ……だから、オーレリア。

 その、私を刺し殺しそうな視線は、いい加減やめようね?




 結局、これ以上口を滑らせる前に教国を発ちましょうと、封印庫を出た私はオーレリアに引き摺られてまっすぐウェルキンへ戻った。

 信用なんて何処にも残っていない。


「レティ?」

「はい、ごめんなさい。私が悪かったです。深く反省しています」


 これからお説教だよね。

 うん、知ってる。


「クリスティナ様を癒した時に、迂闊な行動は控えると約束しませんでしたか?」

「はい、覚えています。ただ、霊薬の製法に意識が集中して、その他が疎かになっていました。本当に申し訳ありません」

「全く……、オットーさんだけならまだしも、あんな情報を教国に漏らして、あの国が息を吹き返したらどうするつもりです?」

「う……」


 伝承でだけ語られる奇跡の霊薬。

 それを復活させたとなったなら、教国の支持は間違いなく強まる。多少の不正なんて軽く吹き飛ぶ。神敵認定の濫用で不審を抱いていた国も、霊薬を餌にされれば黙ると思う。

 教義があるせいで教国から発信できないとしても、技術を保管してきたって功績は大きい。私が先に霊薬を完成させたところで、製法自体は教国にあった訳だからそれは変わらない。

 困った事に、元々開発者が製法を広めていた訳じゃないので、この件に関しては隠蔽にも当たらない。


 つまり、教国打倒にタイムリミットが発生してしまった。

 あの国が霊薬を完成させてしまったなら、全てが手遅れになる。きっと、今より影響力は強まるよね。


「死をも覆すかもしれない霊薬を手にした教国の影響力を削ぐ手段はちょっと考え付きませんよ。しかもあの国の事ですから、当然腐敗も進むでしょうね」

「だから、ごめんってば……」


 王国に帰って報告する際には、霊薬の製法を強調して陛下を味方に付けよう。

 これ以上叱られるのはごめんだよ。


「でもオーレリア、おかげでいろいろ分かった事もあるよ」

「分かった事、ですか?」

「うん。私の勘が正しいならって前提は付くけど、上手く運んだら教国のとどめになるかも」

「え?」


 驚くオーレリアへの説明は後に回して、私は部屋の隅に待機する“執事”さん達へ向き直る。怒るオーレリアに配慮して、彼等は黙って控えてくれていた。

 調査団って役割を終えた諜報部はこの後、王国へ帰った体で潜伏する事が決まっている。引き続き教国の信用を落とすだけの材料を集めてもらわないといけない。それに当たって、最後の打ち合わせの為にこうして合流している。多分、私の前に姿を現さない人も多いんだろうけど。


 本来なら、オーレリアの説教も後に回して、彼等に指示を出さないといけなかった。


「皆さんにお願いがあります」

「……我々は、スカーレット様の指示に従うよう仰せつかっております。何なりとご命令ください」


 それは知っている。

 とは言え、根拠の薄い調査を任せる訳だから、先に意思を確認しておきたかった。現時点で示せる証拠はない。


 でも、きっと教国打倒に肝要な一手となる。


「先代聖女を、探してください」

うん、やっぱりレティに自重は無理ですね。


お読みいただきありがとうございます。

ブックマーク、評価で応援いただけると、やる気が漲ってきます。

今後も頑張りますので、宜しくお願いします。

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