再び国外へ 1
“絶対”だなんて意気込んではみたものの、難しいとは分かっていた。
広い大陸中から、顔も分からないたった1人を追いかける。少し考えるだけで無茶だと分かる。
それでも、じっとしてはいられなかった。
警戒網を敷けばいくら怪盗だって自由に動けなくなる。形になり始めた研究を私から奪った事への嫌がらせくらいにはなるからね。そして、怪盗が既に目的を果たしてしまったのでもない限り、次の一手が網にかかりやすくなる。
確実性はなくても、包囲網は一度や二度で終わらない。私は特級のファンタジー素材を諦めるつもりなんてないから、どうしたって我慢比べになるよ。
そんなこんなで怪盗に対して包囲網を敷くと決めて数日、王城から大切な情報が届いたと連絡を貰った。私はすぐさま王都へ飛んだよね。
こんなに早く手掛かりが手に入るとは思わなかった。
「ルミテット教国からの要請だ。悪魔の心臓はノースマーク子爵に届けて欲しいのだと」
「……」
「怪盗に関する有力な情報が入ったのだと、気が逸っていたのだろうとは予想できるが、こちらも大事な話だ。引き続き怪盗への警戒は続けるから、今はこちらの問題に注力してくれんか?」
「…………」
陛下からの申し入れを聞いて、私は崩れ落ちる一歩手前だった。期待との落差が酷い。素材を取り返せるかもって期待して来てみれば、待っていたのはただの面倒事だよ。
いや、私が勝手に勘違いしただけだけど。
「そう言うのって普通、正規の外交団が担当しませんか? 領主がそう身軽に国外へ出るものでもないでしょう」
何か面白そうな案件ならともかく、ひたすらに面倒そうな教国とか行きたくない。魔物討伐ではあってもワクワクしていた戦士国の時は浮かばなかった建前が口から零れてしまう。どうにもテンションが上がらない。
命令じゃないにしろ、陛下からの申し出に難色を示すなんて普通ならあり得ない。そのせいで、隣の殿下の視線が若干痛い。今日は謁見室に呼ばれたものだから、鋭い視線は他にも多い。でも嫌なものは嫌なんだよ。
「その通りではあるのだがな。しかし先方が強く希望している。ノースマーク子爵が訪問するなら、悪魔の心臓について紛失の有無を直接確認してもらっても良いそうだ」
「それはつまり、封印庫を一時的に開放すると言う事ですか?」
「うむ、そう言っている」
それならちょっとだけ興味が湧くかな。
ほとんどは悪魔の心臓同様に人知外の代物だろうけど、知る事でアイディアの基になるとかあるかもしれない。
是非ともノーラを連れて行きたいところだけど、あの子は教国と相性が悪い。万が一を考えるなら、極力あの国の有力者の目に触れさせたくないよね。
でもノーラ抜きとなると、折角の封印庫も得るものが少ないかもね。
「実は前々から、ノースマーク子爵が聖女と呼ばれ始めた頃から、司教に引き会わせるよう催促はあったのだ」
「私を? ……あ、聖女!」
私にとっての聖女って言うのは呼称以上のものではなかった。実態はそんな立派なものじゃないし、あんまり持ち上げられるのに困った事もあった。
ただし、教国にとって聖女は特別な意味を持つ。
何しろ、神の声を聞いたってされる1人の魔法使いがあの国の基礎を作った。
伝承を読む限り少し特殊な魔法を使えたってくらいでしかないと思うんだけど、当時は神様の御使いとしか思えなかったらしい。
その魔法使いが女性で、以来教国内で生まれる固有魔法の使い手を聖女と呼んで迎えてきたって歴史がある。教国の言い分では、神様の加護があるから教国に聖女が生まれるらしい。
もっとも実際のところは、周辺国で生まれた特殊魔法使いの出生を改竄した例も多いそうだけど。
教国が権能って呼ぶ初代聖女の特殊魔法は“浄化”で、当時蔓延していた流行り病から大勢を救ったらしい。今では魔法治療医師が普通に習得するくらいに体系化してあるから、あんまり特別感は感じない。
それでも当時は奇跡にしか見えなかったんだろうね。
今の聖女は確か“祝福”って権能で、神殿に籠って祈りを捧げ続けると遠い地に実りをもたらすんだとか聞いた。実のところ偶々じゃないかなって疑いがある。
ノーラを教国に連れて行きたくない理由がこれで、彼女の魔眼は教国に奇跡認定されかねない。
「最初の要求など呆れたぞ。聖女を僭称する令嬢を引き渡せ、だったからな。碌に言葉を飾りもしなかった」
初代聖女に救われ、神様の慈悲を得たって栄誉は時を得て、立派な傲慢へと成長したらしい。
「戦争でもする気でしょうか?」
「当時、帝国との緊張状態を抱えていなければ迷わなかったかもしれんな」
陛下も腹に据えかねていたみたい。
貴族令嬢の引き渡し要求とか、普通に王国への侮辱だからね。
「でもその動きが、私の耳にまで届かなかったのは何故でしょう?」
「検討する余地もないほどの戯言だったからな。そうでなくても次々新しいものを生み出す其方を手放すなど、普通にあり得なかった。ならば其方を煩わせる必要もあるまい、と言う話になってな」
あ。
あの頃、王城への呼び出しすら面倒がっていた私を慮ってくれたのが誰なのか。
私が活躍する一方、別の厄介事が転がり込んでくると知らせない事で、私の意欲を削ぐ事態を回避してくれたのが誰なのか。
知らないところで私の壁になってくれていたのが誰なのか―――分かってしまった。
「ありがとう、ございました」
私は深く頭を下げた。
私の感謝を、本人の代わりに殿下達が受け取る。
もう恩を返す事が叶わないなら、態度で示すしかないよね。
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