不完全燃焼
「どうぞ、構いませんよ」
「は?」
私があっさり同意すると、神殿側の方が逆に戸惑う様子を見せた。
私は別に強がっている訳でも、教国がそんなに短絡的ではないだろうと高を括っているのでもない。
教国へ来るんだから下調べは徹底してる。
その過程で、神殿関係者が神敵認定の可否を恫喝の常套手段として使ってるってくらいは知っていた。そうした内情を調査した上で、私達は方針を決めて来た。
本当に神敵認定された場合、小国ならすぐに立ち行かなくなる。王国であっても、混乱は避けられない。特に皇国あたりがその隙を突いて領地を切り取りにかかると思う。教義は違っても信じる神は同じなので、ひょっとすると大陸外からも敬遠されるかもしれない。
それでも、ディーデリック国王陛下は立ち向かうのだと決めた。
神を騙った脅しには屈しないと決意を固めた。
「こ、小娘がそんな勝手を言っていいのか? 権限も持たない小娘が独断で物事を進めれば、大変な事になるぞ?」
未だ腰の引けたままの司祭が言う。
まだ、神様を持ち出せば相手が引き下がると安易に考えているみたいだね。
「もしかして、私が子供のお使いに来たとでも思っているのですか?」
「え?」
「私は王国の総意を背負ってここに居ます。私の言葉は、国王陛下の意向そのものです。教国が、大陸中の神殿が、王国に対して敵対意思を見せると言うなら抗いましょう」
残念だけど、そっちとは覚悟が違うんだよ。
「貴方、お名前を伺っても?」
「? ……ナ、ナレル・ドンコフだ」
「そうですか。では、司祭ドンコフ殿の責任でもって、教国はヴァンデル王国を神敵と認定し、王国への敵対意思を表明すると言う事で構いませんか?」
「!!?」
不用意に答えたら、全責任を押し付けられそうになってドンコフ司祭が絶句した。と言うか、恫喝に相手が応じなかった場合を想定していないからこんな目に遭うんだよ。
まあ、それ以前に、司教が対応する場面で口を挟んだ事自体が間違っていた訳だけど。
「お待ちください、ノースマーク子爵」
さてもう一押しと思っていたところへ、オットーさんが割り込んできた。
元々神殿側の主導権は彼にある筈だから、考え無しに口を挟んだドンコフ司祭と違って無礼には当たらない。様子見のつもりか、ここまで黙っていた方が不自然なくらいだからね。
「不快にさせてしまい申し訳ありませんが、彼等はそんな権限を有しておりません。教国の意思でない事を御理解ください……!」
うん、知ってる。
神敵認定、つまり人類の敵と位置付ける行為は重要事案になる。そんなものをおいそれと定めていると、周辺国からの信用を失う。だから、司教以上が参加する会議で熟考を重ねて決議すると、戒律で定められている。
戒律って言うのは他の国で言う憲法や法律に当たるもので、これに逸脱した裁定は効力を発揮しない。
「権限も持たない人間が神敵認定などと重大事項を口にするのですか? それはそれで問題では?」
教国の多くの神官が、その詳細を明らかにしないままに恫喝の手段として使っていた。指摘されたとしても、司教に報告すれば簡単に実現できるとでも言い含めたのかもしれない。
だから、私は敢えてこれに乗った。
例えドンコフ司祭に権限がなかったとしても、ここは正式な会談の場だから、使者である私が国へ報告すれば教国の意向として確定する。
覆そうと思えば、教皇の名前で謝意を伝える他ない。
そのまま強行するって選択肢もあるけど、ここでのやり取りは全て映写晶で記録してある。正当な手続きを踏まずに裁定を下したのだと私達が喧伝するから、どちらにしても教国の威光は地に落ちる。
「その点についても謝罪いたします。私共の監督不行き届きでした。この者達は処分した上で、正式な謝罪文を提出いたしましょう」
「処分と言うと?」
「戒律に則り、立場を弁えず権限を濫用した者として罰を与えます」
「え?」
司教の表明に、ドンコフ司祭は信じられないと言った顔になった。
司祭の役目は神殿や教会を管理して種々の儀式を執り行う事で、例えるなら領主に近い。領地の代わりに神殿を任せられてるってところかな。アルミナ神殿は規模が大きいから複数人が詰めているけど、国の意思決定に携われる地位って訳じゃない。司祭は司祭、中枢にいるからって権限は変わらない。
その職責を逸脱して神殿の信用を貶めた者は、即刻破門だと戒律にある。
当然、教国にもいられない。今後は神殿や教会に立ち入る事すら許されない。かなり重い罰になる。
勿論、自業自得だから同情したりしないけど。
「分かりました。それでは、その書面を確認して謝罪を受け入れましょう」
「ご寛恕、ありがとうございます」
結局、こうしてオットーさんが深く頭を下げて、今日のところはお開きとなった。仕切り直すので怒りを収めて欲しいって事でもある。
教国の暴走って結果は得られず、異物の確認って目的も叶えないまま宿泊所に案内された。不完全燃焼感が酷い。
「惜しかったですね、レティ」
騎士然とした軽鎧を解きながら、オーレリアが私を労わる。
「オットーさんも追随してくれるなら話が早かったんだけどね」
「レティが聖女を僭称したなどと詭弁を弄するくらいですから、もっと感情的に動いてくれるかと思っていました」
「うん、オットーさんと司祭が1人、他とは毛色が違ったよね。ドンコフ司祭の処分にも躊躇わなかったし、もしかすると派閥が違うのかも」
折角煌剣って餌へ簡単に喰い付いてくれたのに、その後を挫かれてしまった。司祭を庇うならそのまま責任を追及できたけど、処分を口にされると私はそれ以上突っ込めない。
「神敵認定を口にした時点で止めなかった訳だからね。別派閥の勢力を削ぐのが目的だったなら頷けるかな」
「今頃、ドンコフ司祭の直属の上司を追及しているのかもしれませんね。それなら私達の心証は崩しても、彼の派閥や教国の体制に影響はありません」
咄嗟に私達を利用しようと考えたのだとすると、なかなか厄介な人に思えてくる。だからと言って、増長した主流派とは立場を違えるとしても、それで良識派とは判断できない。ただ実権を握りたいだけって可能性もあるからね。
先行している調査隊とも同調して、慎重に動く必要がありそうだね。
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