再び国外へ 2
「それで? 私はルミテット教国を滅ぼして来ればいいんですか?」
少し空気がしんみりしてしまったけれど、いつまでも囚われてはいられない。流れを変える為にちょっときつめの冗談を交えてみた。
「え!?」
「……」
「いや、それは……」
謁見の会話内容を記録する書記官が凍り付き、警備を担当する騎士の何人かが青くなる。私ならやりかねないとか思われたかな。
特に騎士は襲撃の際に巻き込んだ覚えがあるので、洒落に思えなかったのかもしれないね。
「子爵にそう言ってもらえるのはとても心強いが、今回のところは見送っておこう。王国は魔王を有しているなどと、各国と敵対したくはないからな」
流石に陛下は取り合わなかったけど、選択肢から消す気はないんだね。神饌費とか要求されてるって聞くから分からないでもない。
実際のところ、可能だろうなって気はしている。
教国って聖典に記された良識に頼っている部分が大きいから、国としては不完全なんだよね。神官が為政者面しているように、国の基盤を曖昧のままに運営している。教国と主張しても周辺からは自治領扱いだった歴史も長い。真正矯団、つまりは兵力を整える事で各国に主権を認めさせている状態だね。
臨界魔法で神殿を消滅させて、巨樹肥料を使って一瞬で森とか誕生させれば神罰っぽく見える気がする。前もって神官の不正を流布しておけば人心掌握も楽になる。王国や周辺国の協力で臨時政府を組織して、監督下で良識派の神官に神殿を立て直させるって感じかな。
私の関わりを消しておかないと御使い様とか祭り上げられそうだけど。
「つまり、まずは穏便に情報を引き出してくる訳ですね?」
「そうだ。正直、教国の意図が読めんからな。思惑を読めないままに動いては罠に嵌まりかねん」
諜報部からの報告は思わしくないってところかな。
「可能性の1つとしてだが、其方を呼び寄せる為だったとも考えられる」
「私を?」
「子爵が様々なものを生み出している事は各国も知るところだ。そこで、異物を暴走させれば其方が関わってくると読んだのかもしれぬ」
「それだけの為に他国を巻き込みますか? 事件を起こすなら王国近海で良かったのでは?」
「国力の問題かもしれんな。王国や皇国なら、場合によっては教国との敵対も厭わない。しかし自国の傭兵や冒険者の受け入れを望む戦士国には、教国に対して強く出られない事情がある」
「小国家群は教国に近く環境が厳しい分、信心深い。神敵認定されれば民からの信用を失う、ですか」
ヤンウッドさんは、この件を強気に糾弾する気はないと言っていた。グランドマスターはその限りじゃないけど、母国への悪影響を無視できる訳じゃない。
「実際、彼の国に糾弾された事を起因にして内乱が勃発、滅んだ小国もあるからな。もっとも、そんな道理が通ってきてしまったおかげで、教国の上層部は益々増長しているのだろうがな」
「神様に仕えているから自分は偉い、と言った理論展開ですか。本気で考えているから厄介ですよね」
「全くだ。だからこそ、読めないところもある。欲の皮が厚いくらいなら理解できなくもないが、聖典を独自の解釈で拡大させる連中には我々も考えが及ばない。教国では最大限に安全へ配慮して欲しい」
「何か危害を加えてくると? 聖女候補として欲していたのではないのですか?」
「最初の時点では、の話だ。現聖女の“祝福”は聞こえが良いが、場所の指定や効果の程度に問題を抱えているらしい。だから、大火の際に大勢を救い、回復薬を生み出した其方を代わりにと望んでいるのだと余も考えていた。しかし、回復薬の素材が何であるかは其方が最も知るところであろう?」
「回復薬? 素材と言うと魔漿液……って、あ!」
「そう、スライムだ。そしてあの国の教義では魔物は絶対悪と断じている」
魔物が人間の敵だって解釈は間違っていない。
他の動物に比べて人間が大きい魔力を持ち、魔物よりは脆弱だからって根拠はあるけれど、教義の成り立ちよりずっと後になっての研究成果なので反映されていない。それより、悪魔同様に人間を害する為に生まれた不浄の存在って説いた方が受け入れやすかったんだろうね。神様がもたらしたと位置付ける魔法と、別系統な不可思議能力を使うって点も後押ししたんだと思う。
だから教国からすると、討伐した魔物は速やかに焼却すべき存在って事になる。できもしないのに魔物殲滅を唱え続けてきたくらいだしね。
「スライムどころか様々な魔物素材を用いて技術を発達させる私は、教国にとって好ましくない訳ですか」
「そう言った可能性も考えられると言う話だ。決して警戒は怠らないで欲しい」
「分かりました」
「必要ならば、また騎士から護衛を派遣するが……既に精強な護衛がいるのだろう?」
「はい、配慮ありがとうございます。ですが、信頼する彼等に任せたいと思います」
準備は怠れないから毒殺や銃撃に備えた魔道具作りは必須かな。お守りである程度カバーできるけど、それぞれの防護に特化させた方が効果も高い。護衛を任せるグラーさん達含めて安全を確保しておかないとね。
「これまで、教国とは距離を置いてきた。しかし、大陸全体として変わらなければならない時が来ているのだと思う。信仰が進歩を止めるものであってはならない。これ以上あの国に足を引っ張られない為にも、今回引き出す情報で姿勢を決めたいと思っている」
この世界で魔物素材の否定は技術の否定、繁栄の否定ですらある。
だからって教義に忖度して発展を諦めるなんてあり得ない。信仰を遵守するために人がいるんじゃなくて、人に安心を与える為に信仰が生まれたんだって思ってる。
前世、神様が世界を作ったって前提を守る為に、ある宗教が地動説を認められないって歴史があった。人類が宇宙に進出して月へ到達しても、その見解は曲げられなかった。
でも、ある研究者は言った。
私は神様を信じている。でも私の研究も真実だ、と。
神は聖書という書物と、自然という書物をお書きになった。そう説いた哲学者もいた。
そのくらいの柔軟さが、折り合いをつける必要が、この世界でもあるんだと思う。人の幸せを阻む宗教なんて間違ってるよ。
「悪魔の心臓の暴走に関わっていなかったとしてもですか?」
「ああ、帝国との因縁が片付いた今、余は教国との関係を清算すると決めた。王国の未来にあの国との繋がりが必要か、この機会に吟味させてもらう」
「分かりました。その判断材料を集めてきますね」
そういう事なら、私も無関係って程じゃない。
スライムは消耗品扱い。魔物素材をふんだんに使った飛行列車を乗り回し、素材が欲しいとダンジョン攻略を支援する。領都には魔王種まで植わってる。
いろいろアウトな私の研究が、今後万が一にも遮られない為に、教国の影響力を削いで来ないとね。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、評価で応援いただけると、やる気が漲ってきます。
今後も頑張りますので、宜しくお願いします。




