本物に会いに行く
案の定、教皇達の調査には時間がかかるとの回答だった。とは言え、茶番に付き合う気はないので、私はその弱みを突いて部屋を出る事にした。オーレリアじゃないけど、流石に息が詰まるよ。
聞いたところによると、私が部屋に籠って何も知らないと思っていた教国主流派の狼狽え方は尋常じゃなかったらしい。私が王国の正式な代表だとは散々繰り返しておいたし、オットーさんもダメ押しで強調してくれたのだとか。
他国の使者との会合を理由もなく遅らせたなんて、普通に侮辱案件になる。私達が公表すれば信者にも示しがつかない。相当青くなったのは間違いない。
その様子を見たかったと思うほど悪趣味じゃないけど、退屈を強いられた溜飲は下がったかな。
教皇は地方の教会で問題が起きて、緊急の対応が必要だったと押し通すつもりらしい。別荘に移動したのは情報を制限する目的って事にするのだと言う。その為に事件を捏造している最中だと聞いた。諜報部が監視する中で。
枢機卿は教定審議会の決定を非難する目的で拉致されたのだと事実を捻じ曲げていた。懇意の商人を切り捨てる行為だから、おかげで商人達の口が滑らかになった。虚偽報告をするように渡された金額まで話してくれたよ。
司教達は廃業後も十分な支援を約束する事で、なんとか偽の診断書を書いてくれる医者を探している。首都アルミン中の医者に内情を暴露するって妨害工作も進めているから、彼等の思惑は捗っていないのだけども。
どの案件にしても、膨大なお金が動いているのは間違いない。
諜報部にはその全てを追ってもらっている。教国が動かせる資金って言うのは、大陸中の信徒から集めた寄付になる。その使い道がこれって言うのは、善意の出資者に不審を抱かせるのに十分だよね。
世論を味方につける準備は順調なので、私達もそろそろ動く事にした。
調査力で諜報部に適うとは思っていない。それでも、貴族って立場だから覗けることもあるかもしれない。暇を持て余したとも言う。
他国で仕事を広げる訳にもいかないから仕方ないんだよ。
「それでは、私は街へ行ってみますね」
「うん、私はとりあえず、聖女に会ってくるよ」
実地調査はオーレリアに任せる予定だったけど、神殿上層部は私に接触して来るどころじゃないので調査への参加を決めた。囮の役目は継続中だから神殿の中が担当になる。
聖女への面会許可はオットーさんから貰った。
「レティの目的は聖女の“祝福”ですか?」
「それもあるけど、彼女は平民だからね。どんな待遇にいるのかは見ておこうと思って」
「聖女と噂されたレティの名声も、利用するつもりだったと言う話でしたね。あり得ない仮定ですけど、もしかするとレティ自身が身を堕としていたかもしれない境遇、気になりますか?」
聖女と呼ばれ始めた時点でなら、私は抵抗する自信も備えていた。なので万が一にも教国に囚われるなんて事態は考えた事もなかった。
でも幼い頃は、私の魔法だけを利用しようと監禁される未来を警戒していた記憶もある。延々魔石を作らされるとか、魔力電池にされるとか、我ながら利用価値がありそうだったからね。
その危惧が現実になっているんじゃないかって不安がある。
「教国の象徴として迎えただけならいいんだよ。特殊な魔法にしても、対価を貰って提供するなら普通の事だと思う。だけど教国の上層部がアレだから、そんな真っ当な扱いを受けてるとは思えないんだよね」
「……十分あり得そうですね」
「人権とか人の心とか、考えが及んでいるようには見えないからね。ちょっと確かめて来るよ」
「分かりました。では、後で」
オーレリアと別れた私は、顔合わせの時少し毛色の違った司祭さんの案内で神殿の奥に進む。オットーさんの手配だろうから、多分同派閥なんだと思う。
聖女の住居は神殿を抜けた先、雑木林に囲まれた小さな庭園の向こうにあった。歴代の聖女がこの家屋を使っているらしい。
神像や石碑も並んでいなくて、こじんまりしてる。みすぼらしいってほどでもないけど、元平民って言う現聖女はともかく、過去には不満を露わにした令嬢もいたかもしれない。雑木林の奥にあるせいで、浮世離れした印象もあった。
歴史のある建物だけあって、状態保存の魔法が機能している。古い術式なので、これを見るだけで私は時間を潰せるかもしれない。魔物素材が使えないものだから、魔道具が主流となる以前の付与魔法を活用した構造で複数の術式を繋いでいる。歴史的な価値も凄い。
他にも気温の調整や空気の浄化、快適に過ごせる環境は整えているみたいだった。雑木林も風量調整や防音として機能してる。今なら魔道具で簡単に再現できても、当時は名だたる付与術師達が研鑽を結集して作った環境だと思う。
飾り付けるだけが贅沢じゃないって見本みたいな場所だった。
庭園へ入る前、司祭は一礼してから先へ進んだ。
彼はきちんと聖女を敬っているみたいだね。
「ヴァンデル王国の使者、スカーレット・ノースマーク子爵をお連れしました。聖女クリスティナ様にお目通りを願います」
「伺っております。お入りください」
黒いローブで足まで覆った使用人と思われる女性に導かれて屋内へ入る。
身分制度が当たり前のこの世界だけど、聖典には神は人を平等に造ったとある。敬虔な信徒だった初代聖女は、それを忠実に守り、自分の世話を行う者を傍に置かなかったと聞いた事がある。その名残で、ここに使用人はいないものとしてローブを深く纏うのかもしれない。
さて、本物と対面だね。
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