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大魔導士と呼ばれた侯爵令嬢 世界が汚いので掃除していただけなんですけど… 【書籍2巻&コミックス1巻発売中!】   作者: K1you
諸国満喫編

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討伐完了

 ゼルト粘体討伐は、7日間にも渡って続いた。

 結合を崩したと言っても相手は島みたいだった集合体、船を百隻以上並べたところで外側からチマチマ焼いて行くのがせいぜいだった。時間がかかるに決まっている。


 粘体自体は下等な魔物なので多少残ったところで脅威にはならない。けれど魔物には違いないから、それを捕食しようとより強力な魔物が集まる。粘菌の量が量なので集まってくる魔物が多くなり、更に強力な魔物を呼ぶ悪循環が生じてしまう。

 確率は低いと思っているけど巨大イカ(クラーケン)巨島鯨(バルフート)海竜(レヴィアタン)なんかが集まって来ると、ゼルト粘体とは別の脅威で海洋封鎖って事態になる。


 そんな最悪を避ける為にできる限りを焼き、死骸や分散した粘菌を外洋へ流さないといけない。

 魔法籠手装着者を含めた火属性術師が延々魔法を放ち、水属性術師が協力して沖へ向かう水流を構築し、私の失敗を生かした風属性術師が異臭を上空へ分散させる。戦士国中から数万の冒険者が結集して討伐に当たった。


 で。


 その間私が何をしていたかと言うと、ギルドの訓練場を借りてオーレリアと乙女の余分を燃焼させたり、進水艇の改良点をキャシーと話し合ったり、支援の名目で開通したコントレイル便についてウォズと運用方法を詰めたりしていた。

 ノーラと悪魔の心臓の解析もしてみたけど、こっちはほとんど進展ないね。

 ギルドの飲食スペースに顔を出す事も多かった。それぞれに動いている皆との合流に都合が良いし、ここに来れば美味しいコーヒーが飲めるからね。本来は売り物じゃなくてお酒を飲まないおばちゃんの私物らしいけど。


「本当にありがとうね」


 そんなふうに堂々サボっていたら、何故だかおばちゃんにお礼を言われてしまった。茶化せそうな空気もない。


「粘菌の焼却も、お嬢ちゃんが動いた方が早かった筈だろう? それなのに功績をあたし達に譲ってくれた。だからお礼を言っておきたくてね」

「この国に必要な事だったのでしょう? 冒険者の敗北を歴史に残しておけない。一方的に助けられたって不名誉は禍根を残すんですよね?」

「そうだね。他国からの救援依頼が減るかもしれない。冒険者になろうって子供達が減るかもしれない。それ以前に、彼等が自身を許せないだろうからね」


 責任を負う必要がある訳でもないのに、今回の件で剣を置く冒険者が続出するかもしれない。

 その懸念はヤンウッドさんから聞いていた。

 彼は早期解決を望むカラム共和国からの圧力に屈したのもあるけれど、打つ手を見出せない状況を危惧して私を呼ぶ事に同意した。冒険者の意向を蔑ろにしたかった訳じゃない。

 だから彼は、ゼルト粘体は下等種の集合物に過ぎなくて魔王級認定に遠いって判明した時、私には打開への支援に徹してほしいとやんわり懇願してきた。立場上、強く拒否はできないからかなり言葉を選んでいたけどね。


 悪魔の心臓摘出に結合ネットワークの崩壊、私の役割は軽くないけど、本当に大変なのは現在の除去作業になる。地道な作業であっても、別の魔物が来襲する二次災害を防ぐ為の労力が平和を作る。

 後始末だなんて軽んじる気はない。称えられるべきは彼等だよね。


「最悪の状況は去ったとは言え、安全はありません。それが分かって国の為、自分達の矜持の為に動くなら、私に止める権利なんてありませんよ。ここは自分の国でも、私の領地でもありませんから」

「……すまないね」


 これがノースマーク子爵領で起きた事件なら、私は全霊の尽力を躊躇わなかったと思う。子爵領に所属する冒険者も、私が守るべき領民に違いない。

 でも戦士国の場合、彼等冒険者は守られる側にいない。有事に彼等は率先して盾として働き、解決の為の矛となる。私はその価値観に介入できる立場にない。


 実際に死者も出ている。

 海を戦場とするんだから船から落ちれば危険はぐっと上がる。粘体から逃れても別の魔物もいる。

 けれど私は彼等を救えない。

 できる限りで回復薬を支給するのがせいぜいだよね。


「申し訳ないとは思っているんだよ。王国からお貴族様を呼んでおいて、支援に徹させたわけだからね」

「それこそ気にしないでください。私は名声が欲しい訳でもないですし、今回は欲しい素材もありませんでした」


 粘体討伐みたいな大規模作戦では、活躍した者へ優先的に素材の獲得権が与えられる。冒険者を奮起させる仕組みではあるんだけど、粘菌から採れる素材は存在しない。生態調査のついでに検討はしてみたけど、研究に使えそうな部位は見つからなかった。魔石も小さいから解体する労力に価値が負ける。

