王国に帰って食事会
ナイトロン戦士国から戻った私は、その足で王都へ報告に向かった。勿論領地が気になるものの、国からの依頼、報告を疎かにはできない。
魔力波通信機である程度は伝えてあるけど、それはそれ。慣習は簡単に変えられないんだよね。
だからって窮屈な謁見は好まないので裏技を使った。
食べ物をお土産として贈る場合、受け取り手側は相手を食事会で迎えるってルールが貴族にはある。贈る側は料理を用意する、或いは料理人をホストの屋敷へ派遣する。食材そのままのやり取りはない。料理方法含めてお土産なんだよね。
昔は毒見を兼ねていたらしいけど、実際のところ料理について歓談するのが目的かな。マナーに気を遣うとしても、仰々しい謁見よりマシだと思う。ゼルト粘体討伐の依頼を受けた時もお茶会だった訳だし。
参加者はアドラクシア殿下とイローナ様、そして外務大臣となった。私達は遠征参加メンバーが全員いる。
話を持って来たのがイローナ様だった事、王太子となったアドラクシア様に仕事を少しずつ引き継ぐと言う名目で、陛下の参加は見送られた。もっとも、陛下が食事会に参加するとなると、身支度を整え直す必要もあるし参加者も増える。忙しくてその余裕がないって言うのが実際の理由らしい。
謁見なら直接報告を聞けたのに、との恨みがましさを他の言葉で飾った伝言だけ届いていた。勿論、私は聞かなかった事にした。
で、私が用意したのは巨島鯨の肉。
カラム共和国を訪ねた際、戦士国への食糧支援にと預かった巨肉の一部を自分達用に買い取ってきた。北の小国家群では、一体討伐すれば凍らせながら数ヶ月は流通が続くと言う食肉の要、王国近海には生息しないので王族への献上に相応しい希少品なんだよね。
ゼルト粘体は討伐したし、王国からも支援物資を送ったから多少肉を貰うくらいは何でもない。それどころか、私が望むなら獲って届けるとまで言ってもらえた。どう考えても消費しきれないから断ったけども。
食べ方はすき焼きモドキ。
甘めの出汁にたっぷりの野菜と共に巨島鯨肉を煮る。多めの野菜が肉の旨味を吸えば丸ごと鍋の主役になる。これを卵に絡ませれば―――
「あぁ……、幸せ」
しばらく、報告そっちのけで食べるだけの時間が続いた。
「共和国で巨島鯨をいただいた事はありますけど、こんな食べ方もあるのですね。とても美味しいです。ありがとうございます、スカーレットさん」
「食べ方は戦士国で教えていただきました。別大陸でギルドのグランドマスターが学んだ料理法で、まだ戦士国でも一般的ではないそうです」
イローナ様も気に入ったみたい。
私的には味付けを専属料理人に任せたから出汁がコンソメっぽくて風味に若干に違和感があるんだけど、これはこれで悪くない。自分用の肉塊は和風っぽく仕上げてもらおう。お屋敷の皆には食べ比べしてもらうのも良いかもね。
「あの猛鬼賢者様に、ですか。気難しい方ですのに、余程スカーレットさんは気に入られたのですね」
「ええ、良い縁に巡り会えました」
気難しいと言うか、堅苦しい場が嫌いな人だから、公式の場ではとっつき難いだけだったんじゃないかな。私の印象では気の良いおばちゃんでしかないよね。
「王国に比べて戦士国は異国、外大陸の文化に対して柔軟に思えました。今後子爵領との交流が盛んになるなら多くを学びたいと思っています」
「そうですね。王都には様々な国の船が入ってきます。当然外大陸との行き来もありますが、異文化が広がる動きはありませんね。食事や衣服の一時的な流行に留まっているように思います」
「伝統を大事にする気持ちを否定するつもりはありませんが、私の領地は新しく、多くの技術を生み出す予定ですから変化が日常となります。異文化の取入れを試すのにも丁度いいでしょう。もっとも、交流の取り付けがこれからですが」
「変わり続ける事が特色の領地ですか。ノースマーク、コールシュミット、海側に構えるのが大領地ばかりですから変革の動きはどうしても鈍くなります。スカーレットさんに期待しますね」
「ええ、望むところです」
異国文化が定着しない理由ははっきりしてる。
貴族が望まないから、それに尽きる。
商機になればと商人はいろんなものを持ち込むんだけど、貴族が興味を示さないならそこで立ち消えになってしまう。
例えば巨島鯨肉。
一度討伐に成功すれば大量の肉が手に入るから王国にも流れてきた事があるのだけれど、豚や牛を食べ慣れていると独特のクセが強過ぎると敬遠された。
確かにすき焼きモドキもおかわりの際には鍋を取り換えるくらいでないと臭みが野菜に移ってしまうのだけれど、同じようにクセの強いオークやコカトリスは食べるのだからおかしな話ではある。私的には蛇っぽさが強くて香辛料必須のコカトリスの方が苦手だったりする。
要は理屈じゃなくて異文化を敬遠する感情なんだろうけどね。
そもそもとして異世界に迷い込んだ私はそう言った垣根が低い。折角のファンタジー、無駄な壁は作りたくないよね。
「異文化交流も良いが、その前に其方が持って帰った厄介な問題をどうするつもりだ?」
折角食事を楽しんでいたのに、アドラクシア殿下に背けていた現実へ引き戻された。
悪魔の心臓。
結局魔物に触れさせる以外で起動方法は見つからなくて、興味の湧く対象まで至っていない。
特大の面倒事付きだから丸投げしたまま忘れていたかったんだけど、そうはさせてもらえないみたい。
殿下も嫌そうな顔してるけど、私も好きで拾ってきた訳じゃないからね。
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