閑話 敗北
オーレリア視点、次くらいで終幕する筈です。
期待を抑えられず、私は激しく攻め立てます。
対してカミン君は防御全てを魔法で対応するようになりました。
牽制にしか使えなくなった刺突は、ゴムを突いたような重さで弾かれてしまいます。しかも防壁が見えないものですから、次の繰り出しがどうしても僅かに遅れます。私が強みとしてきた速さをすっかり封じられています。
更に、彼は空いた剣で攻撃に転じてきました。
防ぐ挙動にも、水魔法の妨害が混じって捌くのがやっとです。
私は風属性ですから見えない利点を活かして組み立てる戦術に慣れていますが、逆をされるとこんなにも厄介なのですね。同じ風属性なら魔力の流れを察せられるのですが、水魔法でやり返されるとは思いませんでした。
「―――やっ!!」
「甘いです!」
「!?」
速さを殺されるならと思い切って強い一撃を繰り出すと、逸らされるどころか粘度を持った水分の塊に絡め捕られました。
「くっ!」
水分を制御していても、そこには空気も含みます。私は慌てて風魔法で干渉して塊を拡散させました。
それでも僅かな隙を作った事には違いありません。
その一瞬を見逃さず繰り出されたカミン君の突きが迫ります。
私は身体を捻ってなんとか躱し―――
「え!?」
―――躱し、きれませんでした。
カミン君の剣筋を見切って逸らした筈の上体を、切っ先が掠めて行きました。
ほんの僅かではありますが、胸当てに細い傷跡が刻まれています。
どうして?
相手の間合いは違えません。
カミン君が持つ剣の長さも把握していた筈でした。つまり、剣が伸びたとしか考えられません。
「……それも、魔法なんですね?」
「ええ、構想を話したら姉様が作ってくれました。魔力を流すと水の刃を形成する僕の“杖”です。形状の変化には少しコツが要るんですけど」
指摘すると、悪戯がばれた子供みたいに笑って魔法を解いてくれました。途端、パシャリと地面に水が落ちます。その瞬間まで、私には剣としか見えませんでした。
杖を作ったのはレティでも、見た目と質感を偽装したのはカミン君の修練によるものでしょう。
向き合う前から欺かれていた訳ですか。
術師と相対しているのだと認識しておきながら、まだ魔法への警戒が薄かったようです。多分、開始前の会話で、あの水の剣を使って私の気分を害さないか確認していたのでしょうね。まんまと嵌まっていました。
箒の模型を杖として扱う子もいるのですから、剣柄の形をした杖があっても不思議ではありませんよね。
そもそもレティったら、いつの間にあんな暗殺向きの魔道具を作ったのでしょうか。彼女の場合、カミン君の期待に応える為に既存技術を組み合わせただけのつもりかもしれませんね。
悪用への想定が甘過ぎると叱っておかなくてはいけません。
それにしても、完全に不意を突かれました。
胸当てに傷を受けたのは、安全を考慮するだけの余裕があったカミン君がそこを狙ったからです。おかげで決着の一撃とはいきませんでした。
もし、回復薬があるからと躊躇わなかったなら?
カミン君が私の命を狙っていたら?
武道大会などで連戦を重ねて私が疲れていたら?
果たして、躱せていたでしょうか?
2度目は引っ掛からないとしても、さっきの時点で討たれていたかもしれないのです。
「あははっ、あははははははっははははははははははははっ!!」
「オーレリア様?」
「ごめんなさい、楽しくて仕方ないんです。こんなにも魅せてくれるだなんて思っていませんでした。本当に凄いです、カミン君」
「期待に沿えたなら良かったです」
「搦め手の引き出しは、まだあると思っていいのですよね? もっと楽しませてもらえるんですよね?」
「ええ、勿論。ただ、最後まで楽しめるかまでは保証できませんよ。僕は貴女に勝つつもりでいますから」
なんて素晴らしいのでしょう!
最っ高ではありませんか!
