聖地デルヌーベン
前話「豪語しておきながら……」の設定を一部変更しました。
観光を目的とした参拝は、魔物に阻まれてすべて失敗したと変更を加えました。その前提で今話をお楽しみください。
翼竜どころか旋風竜、雷閃竜なんてものに追われながら聖地を目指す。
オーレリアの極限突破風刃魔法で蹴散らす事2回、臨界魔法で吹き飛ばす事3回、それでも追手の勢いは止まらない。大規模魔法が更に魔物を刺激した可能性は否定できないけど。
観光業として聖地到達を目指すなら、安全ルートの探索は必須だと実感しながら空を駆ける。そんな航路があるのかすら怪しい。
肉食獣の牙みたいな山嶺を越えて、漸く魔物の追跡から逃れた。
「あれ、私達を恐れたって様子ではないですよね?」
「うん、あんなに執拗に追っていたのに、急に威勢が収まったよ。まるで、追う必要がなくなったみたい」
オーレリアの見解に同意する。臨界魔法で群れが半壊しても追うのをやめようとしなかった翼竜が、急に興味を失ったように散っていく。
「丁度、山を越えた時点からでしたよね? 何か力場が働いているのでしょうか?」
「結界みたいな何かは確認できないけどね」
魔物が立ち入れない機構があるのだとしたら、魔物の方が山を越える直前で動きを止めると思う。でも実際は、ウェルキンが通過した時点で追うのをやめた。
「山を越えた対象を追いたくない理由があるのでしょうか?」
「どうだろ? 少なくとも山のこちら側を魔物が好まないのは確かだと思うよ。何しろ、こっちには魔素が無いからね」
「え!?」
聳える山を視認した時点で驚いた。
山頂へ向かうにしたがってモヤモヤさんの濃度が減っていく。あれだけ強力な魔物の生息地としてはあり得ない。そして、山を越えると完全に見えなくなった。
「こんなの、魔導変換器の効果範囲内か、私が掃除した空間くらいしかあり得なかったのにね」
聖地は私の心にとっても優しい。
「私達が狭域化実験で作った空間が、既にここには存在していた訳ですか」
「もっと早く知っていたなら実験を簡略化できたかもしれないのにね」
そうは言っても、魔素のない空間に魔物が立ち入れない訳じゃない。つまり猛追をやめる理由は別にある。モヤモヤさんについての知識がなかったなら、聖地が魔物を寄せ付けないのかと誤認したかもしれないね。
モヤモヤさんが存在しない原因も見当たらないし、思っていた以上に興味深い場所だったよ。
「今度、ノーラを連れてきますか?」
「それも良いけど、超常的な原因だった場合、ノーラは何も読み取れないからね。まずは情報収集かな」
「調査も勿論ですけど、この場所の映像を持ち帰るだけでも話題になると思いますよ」
歴代の到達者に、映写晶を抱えて来るだけの余裕は無かったろうからね。登るだけでヒマラヤ挑戦に等しくて、更に魔物のおまけ付き。優先は水や食料、武器に薬、少しでも荷物は減らしたに違いない。
「航路開拓を見直すきっかけになると思う?」
「ウォズが高く売ってくるのではないですか? とても上手に意欲を煽ってくれるでしょうね」
なるほど、それは大事だね。
シドで調査を頑張ってくれているウォズにお土産を持って帰らないと。
ウェルキンは高度を落として山を下る。山峡全体が聖地って訳じゃない。その中央、澄んだ水の溜まった場所が目的地だった。
これだけ特殊な場所なら植生にも影響があるかもと見渡したけど、草木一本見当たらなかった。スライムは勿論、小虫すらいない。
この世界でモヤモヤさんは生命活動の証だから、死の世界みたいなもの悲しさを感じるね。
もっともそんな感想を抱いたのは私だけで、信仰に篤いエモンズ司祭は湖のほとりに降りるなり、滂沱の涙を流して跪いた。少し遅れてクリスティナ様も涙をこぼす。
