待機中 進行中
あれから3日が過ぎた。
教国との話し合いは何も進んでいない。
1日目、教皇猊下が急用で神殿を離れなければならなくなったらしい。異物封印場所の開放は教皇の立会いが必須の為、会合は延期になった。
2日目、教皇と共に出かけた枢機卿が事故に遭い、戻れなくなったらしい。その人物が封印施設の鍵を管理する立場にあった為、会合はまた流れた。
3日目、つまり今日、会合に出席予定の司教何人かが倒れたのだと言う。原因が明らかになるまで待機して欲しいと、オットー・ヴァラッハ司教が伝えてきた。彼だけは毎日やって来る。
どうやらドンコフ司祭を処分する事になって機嫌を損ねた教国の主流派は、恫喝から私への嫌がらせに切り替えたみたいだね。逆に私を怒らせて、何か問題行動を引き出そうとでも考えているのかもしれない。
実に馬鹿馬鹿しい。
昨日までは黙って付き合ってあげたのだけれど、そろそろ飽きてきたよ。
「そうですか。しかし司教、私は国王陛下の代理人です。正当な理由なく押し留めておけないのは御存知だと思います」
「勿論です。使者であるノースマーク子爵の時間を不当に浪費させるなど、国際問題に発展しかねません」
「では、一昨日急用で神殿を離れた筈の教皇猊下が、郊外の別荘に滞在していたのは一体どんな用事であったのか、納得のゆく弁明をお願いします」
「私は詳しく存じませんでしたが、それが事実であるなら由々しき事態ですね。すぐに調査して事実を詳らかに致しましょう」
「それから、昨日事故で戻れなくなった枢機卿が、その足で昵懇にしている商人の接待を受けているのは一体どういった事情でしょう? 私より優先する会合がどういうものか、釈明を聞きたいと思います」
「……よく御存知ですね」
「耳はいいもので」
「分かりました。聴取してまいります」
先に教国入りしている諜報部からの報告が、“執事”さんを通じて毎晩届く。虚偽で時間を稼ぐなんてできる筈がない。
「それに、大勢が出入りする神殿で、司教の立場にいる数人だけが倒れるなど只事ではありませんよね? 幸い私には医療の心得もありますから、原因究明に協力致しましょう。きちんと医師の署名が入った診断書を提出していただけますか」
虚偽の診断書に署名なんてしたら、その医者は間違いなく廃業になる。さて、どんな内容で届くだろうね。
「回復薬を開発し、王国で大火が起きた折には最前線で活躍した子爵の噂は、私共のところにまで届いております。その子爵に御助力いただけるのは非常に頼もしい限りです。すぐに手配いたします」
主流派がどんな醜聞に塗れたとしても、自分達は何の痛痒も感じないとオットーさんは快諾してくれた。
私がそうであるように、彼も私をとことん利用する気らしい。通達の時点で一切申し訳なさそうな様子を見せなかったし、今なんてむしろ晴れやかなくらいだからね。
彼にとって私達の来訪は、願ってもなかった機会みたい。私を軽んじ、王国に対しても強気でありたい主流派は、放っておくだけで自滅してくれる。こんなに美味しい展開はないと思う。
「どんな回答が返って来るでしょうね?」
オットーさんが出て行くのと入れ替わりで、奥の部屋からラフな格好のオーレリアが入ってきた。
行動が制限されて、真正矯団と訓練したいって申請も却下された彼女は、アイテムボックス魔法で拡張した隣室で汗を流している。
神殿を守るって使命はあっても、魔物相手の実践すら経験していない兵士の練度で、オーレリアが満足できるとは思えない。私やヴァイオレットさん相手に鍛錬した方が、結果的に良かったんじゃないかな。
ちなみに先行使節団も、私達との面会すら許可されず部屋へ押し込められていると聞いた。ただし彼等は全員が諜報部所属なので、問題なく活動中だったりする。潜行、変装、買収に加えて、私が開発した存在を隠す魔道具も活用しているらしい。おかげで神殿の情報に事欠かない。
