教国の封印庫
本当に面倒なので、このまま教国を滅ぼしてしまいたい気持ちはある。そうすれば、聖地研究にも楽に専念できる。
でも、それを王国の判断だけで行うなら侵略にしかならない。同じように教国を疎ましく思っていた国も、こぞって王国を批判するのは間違いない。一国の決定だけで教国の趨勢を決められるのなら、次は自分達の国が蹂躙されるのではないかと恐れを抱く。
私一人で実行しようものなら、魔王と恐れられて君臨するね。神敵認定も現実味を帯びてくる。
そんな恐怖政治は、私も陛下も望んでいない。大陸統一なんて時代でもない。
魔王と呼ばれて、キミア巨樹に構えた居城で勇者を待ち構える趣味はないよ。そんな可哀そうな勇者にも同情する。
だから教国打倒を成し遂げようと思うなら、大陸中が教国を非難する状況を作るくらいでなくてはいけない。
その点、あっさり神敵認定のカードを切ってくれたのはありがたかった。これまでこの文言で黙らされてきた国は怒りを抱くだろうし、神様を貶める行為でもある。それだけ思い上がっていたって証明にもできる。
神様を恫喝の手段にしていただなんて、敬虔な信者ほど不快感を抱くだろうね。
とは言え、それだけだと足りない。
私を軽んじたのは王国と教国の問題にしかならないから、国家運営に関わる人達の印象を落とす事はできても、信者へのアピールにはならない。
そうなると、ナイトロン戦士国のゼルト粘体出現に教国が絡んでいてくれれば話は早い―――のだけれど、あっさり封印庫へ案内されてしまった。
私を煙に巻く様子や、隠そうとする気配が感じられない。むしろ私みたいな面倒な女には、調べるべき事を調べてさっさと出て行って欲しいって意思が伝わる。後ろ暗い事情がある人間の行動じゃないよね。
「やはり、当てが外れましたね」
「あの態度を見れば、薄々分かっていた事ではあったけどね」
風の遮音魔法を使ってオーレリアとこっそり話す。
戦士国の被害を許容して何かを企むなんて大それた気概、あの連中にあるとは思えない。
「諜報部はここの入り口も見張っていたけど、隠蔽の為に出入りする気配はなかったって話だしね」
「鍵を枢機卿が管理しているなら、派閥外の誰かが悪用する事も難しい訳ですか」
「そうなるね」
悪魔の心臓みたいなヤバい代物を納めているだけあって、封印庫は神殿の奥まった場所にある階段からしか降りられない。こっそり侵入したとしても酷く目立つ。存在を隠す魔道具を使って潜伏してる諜報員の目を誤魔化せるとは思えない。
「……こちらです」
明らかに私を恐れた様子の枢機卿が大きな扉を示した。
教皇は会談の終了と同時に逃げて、案内を押し付けられた枢機卿と、他数人の司教しかここにはいない。
その中にはオットーさんもいた。封印庫に立ち入れるだけの権限を持った人みたい。主流派を外れていても、支持母体はそれなりに大きそうだね。
枢機卿が宝玉をかざすと、扉に魔力が流れた。
重厚そうな扉に加えて、魔法で封印してあったみたい。
残念ながら術式が古そうだったので、物々しい割には、私なら簡単に開けられそうな扉をくぐって封印庫に入る。
内部には20個くらいの物品が安置されていた。
幾何学模様を立体化させた不可思議な球体は勿論、殺人鬼の怨念が乗り移ったとされる魔剣、無限に毒を生み出すと言う呪いの壺、何故か生きて動く手首なんてものもある。
悪魔の心臓以外は、きちんとした処理を行わないで魔物素材を加工した場合に偶発的に生まれた代物だね。魔物は未解明の部分も多いから、死んでなお、人間へ危害を及ぼす事もあり得る。
廃棄の際に呪いを撒き散らすんじゃないかってここに封じてある訳だね。
浄化魔法で祓える筈だけど、ここでは初代聖女の権能だけがそれを許されるって事かな。わざわざ指摘してあげる義理もない。
「レティ、あの絵って……」
「人間か魔物の血を混ぜた顔料で描いたんじゃないかな? 綺麗な女性の絵なのに、禍々しさが伝わってくるね」
「その通りです、ノースマーク子爵。狂気に染まった画家の作品で、触れるだけで呪いの効果を発揮します」
ここに運び込むだけで5人もの神官が重傷を負ったのだと、オットーさんが話してくれた。意外と歴史は浅くて、彼としても忌まわしい品らしい。
おそらくだけど、絵の具の下に魔術式が描いてあるんじゃないかな。その上に魔力を含む血液を重ねた事で、周囲の魔素を取り込んで呪いを常時発動させる魔道具が出来上がった。
作者の精神状態は完全に擦り切れていたに違いない。触れさせない事で、自分の絵画を永遠に残そうとでもしたのかな。人目にも触れなくなった訳だから、芸術作品としての機能は果たしてないのだけれど。
私としては、絶賛モヤモヤさんを撒き散らす絵画とか、今すぐにでも焼き捨てたい。
要するに、教国が大事に仕舞いこんでいた封印物のほとんどは、まるで興味の湧かないゴミばかりだった。面白くない。
初代エッケンシュタイン博士の封印施設みたいなところを期待した訳じゃないけど、がっかりだよ。さっさと仕事を終わらせて帰ろうか。
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