私達に比べると信仰心を持つのか、ウィードさんも静かに祈りを捧げているのが見えた。
特殊な空間だからか、風一つない水面は凪いでいて、天空を映して青く輝く。天然の巨大水鏡、その中央には小さな東屋がぽつりと存在していた。当然、人工物の訳がない。
「レティ、あれって……?」
「うん、島があるのかと思ったら、あの建物水に浮いてるよ」
比喩でも何でもなかった。
大理石あたりに見えるのに、ちょこんと水の上に鎮座している。1ミリだって沈んでいる様子がない。銀鏡みたいに見えるとは言え、覗き込む角度を変えてみると湖の底が確認できた。液体である事は間違いない。透明度が異様に高いから何処までも深く見通せるけど。
前世含めて培った常識が通用しない。
何より問題は、あの東屋が一体何なのか知りたい、調べたいって思うのに、飛んで調べに行こうって気持ちが湧いてこない。
飛行ボードならウェルキンに積んである。私は自分の魔法で飛べる。水面を崩すのは忍びないけど風魔法で飛んでもいい―――だと言うのに、それを使って湖を越えようって選択肢が私の中に浮かんでこない。
代わりに、強い神威を感じる。
魔導士として宣誓した時、南ノースマークで収穫祭を執り行った時、僅かに感じたものと同じ。
けれど今、知覚しているものは規模が違う。あまりに強烈で、温かさより畏怖すら覚えてしまう。迷わず膝をついた神殿関係者2人は正しい。不思議と納得してしまう。
オーレリア達もこの状況に圧倒されてしまっていた。ただしクリスティナ様達と違って戸惑いと不快感も覗く。私も、この訳の分かんない状況が気持ち悪くて仕方ない。
精神への干渉と言うより、これは生物の本質へ介入してる?
魔物が近付かなかった理由と同じもの?
運に恵まれ、奇跡を成し遂げ、極限を乗り越えた先で、こんな体験をしたなら頭の中が神様への畏敬で埋まってもおかしくない。
ここに来るまでに抱いた疑問はあっさり解けた。
けれど別の疑問も浮かぶ。
この場所に不可解な力場が働いているのかな?
明らかに目立つ銀鏡湖がある訳だけど、あれが原因?
それとも、山間全体がこの不可思議な空間を形成しているの?
モヤモヤさんがないのは、空間の維持に使っているから?
何度も神威に触れてきたのに、これまで不思議と受け入れてたのは何故?
そもそもこの場所って、聖地って何?
湖はともかく、どうしてあんなところに東屋があるんだろうね?
と言うか、神様って何?
誰かが答えをくれる筈もなくて、ヒントだって何処にも転がっていない。でも、私はいつの間にか笑っていた。戸惑いはいつの間にか消え去った。
今日、この場所に来れて良かった。
この場所を知れて良かった。
今置かれた状況が、嬉しくて仕方ない。
分からないものがまた増えた。知りたい事がまた増えた。
本当にこの世界は私を退屈させてくれない。
モヤモヤさんと魔法、魔道具の作成で散々遊んでいるのに、ダンジョン、悪魔の心臓、そしてこの聖地、不思議が私を放してくれない。
この場所の謎を解き明かしたなら、次は何を作れる?
今度の謎は何に繋がる?
目の前にそびえる困難と、それを紐解く工程が、今から楽しみで心が沸く。
本格的に調べるならここへ通う必要がある。そうなると航路開拓に本格的に関わらないといけない。思っていた以上に魔物が多かったから、もしかすると薙ぎ払った方が良いかもしれない。
そうなると、先に生態を調べておかないとだよね。素材も欲しいけど、生きている状態でないと分からない事もある。
それより、私が聖地に出入りしていると横槍を入れて来そうな教国を片付けるのが先かな。
お読みいただきありがとうございます。
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