閑話 小悪党の悔恨 3
ランは院長夫妻に頼み込んで子供達と一緒に埋めさせてもらった。事故に病に理不尽な暴力、運良く孤児院に辿り着いても体力の少ない子供が亡くなる事は珍しくない。
彼等と一緒の方が、ランも寂しくないだろう。
あの後すぐ、院長夫妻の誘いに応えて住居を孤児院へ移した。
思い出が詰まった場所を残しておくべきだったかと後になって思ったが、当時はあの家に1人で居たくなかった。誰も住まない家の劣化は早い。元がボロなら尚更だ。
改めて思い出に浸りたくなった時、既にあの家は朽ちていた。
幸い、ランがいなくなっても孤児院に置いてもらえたおかげで、しばらくは忙しくしていられた。動いていた方が沈む気持ちを紛らせられる。
そうこうしているうちに、俺の中で少し変化があった。
ただの職場でしかなかったあの場所が、面倒しか持ってこない子供達との生活が、いつの間にか悪くないものに思えた。ランの死を一緒に悼んでくれた子供達は、間違いなく俺の仲間だった。
けれど、悪い事は重なる。
俺が住み込みとなっていくらも経たないうちに、孤児院の土地が売られてしまったのだと判明した。
そもそもあの孤児院は、商家を営んでいた院長夫妻が取引先だった家の子供を引き取るようになったのが始まりだった。悪化の一途を辿る情勢に、店をたたむ商人も珍しくない。借金に塗れた生活に子供を巻き込めないと、首を括る他なくなる前に子供を預けたいと、縋る親に応えたのだと聞いた。
そんな子供が数人、その頃はまだ良かったらしい。
夫妻が商会を息子に任せ、老後を孤児院で過ごすようになると状況が変わった。
子供達と過ごす余裕が増えたからと、近所で夜逃げした家の子や親に先立たれた子が路頭に迷う前に引き取るようになった。そう広くない孤児院の子供が倍になったことで、夫妻だけでは手が回らなくなり俺が雇われた訳だが、その分商会の財政を圧迫した。
更に俺が住み込みとなったことで、俺を院長に据えて規模を大きくするつもりなのではないかと息子が危機感を抱いたらしい。以前から不採算部門が疎ましかったと言うのもあったのだろう。
父母に相談なく土地ごと売り払ってしまった。
すまないと老夫妻は謝ってくれたが、それで住む場所が見つかる訳じゃない。商会からの支援が受けられない以上、いつまでも宿暮らしも続けられない。
夫妻と息子の議論は平行線で、金が引き出せる気配は感じられなかった。
しかも、折の悪い事にそれは冬に起きた。
ランと暮らした家も、全員は引き取れない。
誰かを見捨てる?
ランの友人達を?
あり得ない。
俺は覚悟を決めた。
悪事から遠ざかってはいたが、相棒と行動していた頃に知り合った連中との繋がりは残っていた。誰か俺を追っていないか、時折確かめていた古縁が生きた。どいつもこいつも禄でもない奴等なので、上手く立ち回る為に情報を共有し合っている。その情報網を辿った。
一か八かになけなしの財産を注ぎ込んだ。
そうして手に入れた情報によると、近く、政権を奪取する為に軍の有力者が反乱を起こすとの事だった。つまり、現時点で上層部にのさばっている連中はほとんどが粛清される。
その顔触れを調べてみると、都合の良い男が見つかった。
昔、俺の活動範囲で幅を利かせていた役人で、良く分からない屁理屈で金を巻き上げられた事がある。似た手口でたんまり貯め込んでいるだろう。正規の手続きを経ていないから、上手く隠した金もある筈だ。
それを狙って盗みに入った。
反乱への対処でてんやわんやで、忍び込むのは簡単だった。隠し金を探すのには手間取ったが、家主が帰ってこないから時間は十分にあった。こういった金をちょろまかすのは初めてじゃなかったから、探す時間さえあるなら不可能ってほどでもなかった。
こうして命乞いの為の金を奪った上で、粛清の時機に合わせて子供達と共に屋敷を占拠した。収容人数には余裕があり過ぎる。魔道具も魔石もたっぷり残っていたから、凍える心配も消えた。
情報収集で接触した連中は新しく国を牛耳った指導者におもねるのに必死のようだったが、俺はもう一手先を読んだ。野心に溢れた副官に賭けた。
その甲斐あって俺は短期間で財を得て、商会への投資に裏組織の支援にと、グランダイン養護院の基盤を築いていく事になる。いつかランが語った、大好きだった孤児院みたいなところで暮らしたいという夢を、実現するために尽力した。