「数日は調査中って引き延ばすんじゃない?」
「あり得そうですね。その間に偽装工作でしょうか?」
「多分ね。そのあたりの調査は諜報部に任せよう」
諜報部が絶賛活動中の状況で杜撰な偽装工作とか哀れでしかない。
排他的って神秘のヴェールで覆われた聖域も、彼等を迎え入れてしまった時点で詰みだよね。証拠も揃えてくれるだろうし、私達は追及の準備を整えておくだけでいい。
「ヴァラッハ司教はどうします?」
「今は様子見かな。諜報部の調査でも取り立てて怪しい点は見つからないって話だったし、信徒を抑えられる人物なら利用させてもらうよ」
「私達の狙いは教国の影響力を削ぐ事、弱体化であっても構わないと言う訳ですね」
教国の暴走で神様の名前を濫用させるのがベストだったけれど、腐敗した現状を暴露して信用を失わせるベターでも十分だったりする。要は多くの信徒に、神様を崇めるのに教国って枠組みは必要ないと思ってもらえばいい。
私達が行動を起こさなくても、勝手に自滅してくれている。
ある程度悪評が広がれば、周辺国は勿論、皇国だって教国不要論へ舵を切る。神様を騙って大きな顔をするこの国が疎ましかったのは何処も同じだからね。宗教と政治を切り離す方向へ揃って流れると思う。
「うん。どうもあの人は教国の中で権威を高めたいんじゃなくて、神様に近い位置を欲して教皇や枢機卿の椅子を狙っている気がするよ。教国の威光に固執していないかな」
「そうですね。教国の主流派が糾弾されるなら、いずれ教国の解体は避けられません。欲しいのは地位ではないのでしょうね」
「政治に介入しないで象徴に徹するって言うなら、信仰が過ぎているくらいは大目に見るよ。それ以上の願望を抱いていないか、監視は付けるだろうけどね」
私達の滞在で足りなければ、諜報部が構築した情報網を貸し出せばいい。教国上層部の腐敗状況を次々暴いてくれると思う。先日のドンコフ司祭みたいに、主流派を断罪する機会を狙っているだろうし、
「この数日で分かったけど、今の主流派が異物を用いた工作とか画策できると思えない」
「神様を持ち出せば何でも叶うと考えているような連中ですからね」
「そうなるとオットーさん達か、強行派みたいな勢力が隠れている可能性があるかな。そのあたりの確証が得られるまでは、ある程度の距離を保つよ」
「そうですね。もう少し、この不自由な環境に甘んじておく事にしましょうか」
「勉強も捗っているみたいだしね」
「……そ、それはそうですけど」
侯爵夫人になるならお客に囲まれて日々を過ごす事もある。鍛錬に不自由する環境にも慣れておかないとだよね。
それにしても、自由に諜報部を動かせる状況だと情勢が有利に進む。多分、神殿関係者が判断を損なうように誘導もしてくれているんだと思う。ドンコフ司祭みたいな直情的な人物を私の送迎に割り当てる、とかね。
そうそう頼れる人達じゃないけど、とても心強い。
こうして彼等を教国に投入できるようになったのは、帝国との緊張状態がなくなったから。
19年前からの因縁ってだけじゃない。王国と帝国はそれよりずっと前から緊張状態を続けてきた。これまでは教国を疎ましく思っても、そこへ労力を割く余裕がなかった。優先順位はどうしても低かった。
でも、もう帝国は脅威足り得ない。状況は変わった。
小国家群や皇国と新しい関係を築く為、イローナ様をはじめとした外交担当者が駆けまわっている。コントレイルの活躍もあって、大陸の勢力図は大きく変わりつつある。
そんな中、教国だけが変化を認識していない。
これまでが、これからも続くと根拠もないのに疑わない。未来が明るい訳がないよね。
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