小国シド
半日とかからずシドの上空に到着した私達は、臨時政府の詰所へ降下した。
この国、国と呼んでいいものか分からないくらいに荒廃していた。
かつての王政が倒れたのは30年も前になる。当然、次の指導者が立ったのだけれど、国をより良く変えて行こうなんて気概には燃えていなくて、それまで王族が独占していた利権が欲しいだけだった。
そんな状況なので指導者は次々変わる。その立場が得られれば国の税収を我が物にできる、そんな浅ましい考えで争いが続いた。
その皺寄せは国民に向く。
国庫が空になれば重税を課し、それでも足りなければ素材徴収目的で魔物討伐を強要した。国民を奴隷として売り払った例もある。治安を守る筈の警備隊は指導者におもねり、徴税官達は裏金を作る為に慮外の税金を搾り取った。一部の富裕層を除けば、奴隷同然の扱いが日常だった。
国から給金が得られて安定した生活が望めると、国軍に人気が集まった事もあったそうだけれど、軍の主導者がクーデターを画策していただけだったと言う。そんな国へ他国が侵攻する程の価値はない。政変後は反抗勢力を焼く仕事だけが待っていた。
そんな政権すら、僅か数年で瓦解する。
心を壊して命令に従うだけの人形と、武器を売って生活費に変える不良軍人ばかりと形骸化していて、次の叛心を止めるだけの戦力は残らなかった。そもそも為政者となった事に増長して、国軍の予算すら削減していたと言うのだから笑えない。
そんな混沌とした国に、今の臨時政府が樹立したのは3年前。
戦士国の傭兵部隊の力を借りて前政権を打倒すると、特定の指導者を置かない合議制の国家運営を表明した。
前指導者達を公開処刑後、彼等の財産を生活困難者の救済に充て、瓦解した治安維持部隊の代わりに傭兵部隊の協力を取り付け、戦士国からは冒険者も呼び込んでいる。
エッケンシュタインの復興で私達も経験した事だけど、冒険者は魔物領域にほど近い町村に滞在して、経済を潤すと同時に犯罪の抑止力となってくれる。為政者からは目の届きにくい地方の安定化に繋がるので心強い存在なんだよね。国に縛られていないから、圧政が続くと嫌気が差して離れてしまう。政治手腕を映す鏡と言えるかもしれない。
これまでのシドと大きく異なる臨時政府の動きには、各国も注目している。
未だ臨時止まりなのは、国の状況を広く公開して志ある参画者を募り、一部思想に偏らない政治基盤を作る為だと言う。今の指導者達は、それによって立場を失う事にも躊躇いはないらしい。
そんな臨時政府が置かれている場所は、かつて商館として機能していた建物だった。個人の家としてなら大きいけれど、政府機能を集束させた建築物としてはとんでもなく小さい。
栄華を求めて争いが続いた城は、既に解体されて議事堂の建築が始まっていた。
「ようこそいらっしゃいました、スカーレット・ノースマーク様。我々は聖女様の来訪を心より歓迎いたします!」
私達を迎えた小柄な女性は恭しく頭を下げた。彼女の後ろに控えた御歴々も躊躇なくそれに倣う。
ちなみにこの場合の聖女って言うのは、クリスティナ様じゃなくて私の方。
この国の復興には聖女基金の出資が貢献しているからこんな扱いになってしまう。定期的に届くお礼の手紙でも聖女様として称えられていた。
クリスティナ様は私へ羨望のまなざしを向けてくれているけど、教国関係者の耳に入ったら普通に国際問題だよね。
長年に渡って救いの手を差し伸べてくれなかった神殿に対する信仰は薄い。先代聖女の支援も、国民には届かなかった。私は……と言うかウォズが状況を見極めて出資を決めただけだけど、実際の支えになっているかどうかで印象は変わる。
それが分かっているからか、クリスティナ様達は何も言わなかった。
「御用向きは伺っております。我々の政策とは別に、国民へ給付金が配られた事情について知りたいとのお話でしたよね?」
子爵である私がこっそり入国して情報収集する、なんて真似はできっこない。下手すると諜報行為じゃないかって問題になる。
こだわりがある訳じゃないけど、この国での私の名声も地に落ちるよね。
だから、ウォズが乗ってきたコントレイルで先触れは出してある。
王国貴族がその翌日にやって来るとか普通じゃないけど、緊急事態って事で許してほしい。過剰な歓待とか望んでいる訳じゃないからね。
「はい。国の事情に関わるため詳しい情報は明かせませんが、現在私が調査している対象が関係しているかもしれません。お忙しいところ、面倒をお掛けします」
「面倒だなんて、とんでもありません。我々シドの国民はスカーレット様からいただいた恩を決して忘れません。義父様のところへ案内するくらいは何でもありません」
「義父様?」
「ええ、今回の給付金を非公式に手配してくださった人物です。グランダイン養護院を経営しておりまして、私の義父でもあります」
うーん、思ってもみない方向へ話が進んでる気がする。これは不発だったかな。
「グランダイン養護院!? それはグランダイン孤児院と同じものですか? 今でもその孤児院が存在するのですか?」
強く反応したのはクリスティナ様。
そう言えば、グランダイン孤児院ってここへの道中で聞いた気がするよ。
「ええっと……、貴女は教国の聖女殿でしたか?」
「はい。グランダイン孤児院について、詳しく聞かせていただけませんか? 先代について、少しでも知りたいのです」
「先代……? ああ、かつてのグランダイン孤児院には先代の聖女殿が在籍していたと義父様から聞いた覚えがあります」
「……かつて?」
「そうです。聖女殿がいたと言う孤児院は既になくなっています。建物も焼失したと聞きました。今のグランダイン養護院は義父が建立する際、その名にあやかって付けたものです。関係者も残っていないのではないでしょうか」
「そう……ですか」
期待が叶わなくて、クリスティナ様は酷く落ち込んでしまった。ここでその名前を聞くとは思っていなかっただろうから、心構えも不十分だったろうしね。
それにしても、私は聖女“様”で、クリスティナ様達は聖女“殿”とは徹底してる。
彼女達からすると、教国の聖女様って、当時の為政者達にお金を渡して混乱を助長させた存在でしかないのかもしれないね。シド出身と知っているなら、自分だけ逃げたって思いも強いかも。
怪盗の可能性はいきなり薄くなったし、想定外続きの滞在になりそうだね。
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