上手くいくと思っていた訳じゃない。碌な未来しか待ってないなら、無茶したところで行き着く先は同じだと割り切った。俺の命どころか、子供達の未来すら賭けた大博打、昔の俺ならそんな危険は負わなかっただろう。二度とご免だとも言い切れる。
あれだけ恐れていた悪事に再び手を染める事、躊躇いは感じなかった。
代償は既に支払った。
あれから、何度も何度も考えた。
俺が手段を択ばず金を用意していれば、ランは死なずに済んだんじゃないのか。
国境の警備隊に裏金を突きつけて、ランの体力を保たせるだけの魔法治療医師を揃えて……、金さえあったならあの子を助けられたかもしれない。
復讐を恐れた臆病な俺が、ランを死なせた。中途半端に善人の振りをした俺が、ランを殺した。
この後悔はずっと俺に付きまとう。
二度と忘れてはいけない。
俺は悪党だ。
どんなに上手く一般人に紛れても、俺の本質は変わらない。罪人が一般人の真似事をしてるに過ぎない。何処まで行こうと、子供達に囲まれようと、俺は俺だ。
どんなに汚れた金だろうと、子供達を育てる力になる。
俺の自己満足だろうと、偽善だろうと、ランの友人達を、あの子と友達になれたかもしれない子供を助けられるなら、俺は決して迷わない。
……こんな俺の生き方を、あの子は悲しむだろうか?
分からない。
確認する事もきっと叶わない。
ランが行ったのは神の園で、俺が堕ちるのは虚無の底だ。二度と会う事もないだろう。
だが、それでいい。
あの子には、立派に天寿を全うした友人達と笑っていてほしいと思う。
そう言えば、あの子は俺をおじちゃんとしか呼ばなかった。知っていたのかもしれない。フェルノ、なんて名前は偽名でしかなかったのだと。
あの子は聡い子だったからな。
今更フェルノおじちゃんなどと呼ばれたところで違和感しか感じない。ダイおじちゃん、なんて呼ばれようものなら、くすぐったくて仕方ないだろう。それに、悪党の名前はあの子の隣に相応しくない。
あの子が思い出すのは、気まぐれであの子を助けただけの、ただのおじちゃんでいい。
懐かしい夢を見た。
何処までも愚かだった私が、掛け替えのない宝物を手に入れた記憶。
忘れるなど決してないが、夢で見たのは本当に久しぶりだった。何かの前触れだろうかと考えた時、暗がりに立つ人影に気が付いた。
いつかの母親と同じ、憎悪で歪んだその顔を見れば、何のために来たかは明白だった。
不思議と抵抗しようという気は起きなかった。
この復讐者がどんな手段で私の寝室に入ったかは分からない。だが、外で騒ぎが起きている気配は感じられなかった。
この部屋は防備を固めているが、外からの音は遮っていない。無理に突破してきたなら、不寝番の職員か、善意で警備を担当してくれているこの孤児院出身の冒険者達が気付くだろう。
つまり、この復讐者は憎悪を子供達にまで向ける人間ではないと言う事だ。
ならば問題ない。
悪党が1人死ぬだけだ。
私を裁くのは法だと、私を許せるのは私だけだと言ってくれた聖女様達には申し訳ないが、私はこの結末に納得していた。
悪因悪果。
当然の終着点だろう。死ぬ事をあれだけ恐れていたが、正しく罰が下るなら受け入れても良いと思えた。何も知らずに悪銭の恩恵を享受していた子供達が巻き込まれる事はないと分かれば、身体の震えも止まっていた。
穏やかな姿勢を崩さない私が気に入らないのか、復讐者の顔が更に憤怒で染まる。激情のままに振り上げた刃は、私の心臓を正確に貫いた。それで収まるほど軽い恨みでもないのか、何度も何度も刃を振りかぶる。
まるで、いつかの母親をなぞっているようだった。
燃えるような熱で意識が明滅する中、私は思う。
その怒りは正しい。
どんな綺麗事を並べようと、どんな理屈をこねようと、激情が収まる事はない。
どれほど時間が経ったとしても、記憶が薄れる事はない。
相手が改心したところで、償いに人生を捧げていたところで、矛を収める理由には足り得ない。
何故なら私も、理不尽にランの命を奪った神を許していないのだから―――
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