沸点の低い司祭
先行するオットーさん達は炎女神像の脇にある扉を抜けて、奥の応接室が並ぶフロアへ入った。奥へ行くほど内装が絢爛になっているようで、私達は一番奥の部屋へ案内された。
「…………」
勧められるままに座ったんだけど、神殿側の視線はオーレリアの腰に固定されてしまっている。煌剣の噂は耳に入っているみたいで、移動を始めてすぐから気もそぞろって感じだった。
オリハルコンは聖典で神の金属とも称えられる。7柱の加護神それぞれがオリハルコン製の武具を持つって話だけども、当然、ここの神像だって模造品でしかない。見た感じ、保存性を考えてのミスリル製かな。
神殿関係者からすると、世界で唯一の神造品に興味が集中するのは仕方ないんだろうね。
ちなみに、発見の時点で報告書は教国へも届けてある。伝承に関わる新発見を隠蔽すると、後々余計に面倒事になりそうだったからね。
真偽を疑う反応は返ってこなかった。ノーラの鑑定書を添えた事もあって、神様がもたらした鑑定魔法で判明したなら否定できないって事情かもね。
勿論、皇国をはじめとした各国にも通達してある。こっちは自慢と言っていいかもしれないけども。
その結果、皇国のダンジョン攻略も活性化したのだとか聞いた。オリハルコンの加工法を教えろって依頼は届いていないから、発見は多分まだなんだろうね。
ギルド総本山のおばちゃんによると、皇国の冒険者は未曾有の好景気で、戦士国からも人員が大勢流れているって話だった。その状況なら、個人戦力での限界を迎える深層攻略はもっと先になるんじゃないかな。
潜行エレベーターのある王国とは投入戦力が違う訳だし。
「本題へ入る前に伺いたいのですが、そちらの御令嬢が腰に下げているのは噂の聖剣でしょうか?」
堪り兼ねたみたいで、オットーさんの方から切り出してきた。
鍍金であっても聖剣ってカテゴリに入る。そもそもとして、鍍金なんて技術は聖典に載っていない。竜を一刀のもとに斬り裂いたとも伝わっているみたいだから、それだけで十分伝承に並ぶ。
一応、王国では総オリハルコン製の聖剣モドキと区別する為に、準聖剣って位置付けにしてある。現状、準聖剣の方が武器としての性能は上を行くんだけどね。
「……ご覧になりますか?」
「宜しいのですか? ぜ、是非!」
関心を満たしてあげないと次に進みそうにないので、私から申し出た。提案へ思った以上の喰いつきに呆れながら、オーレリアへ頷いて見せる。
オーレリアが煌剣を抜いて掲げると、鏡のような光沢が白亜の壁を反射して輝いた。いつもより映えるかもしれない。
美しい剣の煌めきを目撃して、おおぉ……! って溜め息が部屋中から漏れた。グリットさん達も煌剣の刀身を見た回数は多くないからね。
思わず感嘆の息を零してしまいそうな美しさは私も理解できる。構築の魔法陣で凹凸なく成形した上、欠けも錆もしないから、製作時に思い描いた理想そのままを体現してる。
教国関係者の衝撃は私たち以上で、光悦とした表情まで見える。欲で濁った視線がない訳じゃないけど。
「これをノースマーク子爵が?」
「はい、スカーレット様に作っていただきました。今のところ、王国でもオリハルコンを加工できるのは彼女だけです」
専用の魔力充填器を用意できるほどオリハルコン量がないからね。
と言うか、何故か少しドヤ顔で説明するオーレリアが可愛い。
でも、そうやって得意そうになった結果、戦士国では海を割る事になったんじゃないかな?
ここには斬っていいようなものなんて無い。教国が問題を抱えているとしても、文化的な価値がある建物まで壊そうとは思わない。
試し斬りすると大変な事になるからねって目配せすると、気まずそうに目を逸らされた。調子に乗ってた自覚はあるみたい。
で、調子に乗った人がまた1人。
「手に取ってみてもいいだろうか?」
「お断りします」
「え?」
承諾されて当然とでも思っていたのか、司祭の1人が凍りついた。しばらくポカンとした後、不機嫌そうに顔が歪む。ついでに別の司祭3人も苛立ちを露わにした。
見せるくらいなら惜しむって事はないけれど、初めから渡すつもりはなかった。刃先に触れるだけで指が落ちるような危険物、よく知らない相手に持たせるとか不安しかない。
冗談半分で振り回すだけで柱や壁が斬れると理解しているようには思えないからね。
で、傲慢を絵に描いたように機嫌を損ねた司祭はどう出るのかな。
「そもそも神の金属なら教国が管理すべきものだろう? 我々への献上を拒むつもりか!?」
いきなり謎理論が飛び出した。
手に取るって、貸せって意味じゃなくてそのまま接収するつもりだったの? 意味不明過ぎてそこまで読み切れなかったよ。
悪魔の異物みたいな物騒な代物を封印するって言うならともかく、価値ある希少品を神様にまつわるってだけで提出を迫るなんて、国の枠組みを舐めているにも程がある。買い取るって言うなら一考の余地くらいはあるかもだけど、差し出せってだけなら略取でしかない。
大国相手にその道理が通じると思っているあたり、神様の仲間入りしたとでも思っているのかもしれない。当たり前だけど、そんな約定が交わしてある訳じゃないからね。
しかも“献上”って、凄い居丈高だよね。ディーデリック国王陛下の代理人として異物の確認に来た私を、司祭が格下扱いだってさ。
馬鹿馬鹿し過ぎて怒る気も起きない。
王国を侮辱した責任は然るべき人を追及するとして、黙らせるくらいはしておかないとかな。
「その件については、承諾できない旨を教皇様に伝えてあります。王国内で見つかったオリハルコンは国宝です。他国へ供与する事は絶対にありません」
発見の時点で、教国が管理したいって意向は届いていた。
教皇の名前での要望だったからもう少し表現は抑えていたものの、何としてもオリハルコンを手に入れたいって意思は伝わって来たらしい。諦めた様子はないみたいだけど、王国の方針は変わらない。
もし、陛下が日和って希少な研究素材を譲り渡すつもりなら、私は断固として止めるよね。強硬な説得も厭わない。とは言え、あの元ジョンさんが、面白素材を手放す筈がないってくらいの信用はあるよ。
「強行するなら、相応の手段で抵抗させていただきます」
「な!? 神の言葉に逆らうと言うのか? こちらは王国を神敵認定してもいいのだぞ!」
神敵認定されると大陸中の信徒から敵視される。全ての国を敵に回すと言っていい。それどころか、国内にも神殿や教会はあって、熱心な信徒も大勢いるんだから暴動にも繋がる。国が割れて大混乱に陥るだろうね。
だから何? って話だけども。
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