グランダイン養護院 1
私達を迎えてくれたリーヤ・ジエノンさんが、そのまま目的の人物のところへ案内してくれた。彼女は前政権を打ち倒した立役者の1人でもあるらしい。本来の職務は国賓の歓待ではなく、社会保障の確立なのだとか。
向かったのは郊外にある豪邸だった。
もっとも、養護院の人間が建てたのではなく、政権争いの敗北者側を支援して粛清された役人の邸宅をそのまま使っているのだと言う。
「それって不法占拠なのではありませんか?」
「ご心配なく、現在は義父様の所有物として手続きを終えています」
臨時政府の幹部が言うならそうだろうね。職権乱用としては軽い方と言える。
「それ以前は?」
「立ち退けと迫る者達が頻繁に出入りしてましたね」
「やっぱり……」
政権を握った側からすれば、接収するべき財産になる。我が物顔で居座る養護院なんて邪魔でしかなかったと思う。
「それも1年程度の話ですね」
「何かあったのですか?」
「政権がまた倒れたのです。軽い混乱が起きて養護院どころではなくなりました」
早い。
いや、この国ではそれが日常だったのかな。
「義父様は知っていたのです。当時の副官だった男が野心に燃えていた事、そう遠くない内に反旗を翻す事を」
「それで有耶無耶にしようと? しかし、副官が取って代わるとしても、その人物なら養護院の存在も知っていたのでは?」
「ええ、ですから義父様はその男と取引をしたのです。役人の財産を売り払って支援する代わりに、養護院の存在を認めて欲しいと」
全て上官の懐に入る筈だった役人のお金を都合してもらって、下剋上する手助けになるなら、入れ物しか残らない養護院には興味なくなったって訳だ。
養護院なんて運営している割にはなかなか強かな人らしい。そのくらいでないとこの国では生き残れなかったのかもだけど。
そう言う事情なら、先代聖女がいたと言うグランダイン孤児院と今の養護院が別ものであっても仕方ない。クリスティナ様の話を聞く限り、聖女の孤児院は個人経営の小さなものだったらしいからね。
その方がイメージとしては合っているけど、実際に大勢の子供を引き受けるなら立派な建物が欲しいかな。
で、グランダイン孤児院を楽しみにしていたクリスティナ様は分かりやすく落ち込んで、司祭の手を借りながらなんとかついて来ていた。
彼女のシド行きにあたって、世話係の出国許可は下りなかった。建前上は存在しない事になっている黒ローブの彼女達を堂々晒せないって事情があった。今のクリスティナ様は体内魔力が安定したから体調は戻りつつあるのだけれど、無理の蓄積が身体を蝕んで健康体には程遠い。
そこで、監督役として同行を申し出た司祭、聖女様の邸宅へ私を案内してくれた彼が甲斐甲斐しく世話を焼いている。
彼としては、司祭と聖女って以上の理由がありそうに見えるけど。
「微笑ましいですよね」
「教義で聖女の恋愛を禁止してるって訳でもないからいいんじゃない?」
恋愛レベルの低いオーレリアでも気付くくらいには、司祭の好意はあからさまだった。彼が他の司祭と態度が違うのは、聖女派って事かもしれないね。
そうは言っても、中性的な青年司祭は男性としては小柄な為、姉の世話を焼く仲のいい姉弟にも見える。実のところ聖女様は今の私の倍近いって話だから、見た目上の関係とそうかけ離れていない。
教国では黒ローブの女性達もそれとなく気を使っている様子だったのに、当のクリスティナ様が気付いた様子はない。手を引かれている今も、孤児院の件で頭がいっぱいに見えた。
「あ! ねーちゃんだ!」
「お帰りなさい、リーヤお姉ちゃん!」
「姉ちゃん、お土産は?」
「お姉ちゃん、勉強教えて」
坂道を登って少し小高い場所にある養護院へ辿り着くと、リーヤさんはあっという間に子供達に囲まれてしまった。
その輪に加わらなかった子達は、私達を怪訝そうに観察している。院内関係者の結束が強い代わりに、外部の人間は警戒対象なんだろうね。数年前まで治安の悪かった国での孤児の扱いを考えれば、納得できてしまう。
「こら! その人はお前達に教科書を送ってくれたスカーレット様だぞ! 失礼は私が許さない」
ところが、リーヤさんの一喝で反応が変わった。
細かい支援内容まで把握していない私がウォズを確認すると、誇らしそうに頷いてくれた。そう言えば、この養護院では将来的な働き口に困らないようにと、教育にも力を入れているのだと道中で聞いていた。
納得できたのは良かったのだけれど、私はすぐにそれどころではなくなった。
「聖女様? 聖女様なの?」
「ホントだ、聞いた通り赤い服を着てる!」
「わー、本物だ!」
「聖女様、ありがとうございます!」
「僕達ね、いっぱい勉強してお姉ちゃんみたいになるんだ!」
興味が私へ移った子供達にもみくちゃにされた。
ついでに、子供の歓迎と悪戯心は紙一重なところがある。どさくさに紛れて私のスカートをめくろうとした子は、フランに厳しく捻り上げられていたけども。その様子が余計に笑顔を咲かせる。
とは言え、こう純粋な目で聖女扱いされると居心地が悪い。ここへ現役聖女様の微笑ましい視線が混じらなかった事が救いかな。彼女はまだ浮上していない。
「おやおや。元気なのは良い事だけど、お客様を困らせてはいけないよ」
どう収拾を付けたものかと私が困っていたところ、穏やかな声が子供達を止めた。それほど通る音量でもないのに、子供達は素直に応えた。
「こんな辺鄙なところへよくいらしてくださいました、スカーレット・ノースマーク様。子供達の無礼を咎めないでいただいた事、感謝しております」
「それはこれからこの子達が必要に応じて学んで行く事でしょう。溌剌といる事が許される子供にいちいち目くじらを立てるほど、狭量ではありませんよ」
「ご寛容、感謝いたします」
老若男女問わず平民だからと謙る事を要求する貴族は存在する。
私へ深く頭を下げるご老人はそんな貴族を知っているんだろうね。かつては貴族と関わりがあったのかもしれない。
この国、王族は弑逆され、貴族も同じく殺されるか、それを恐れて逃亡したので残っていない。臨時政府は君主制へ戻すつもりもないらしいので、彼のように貴族を知る人間は減りつつある。国外との繋がりを望む者だけが、関わり方を学ぶ時代がやって来るんだと思う。
「我々と、この国への多大な支援、重ねて感謝いたします。本日は私に確認したい事があると伺っております。何なりとお聞きください」
この国に怪盗が関わっている可能性は低くなった。
それでも、突然給付金を国中へばら撒く真似ができるなら、その資金は怪盗から得ているのではないか。その疑いを払拭するためにここに来た。
でも今の私は、この老人から話を聞いてみたいと思っていた。
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