閑話 善戦
今回もオーレリア視点です。
ワクワクしながら学院へ向かいます。
王城からは少し距離がありますけれど、カミン君が最近の南ノースマークでの出来事を語ってくれるので退屈しません。できるなら学院まで駆けて身体をほぐしたいところですが、登城用のドレスなのでそうもいきません。
お父様は既に軍本部へ向かったとは言え、この格好で全力疾走していただなんて噂が立ったら、間違いなくお母様の特別授業となるでしょう。考えたくもありません。無作法に見えないように気を配りながら、心持ち早足を心掛けます。
先日の武道大会、優勝と輝かしい成績で終えながら、自身で満足できていなかったのです。
レティやお父様、本当の強者は参加していません。だからと言って、彼女達を呼んで真の1番を決めましょうと迫るのは、私の我儘でしかありません。誰にも役割があって、その中で力を尽くしています。ひけらかさない牙、平時には決して抜かない剣があって当然でしょう。
私も、誰かに認められる為の剣ではなくて、自身に認めさせる為の剣を磨く時が来たのだと思っています。
なんて言っても、1人で剣を振り続ける訳ではありません。
刺激はいつだって歓迎です。
ノースマークでは文武共に高い水準を求められるのだと聞いています。更にレティの弟なら、最低限を修めて満足する訳がないでしょう。
自力で爵位を得て領地をしっかり治めているレティの背を追うカミン君ですから、武術も怠るなんてない筈です。先日の武道大会は多忙のせいで参加できなかったようですが、こんなところで体感する機会が巡ってくるとは思いませんでした。
レティはカミン君の為に強化魔法練習着を作ったと言います。
つまり術師、なのに寮で着替えて合流した彼の手には長剣がありました。軽く素振りする様子を見るだけで、扱い慣れているのが分かります。術師であるだけで満足せず、剣術も鍛え上げたのでしょう。
それに、レティの話では知略にも秀でているそうです。彼女同様、様々な搦め手を備えているのではないでしょうか。
彼女に憧れて積んだ研鑽、楽しみで仕方ありません。
「カミン君は何か目標があって修練を積んでいるのですか?」
「そうですね。叶えたい願いがあって鍛え直しました。少しでも近づけているといいのですが……」
まあ!
益々期待が高まります。
カミン君との接点は多くありませんが、努力の人だとは知っています。その彼が見据えた目標の為に研鑽を重ねてきたならその到達度はかなりのものでしょう。
「ヴァン君は騎士志望でしたよね。一緒に鍛錬していたのですか?」
「うーん、ヴァンは僕との模擬戦を嫌がるんですよね。僕はいつだって魔法を併用しますし、そんな僕に勝ってもすっきりしないそうです」
「あら、確かに彼は細かい事へ視線を向けるのは苦手そうですね」
まだ幼いと言うのもありますが、直情的に見えました。顔立ちはカミン君に似ていても少し違った印象があります。
彼は身体能力のみで振る剣を好むのでしょう。
カッツ騎士隊長のような例もありますから、それが間違っているとも言えません。
「オーレリア様は奇手を否定されないのですか?」
「勝利の為に頭を絞った結果でしょう? 人道に反するならともかく、想定の上を行かれたなら相手を称賛するだけです」
実戦で奇襲を受けたからと言って、卑怯だなどと批判する余地はないでしょう。鍛錬の時点なら見識を広められたと感謝するべきです。
レティとの模擬戦なんて、毎日知見が更新できます。
むしろこれからの私にとって、今の限界を壊してくれるそう言った驚嘆こそが次の段階へ導いてくれるでしょう。
カミン君がどのくらいの水準にいるのか分かりませんが、きっと彼もその一助になってくれると期待しています。
「レティなんて、戦争に行った筈なのに墳炎龍を討伐して帝国の未来を切り開いたのですよ? 結果として綺麗に心が折れましたけど、埒外も良いところです」
「あはは、姉様が許容できるなら僕なんて可愛いものですね。少し安心しました。オーレリア様を拍子抜けさせてしまうのではないかと不安があったのです。でも、そう言っていただけて安心しました。今日は胸を借りさせていただきます!」
「ええ! どうか私を楽しませてください」
走り込んで身体をほぐし、型稽古や魔法の試し撃ちで感覚を研ぎ澄ませてから、自然と私達は向き合いました。
模擬戦、手合わせと言っても手を抜く気のない心積もりがお互い伝わってきます。
公的な記録が残る場でないのが少し残念ですが、感じられる彼の気迫は適当に済ませられるものではありません。
噂やレティからの伝聞で私の実力については彼もある程度把握している筈です。
それでもこうして立ち会う事を願ったのですから、何か妙手に自信があるのかもしれませんね。
ならばカミン君が積み上げてきたものを、じっくり観察させてもらいましょう。
カミン君は迎え撃つ気だと見て取った私は、風を纏って距離を詰めます。
接敵と同時にひと息に5度の突き、模擬戦で煌剣は使いませんが、並みの騎士なら必殺の刺突です。
「―――!」
一部では神速とも呼ばれる突きを、カミン君は難なく捌いて見せました。
そればかりか反撃に転じようとする手首の返しを見て取って、私は再び距離を開きました。
「……今のは魔法ですか?」
突いた瞬間、僅かな重みを剣に感じました。
私が剣を突き出した時点で逸らす側への誘導が働いており、通常より軽い腕力で剣を弾けて、足りない速さを埋められたのではないでしょうか。
「凄いですね。もう少し欺けるかと思ったのですが、もう気付いてしまうのですか」
そう言ったカミン君の周囲には霧が漂います。
空気中の水分。
それが彼が魔法で操り、私の剣を阻んだ正体です。
ほどなく気付けたと彼は感心してくれていますが、それ以上に驚いているのは私の方です。
カミン君が水属性だとは聞いていました。
けれど剣閃を逸らすとなると、本来ならそれなりの質量が必要となります。薄い霧、いえ今は可視化の為に水分濃度を上げてくれているのでしょうから、もっと少量の水分で私の剣戟を流して見せたと言う事です。
つまり、質量の不足を魔力濃度と類稀な魔力制御で補っているのでしょう。
凄い……!
彼はあくまで術師として、私の距離で戦えるだけの練度を身に付けているのです。私には見えませんが、ノーラなら彼の纏う高密度の水属性魔力を感じられるのでしょうか。
流石、レティの弟!
カミン君への私の評価と好感度は鰻上りです。
これで終わりだなんてないですよね。
他には何を見せてくれるのでしょう?
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