どこかの元第4皇子やそこらの御曹司と違って、慢心で言っているのではない筈です。
世間の噂やレティからの情報を正確に分析して、私を凌げるだけの手段を用意していると言う意味ですよね。
レティやお父様、一部の達人以外を相手にして、こんな体験ができるとは思っていませんでした。いえ、カミン君も間違いなくこちら側でしょう。きっとすぐに名前が知れ渡る筈です。
「あははっ! 何処までも、何処までも楽しませてくださいね!」
「カーマイン・ノースマーク、その名を刻んでいただきます!」
今度の踏み込みは同時でした。
カミン君は魔法で私の剣戟を止めつつ、水の刃で攻勢に出ます。
ただし先程と違うのはその形状、流動的な特性を生かすように一振りごとの形態が変わります。
伸縮自在は勿論、突然弓なりになって剣を合わせる拍子をずらし、躱したと思えば鎌のような角度で襲ってくる。時には吃驚するくらいの重さで私の手を痺れさせます。
思いのままこそが水の真価だとでも言うように、多様性に富んだ攻撃です。
剣の特性が次々変わる状況に対処するのは大変です。
けれど、それが却って隙を生んでいました。
武器を振る動作は入念な鍛錬によって身体に染み込ませてゆくものです。どれだけ才能があろうと、一朝一夕では身に付きません。基本を繰り返し、剣の特性に応じて動作を微調整し、動きの無駄を少しずつ削ぎ落とします。
そうした基礎の習得を、次々変化する形状全てで行える訳がありません。
最初こそ慣れない攻勢に戸惑いましたが、カミン君の斬撃ごとに生じる動作の繋ぎ目、武器に振り回される事で発生してしまった隙が明瞭となってきました。
「―――!」
「ほらほら、次は左脇が空いてますよ!」
「―――!!」
二度三度くらいなら魔法の防御が間に合っても、自分の隙を正確に把握して守るのは困難です。
カミン君もすぐに自在剣の欠点に気付いて慣れた形状に戻しましたが、一度崩れた勢いを持ち直すのは簡単ではありません。ほんの僅かですが魔法の防御が遅れ、私の剣閃のいくつかを水刃で受け止めるようになりました。
ここが勝負の決め所でしょう。
もう少し楽しんでいたい気持ちもありますが、無駄に勝負を長引かせる流儀はカロネイアに無いのです。
殺し合いではないのですから、カミン君の別の手は次の機会に取っておくとしましょう。
私は強化魔法割合を徐々に高めてゆき、防戦に回ったカミン君を更に追い込みます。速さはそのまま、一撃の重さが向上するのですから、カミン君は益々体勢を崩してしまいます。
私の速さにカミン君が対応しきれなくなったと確認した上で、私は彼の左方へと飛びました。カミン君が反応する瞬間にはまた別の方向へ飛び、焦点を絞らせません。
空間自在跳法。
レティもまだ攻略しきれていない私の奥の手です。
風を纏った私の最大速力で空中を縦横無尽に蹴り、間断なく軌道を変えます。
人は軌道をある程度予測して視線を動かすものですから、至近距離で細かく転換を繰り返すと私の位置を認識できなくなります。
私の代名詞になりつつありますからカミン君も当然戦術自体は知っている筈ですが、初見でこれを破るのは無理でしょう。
実際、すぐに私を追えなくなりました。
こうなれば決着です。
私は念を入れて死角へ飛び、最後の一撃を繰り出す為の踏み込みを―――
「え!?」
空気の足場が発生しませんでした。
魔法の失敗?
そんな経験はありません。
完全未知の事態です。
私は何が起きたか分からないまま、最大速力で体勢制御も叶わず地面へ激突しました。無様なんてものではありません。
全くの想定外。
不意の大事故。
試合中だって現実も忘れて、カミン君から意識を離してしまうくらいに大混乱でした。
隙だらけと言うのもまだ甘いです。無防備と言っていいでしょう。
当然、この状況を見逃してくれるほどカミン君は優しくありません。
まっすぐ突っ込んでくるのが視界の端に映りました。
大慌てで体勢を整え、何とか凌ごうと愛剣を構えて―――カミン君を見失いました。
「あ!!」
この短い間に、もう何度目の驚愕でしょう。
何が起きたのか、今度は理解できています。
私が想定したより遥かに速く、突撃の軌道を急転換する。それだけです。空間自在跳法で私が持ち込もうとした状況へ、逆に落とされてしまいました。
平時ならこんな失態、決してあり得ませんが、跳躍失敗で狼狽した隙を見事に突かれました。
理解できたからと言ってどうにもなりません。
試合中に超速で動く対戦相手を見失い、防勢を取る事すらままならないとなれば、結末は明白です。
私の意識の外、カミン君を見失った方向と対角の位置で、水刃の切っ先を向けられていました。
「決着したと思っていいですか?」
「はい、参りました。言い訳も思いつきません」
私の完全敗北です。
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