 固有種には違いないから記録用に生きた個体が何匹か欲しいものの、それだけだよね。新種の記録でノーラの図書館を充実させるってくらいしか使い道がない。

 戦士国の都合を無視して獲得権を得るほどの魅力は見つからないよね。


 ちなみに引き抜いてきた悪魔の心臓の保有権は私にあるんだけど、揉め事の種になりそうで、戦利品としては微妙だよね。


 名声はもっと要らない。

 現時点で大迷走状態、これ以上追加されるとどんなふうに躍り出すか考えたくもないから、増やそうとしないでほしい。

 ついでに冒険者ランクを上げる楽しみもないから実績も割とどうでもいいかな。


「そうかい? 冒険者なんて功名心で生きているようなもんだからね。彼等との付き合いが深いあたしとしちゃ、お嬢ちゃんみたいに無欲だと戸惑ってしまうよ」

「別に無欲って訳でもないですよ? 戦士国に貸しを作るって目的は叶えましたから。それに、冒険者の皆さんも恩を感じてくれている筈ですよね?」


 そのあたりについてはヤンウッドさんへ入念に確認してある。私の働きがなければ討伐は叶わなかったって事実は有耶無耶にさせない。

 今回はヤンウッドさん以外の政府関係者に会う事はなかったけれど、この国は冒険者の意向を無視できない。彼等が私に恩を感じてくれているなら、私って個人がこの国に対して強い影響力を持つ。


「へー、それで? お嬢ちゃんはこの国に何を望むんだい?」


 おばちゃんの視線が少し鋭くなる。

 回答次第ではただじゃおかないっておっかない雰囲気を感じる。


「そうですね。……私、領地と他国の貿易を活性化させたいと思ってるんですよ。港は作ったんですけど交易実績はありませんし、私が簡単に国外へ出られないので交渉が進んでいないんです」


 時間があれば少しずつ商人が活性化してくれるんだろうけれど、私は早く結果が欲しい。それに、ほとんどの技術を他国へ流せないせいで、国を跨いだ物流が滞りがちなんだよね。


「領地との交流を望むって訳かい?」

「ええ、研究に色んな素材を欲してますから、戦士国との交易は魅力的ですね」

「それなら書簡でも送れば済むんじゃないのかい?」

「それが、見ての通り私が子供ですからね。よく知らない相手からは侮られやすいんですよ。そんな信頼できない相手との交易は望んでいません」


 噂は届いてるだろうけど、独り歩きが過ぎて信憑性を欠いてるんだよね。


「なるほど、盛られているように聞こえた噂のほとんどが真実だって知ったこの国となら、安心して交易を広げられるって訳だね」

「それに、海路を構築するとなるなら洋上の魔物討伐は必須となります。海洋討伐用の船とその実績ある冒険者を派遣して、私のところの新人に経験を積ませてほしいとも思いますね」

「ああ、冒険者は恩を忘れない。お嬢ちゃんの為ならと手を上げる連中は多いだろうよ。勿論、国を跨ぐ訳だからギルドの許可が出ればって前提があるけどね」

「とは言えギルド総本山としても、新興支部の実力底上げは悪い話じゃないですよね、猛鬼賢者(オーガセイジ)

「……」


 ほんの一瞬、おかしそうなおばちゃんと私の視線が絡み合う。


「あはは! 恩の話をしている時に、こちらの利点まで説かれちゃ断れないね。良いよ、この場で確約してあげるよ」

「ありがとうございます。そう言っていただけると心強いですね」


 ギルドのグランドマスターが酒場を切り盛りしてる。

 その情報はウォズが拾ってきてくれた。そうと知って見れば、佇まいが只者じゃないってオーレリアからの太鼓判も出た。そんなに有名な話でもなかったけれど、上級冒険者には暗黙の了解だって確認も取れた。

 なんでも、グランドマスターとしての仕事は全体の監督に留めて、冒険者との触れ合いを重要視してるんだとか。グランドマスターであると同時に、戦士国所属の元冒険者でもあるからこの場所に愛着もあるらしい。

 ちなみに、酒場に居るのにお酒は一滴も飲まない。閉店後に仕事を片付けるのと、有事に備えてだと聞いた。


「糞ったれの粘体はほとんど焼いてやった! 後は海が勝手に散らしてくれる。作戦は終了、俺達の勝ちだ!!」

「「「「おおおおおおおおっ!!!」」」」


 丁度その時、外からミシェルさんの勝利宣言が響いた。当然、冒険者も国民も、歓喜と興奮で湧く。耳を塞いでも鼓膜を振るわせるだけの歓声が轟いた。


 その勝鬨を、おばちゃんは満足そうに聞いていた。

 この人との縁を作れたのが、戦士国で一番の収穫じゃないかな。

お読みいただきありがとうございます。

ブックマーク、評価で応援いただけると、やる気が漲ってきます。

今後も頑張りますので、宜しくお願いします。

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[一言] おばちゃんえらいひとだった
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