緋と白
昨日はすみません。
話をまとめきれませんでした。
建物に入ると薬の匂いがした。
今代の聖女はできる限りの時間を“祝福”の為の祈りに使っているらしい。その時間は一朝一夕で終わるものではなく、何日も部屋に籠ると言う。祈りの間は黒ローブの使用人達も締め出されるのだと聞いた。
私の面会依頼は丁度その隙間とタイミングが合って実現したとの話だった。ただし、聖女は体力と魔力の回復に努めている為、寝たきりでの対面を許してほしいと条件が付いた。建物に充満している香も、体力回復を促す為のものみたいだね。
私は別に、礼儀を無闇に強要する貴族じゃないので気にしない。
むしろ、軽はずみに面会を申し込んで申し訳ない気すらする。立場的に断れないとかあったかもしれない。
「祈りと言うのはそんなに根を詰めて行わなくてはならないものなのですか?」
「聖女様の意向なのです。折角奇跡の力を神様からいただいたのだから、ご自分の精一杯で多くの人々に尽くしたいと仰せで……」
世話係の黒ローブの女性からは労わる様子が察せられた。教国上層部に権能の使用を強制されての事かと思ったけれど、どうも聖女自身の意思みたい。
少なくとも黒ローブの女性達が監視役って訳ではないらしい。祈りの後は消耗が激しく、誰かの手を借りての生活が必須なのだとか。
「クリスティナ様、ノースマーク子爵をお連れしました」
「……入っていただいてください」
聖女の家屋は広くない。
一番奥の聖女の部屋までもすぐだった。
黒ローブの世話係が部屋の前で声を掛けると、ほどなく応えがあった。声の時点で弱々しい。
「このような状態で失礼します、緋の聖女様。お噂は伺っております。お会いできて光栄です。聖女の末席に名を連ねさせていただいておりますクリスティナと申します」
ベッドから上半身だけ起こした状態でゆっくりと頭を下げたのは、げっそりと痩せた小柄な女性だった。髪が白で肌の色素も薄いから余計に儚げな印象を受ける。癖のある髪は艶を失ってくすんで見えた。
「ヴァンデル王国子爵スカーレット・ノースマークです。本物の聖女様にそう呼ばれてしまうのは面映ゆいですね。王国の皆さんがそう慕ってくれているだけで、私が特別と言う訳ではありませんよ」
「そうでしょうか? スカーレット様の王国でのご活躍は伺っております。積極的に民を救ったからこその御高名、決して歴代の聖女に恥じるものではないと思っております」
消耗している筈なのに、何故だか聖女様は起き上がらんばかりに力説する。
なんだか王都の一部や第4騎士隊みたいな熱を感じるよ。
「私は貴族ですから、施しを与えるのは義務でもあります。見知らぬ誰かの為にここで祈りを捧げ続けるクリスティナ様ほど高尚な思想からのものではありません」
「貴族だからと、立場があるからと他人を気遣える者ばかりではありません。現にこの国でも……っ!」
聖女様は途中で言葉を詰まらせた。
流れ的に腐敗してる教国上層部に言及しようとしたんだろうけど、立場的にそれは拙いよね。
「他の誰かが義務を怠っているからと言って、私も倣おうとは思わないだけですよ。同時に、私の施しは王国限定と言う事になります。ご自分の消耗も厭わないクリスティナ様とはやはり違いますよ」
「わたくしは……、わたくしにはこれしかできないだけです。ご存知かもしれませんが、わたくしの権能は効果を発揮する場所を指定できませんし、その程度も制御できない不完全なものです。せめて多くの人々に神様からの恩寵を届けたいと足搔いているのに過ぎません」
それでここまで自分を追い込むって尋常な決意じゃないと思うんだけど、自己評価は低いみたい。分かりやすい結果を伴わないって教国上層部からの評判が悪いのも一因かもしれない。
「頑張っても結果に繋がらない事は往々にしてあります。努力は評価するのに値しないと言う人もいます。けれど、私はクリスティナ様の意思を尊敬します」
頑張っている人を応援したくなるのは当然の感情だよね。
誰にでもって訳じゃなくて友人や気に掛かった人限定の利己的なので、私は聖女なんかに値しないと思う訳だけど。
神様の悪戯か転生特典か、私が特殊なのは間違いない。でもそれで誰でも助けられるかって言うと、決してそんな事はないのだと大火の時やワーフェル山で痛感した。私は特殊かもしれないけど特別ってほど人とかけ離れていない。
誰でも助けられるって傲慢は私の心を壊す。
私の慈悲は、領地と知人で精一杯。
何より、この世界を楽しみたい、色んなものを解き明かしたいって欲求より人々の救済を優先できるほど聖人君子にはなれないんだよね。
「少しでも多くの人々に神様からの恩寵を届けたいと願うクリスティナ様は、間違いなく聖女に相応しい方だと思います。今日は私に、そのお手伝いをさせていただけませんか?」
「え?」
「私なら、権能で消耗したクリスティナ様を癒せるかもしれません」
「し、しかし、わたくしの権能は特殊なものです。どんなお医者様も魔法治療師も成し得なかったのですよ!?」
「ええ、ですから必ず癒せるとは申せません。けれど私には医療知識に加えて魔法について研究してきた経験があります。回復魔法で無理だったからと言って、それで不可能と断じられるほど魔法の可能性は狭くありません。試すだけの価値はあると思いますよ?」
「いえ、え? でも……」
これも応援。
だって、こうして身を粉にしているのを知ってしまった。
私が右手を差し出すと、聖女様の視線は戸惑った様子で私の顔と右手を何度も往復させた。
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