他国からの依頼
「ナイトロン戦士国ですか?」
イローナ様から用向きを聞かされた私は、意外な国が話題に上って少し吃驚した。
ナイトロン戦士国って言うと、北の小国家群の中では比較的大きな国で、ヴァンデル王国の上級貴族領くらいの国土がある。山岳部から海側へ南北に伸びていて、一部はノースマークにも隣接してる。山岳が険し過ぎてその場所の往来はほとんどないんだけど。
「はい、彼の戦士国の海上に正体不明の魔物が現れ、航行が止まっているそうです」
「余程凶暴な魔物の勢力圏になったのですか?」
海の強力な魔物と言うと、巨大イカか巨島鯨あたりかな。素材的に興味はある。北海に生息する巨大種だから、ノースマークの東洋で極稀に確認されるくらいで王国には素材が出回らないんだよね。
どっちも可食魔物だって話だから食べてみたい気もする。
「わたくしも現地で確認した訳ではありませんから詳細は不明ですが、何でも海を覆っているとか……」
「はい?」
規模が大き過ぎて想像が上手く働かない。
オーレリア達も戸惑っている様子だった。
ほとんど怪獣ってレベルの墳炎龍だってそんな桁外れの大きさはなかったよ。
「……確認されている中で最大種と呼ばれる巨島鯨でも、そんな表現はしませんよね?」
「うん、島と間違えて上陸したとか軍艦が丸飲みされたとか噂は尽きないけど、海を覆うって表現には足りない気がするよ」
「食肉魚みたいな魔魚が大量発生してる……とかじゃないですか?」
「表現的にはキャシーの案がそれっぽいけど、それで航行が止まるかな?」
「あー……」
とは言え、私もオーレリアやキャシーと同じようなアイディアしか出て来ない。
そもそもイローナ様も答えを持ってないから、いくら想像を重ねても真相は分からない。
「その討伐依頼が私に、ですか?」
「はい。このまま封鎖が続いた場合、影響は戦士国に留まらないようです」
土地柄、海洋貿易が命綱みたいなところがあるから干上がるのは早い。王国からなら飛行列車で支援できると言っても、国家間のバランスを考えれば交易を独占する事態は非難を招くよね。
更に間の悪い事に、戦士国から1つ国を隔てた西にはカラム共和国がある。小国家群で最も貿易に特化した国が沈黙すると、恐慌に陥りかねない。
戦士国を迂回するだけでも移動費が嵩むしね。
「ですがイローナ様、深刻な状況と言っても、現時点で魔王級指定されている訳ではないのですよね?」
他国に生息する魔物を勝手に討伐すると国際法に触れる。
例外は魔王級指定された時だけど、巨島鯨でもその下の災害級魔物ってくらいにハードルが高い。
でもって王国貴族の私がこれに抵触した場合、相手国の主権を侵害したって大問題に発展する。国境を越えるだけでも煩雑な手続きが要るくらいだからね。
「スカーレットさんの懸念通りです。このまま海洋の封鎖が続けば最悪の脅威度と認定されるのも時間の問題でしょうけれど、まだそこまでの判断は下されていません」
「その状況で、あのナイトロン戦士国が私へ依頼してきたのですか?」
ナイトロン戦士国。
別名、傭兵と冒険者の国。
国土が農作に適していない事から、戦力の提供を国家事業としている。産業も武器や軍事技術に特化する。
大国に対する小国家群の矛でもあるよね。
更に、冒険者発祥の地でもある。民間で発生した魔物への対抗組織が起源なんだとか。
冒険者ギルドの総本山も構えている。その歴史は古くて、王国が建つ以前、この辺りも小国家が紛争を繰り返していた時代まで遡るらしい。
「手に負えないと匙を投げたならともかく、そこへ至る前の段階で私を頼ってくるとは考え難いのですが?」
「ええ、依頼主は戦士国ではありません。事態悪化を恐れたカラム共和国からの要請です。悪影響が明確になるまでは待てないとの事でした」
うーん。
武装国家が矜持を満たすのに付き合っていられないって事情は汲み取れる。
貿易を主としている分、被害は戦士国より大きくなる。既に海洋封鎖されているなら戦士国から船舶護衛の支援も受けられていないだろうしね。
ただ、面倒事に巻き込まれてる気はするよ。
「王国としては、今の時点で事態を重く見ている訳ではありません。早期解決してカラム国に恩を売っておきたい思惑がある、と言ったところでしょうか。スカーレットさんに討伐を強制しているのではありませんよ」
「そうは言っても既に困っている人がいる訳ですし、国益にもなるなら断る理由はありません。戦士国との調整は共和国が対応してくれるのですよね?」
「はい、その予定です」
「素材は丸まま貰っていいのでしょうか?」
「その方向で要請するつもりです。戦士国が難色を示すなら、カラム国の買取りという形にして提供してもらいましょう」
それなら私にとっても利点があるかな。
「レティ、受けるのですか?」
「まあ、国外へ行ってみたいって気持ちもあるしね」
領主なんてやってると、次の機会はいつになるか分からない。
交通事情をもっと改革して国外旅行とか一般化したいところではあるものの、領主が簡単に国を離れられるかって話はまた別になる。下手すると一生を国内で終えるかもしれない。
「魔物討伐となるとギルドとの折衝も必要だろうから、オーレリアにも来てほしいかな」
「ええ、問題ありませんよ」
「今後支援物資を運ぶ事になるならコントレイルの改良も考えなきゃだし、討伐に魔道具を開発するかもしれないからキャシーと……ノーラも要るよね」
「海を覆う魔物の正体が不明な訳で、鑑定は必須ですからね。領地でお留守番してる場合じゃないです」
巨樹枝肥料の件があったから私は新年祭の手配を終えてすぐ王都へ来たけれど、ノーラはそのままエッケンシュタインに滞在している。
鑑定は勿論として、彼女が見識を広める機会も逃したくない。
ノーラの参加も確定だね。
「ウォズは……」
「商機開拓できるならって、放っておいても来るんじゃないですか?」
うん、そんな気がする。
「カミンはどうする?」
「残念だけど、学院が再開してすぐに再試験を受けるから、研究室開設の為に今は王都を離れられないよ」
「そっか。じゃ、しばらくオーレリア借りるね」
「レティ? 私は別に、四六時中カミンと一緒と言う訳ではないですよ」
「……へー」
繋いだまま離す気配のない2人の手へ、つい視線を送ってしまう。
「こ、これはこれです!」
らぶらぶオーレリアを揶揄うのはほどほどにしておくとして、巨樹枝肥料の件もひと段落させないといけないし、領地の仕事を引き継ぐ必要もあるから今すぐって訳にもいかない。
それでも今世初めての国外旅行、実は前世でも経験がない。実はちょっと楽しみだったりする。魔物退治の後、少し遊んでくるくらい許されるよね。
戦争での帝国侵攻?
異国文化に触れた記憶がないからカウントしないよ。
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