教国の空から
テルミット教国への同行者はオーレリアだけと決めた。
高度な鑑定依頼をノーラが次々と受けているって話は王国中で知られている。そうなると教国へ伝わっているとも十分に考えられるので、目を付けられそうなノーラは連れて行けない。
念の為にオーレリアにも護衛を付けると言う展開になったので、身を守る術の乏しいキャシーも留守番になった。市井の噂は諜報部が集めてくれるからと、ウォズも同行しない。
「てっきりウォズは来るものだと思っていました」
「んー、何でも教国での商売は気が進まないらしいよ? ほら、ストラタス商会って主に魔道具売ってるから」
「魔物素材を利用していると敬遠される訳ですか」
「あの国で魔道具が流通してない訳じゃないのにね」
今時、魔道具無しで生活は成り立たない。
竈や囲炉裏なんて失われて久しいし、夜に蠟燭やランプでは光源が足りない。長距離移動に、あの国だけ馬車って訳にもいかない。
「教定審議会、ですか? 魔道具流通の可否については司教以上が参加する場で議論を重ねて、場合によっては創造神様に請願して浄化を賜るそうですね」
「神様が許してくれたから例外だって建前を作る訳だ。技術的後進国にならない程度に、抜け道を作ってるんだね」
「調理器具や魔導灯、生活に密着した魔道具は手に入るそうですが、新商品の入荷は難しいと聞きます」
「いちいち届け出が必要って話だからね。一部の商人はあの国で商機を開拓しないらしいよ。特に薬は審査が厳しいらしいし」
「教国からすると、魔物の一部を体内へ取り込む行為、ですからね。あの国では今でも医療行為より回復魔法に頼るのが主流と言う話です」
「でも、特級回復薬を少量入手できないかって問い合わせは来てたよ」
「本当ですか!?」
あれには少し笑ってしまった。
教義は教義として、自分達の身は可愛いって思惑が透けて見えるよね。しかも、魔漿液は禁忌って建前を崩す気はないから話は内々に、王国では普通に流通している中級以下を輸入する気はないって言うんだから質が悪い。
教義って建前を崩さない為なら信徒が死ぬのは許容するって事だよね。全くどうかしてる。
更にウォズによると、教定審議会では賄賂が横行してるって話だった。判断は恣意に委ねられている。
実態はともかく、国として認知されているのだから審議を通過すれば顧客は多い。教国内に限らず敬虔な信者は教義に準拠した生活を送っているのでその数は更に増える。賄賂を贈るだけの価値はあるらしい。
ウォズに言わせれば、そんなの商売じゃないって話だけど。
「これから行くのはそんな国だよ。神様がって頭に付ければ、何でも通ると思っている節がある」
「国の上層部と信者の間に、大きな温度差が存在していそうですね」
「神殿関係者も自覚的に教義を歪めている人と、本気で神様の言葉だって信じている人に分かれると思う。その見極めも私達の仕事かな。前者があんまり多いようなら、あの国に自浄作用はないって事になるから」
もっとも、信心深いからって正しいとも限らない。教国は長年魔物殲滅、魔物素材の撲滅を掲げてきた訳だけど、中には教定審議会すら冒涜だって原理主義者もいる。
ゼルト粘体の事件にしても、悪意を持って暗躍したのか、魔物素材の売却を生活基盤にしているナイトロン戦士国と悪魔の心臓を異端同士で争わせようとしたのか、どちらになるかで対応も変わる。
前者なら不正の証拠を積み上げれば一掃できるかもだけど、後者の場合は世論を動かして原理主義者を孤立させないといけないかもね。
「場合によっては私とオーレリアも別行動になるよ。私は一応招かれた“客人”として、接触してくる上層部を探るから」
「私は勉強の為にと同行した令嬢として、神殿や街の各所を見学と言う事ですね。監視を上手く撒けるといいのですけれど……」
「そう思って護衛はグリットさんにニュードさん、クラリックさんと分かりやすく強さの伝わる人選にしたから、適当に活用して」
「……そうですね。教国側からの護衛追加は必要ないと、何とか監視の目を減らしたいところです」
勿論、レオーネ従士隊の精鋭も参加しているのでかなりの大所帯となっている。
更に万が一に備えてオーレリアは煌剣を携帯しているから、本当は護衛とか必要ないんだよね。何かあったなら、多分神殿が真っ二つになる。
私の方には一見太って頼りなさそうに見えるグラーさんと、考え方が古くて未だ女性蔑視が根強い教国では侮られがちなヴァイオレットさんを配置した。襲撃者が嫌がる位置取りが得意なグラーさんと索敵範囲が広いヴァイオレットさんはとても頼りになる。
そこへ光と闇の複属性持ちで周辺の悪意や敵意を感じ取るって固有魔法を使うウィードさん、少数精鋭で教国側の油断を誘えたなら重畳かな。
「さて、それじゃあ派手に降りようか」
眼下にはテルミット教国の首都、神殿関係者は神都と呼ぶアルミナの街が既に広がっている。
王国では飛行列車が走るって噂を聞いてはいても、実際に見ると衝撃が大きいと戦士国で学習した。今回はそれを最大限に利用させてもらう。技術が停滞気味な教国へ見せつけるって意味もある。
「格差をこれでもかってくらいに突きつけて、発展を神様への挑戦と受け取るか、神への冒涜だと糾弾するか、試させてもらうよ」
私達はウェルキンの高度を下げないまま、空中へその身を躍らせた。
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