閑話 オーレリアから見た思惑
呆れられてもめげない……と言うか気にした様子もないレティは、巨樹枝肥料を使って霊草、妙薬と呼ばれる特殊な植物を育てる計画を熱く語っています。
霊草の類は植物の性質だけでなく、生息地の特殊性も関係している可能性が高い為、栽培するだけならともかく薬効を保持するのは難しいのではないかとレティ自身が推察していた筈です。けれど、そんな本音は全く感じさせずに展望を強調しています。
生態の書き換え技術でトレント系の魔物に霊草の薬効成分を宿らせようなんて、まだ構想の段階でしかない所見まで話すものですから、ディーデリック陛下が期待で揺れておられます。
あれ、狙ってやってますよね。
もしもジローシア様がここに居たなら、若返りの秘薬と呼ばれるヴァニティ草栽培の話あたりで唆したのではないでしょうか。
「あの姉様を見て、人によっては国の発展を真剣に考える領主、奇跡を体現しようと尽力する聖女に見えるんでしょうか?」
レティがああなってしまうと、私達の事なんて気にする参加者はいませんから、カミン君が小声で話しかけてきました。
「目の前で死にかかっていたアシルちゃんを助けたかったから、珍しい魔犬を捕獲したかったから、戦争に煩わされるのが嫌で早く終わらせたかったから、レティの行動原理って利己的な場合も多いですからね。結果が奇跡じみているせいで好意的に解釈する人が多いですけれど」
「知ってます。強化魔法の練習着だって、切っ掛けは僕にいい恰好する為でしたから」
そうだったんですね。
魔法習得が容易になって反響が大きなものだった事は間違いありませんが、あの練習着を着て恰好を付けられるって理論展開は良く分かりませんね。
「そんな姉様の実情は置いておいて、領地の発展の為なら手段を択ばない姿勢は正しいのでしょうね。利己を建前で覆い隠して利益をもぎ取れる強い意志、真似られるかと考えると、ちょっと自信を無くしてしまいそうです」
侯爵家を継ぐカミン君としては、ただの憧れでは済ませられないのでしょう。レティが独立したとは言え、彼の領政は常に姉との比較に晒されます。
そんな不安なのか羨望なのか判別し難い呟きがこぼれた先では、レティが巨樹枝肥料栽培に必要な魔力量の印象操作を提案していました。
「巨樹枝肥料自体に豊潤な栄養分が含まれていますが、これらも魔法で生み出さなければならないかのように誘導してしまいましょう。実際より消費魔力量が更に高く見えるなら、管理を掻い潜ってまで濫用しようとする者はほとんどいなくなる筈です」
正しさにこだわって将来に混乱の種を残すより、平穏な治世の為に少し規範を曲げましょうと唆しています。
ちなみに用途制限技術に指定するのなら、急促成用肥料が完成しても詳しい組成を公表する必要はありません。法で規制するのですから逆に秘匿対象です。通説と実態の消費魔力量が乖離していたとしても研究の専門家でもなければ気付く余地はないでしょう。
レティは当然そこまで分かって言っています。
「何も報告書を改竄したり根拠の元となる数字を捏造しようって訳じゃありません。ただ、専門的な知識がないなら勘違いしても仕方ないって程度の文言を加えるだけです。後で追及されたなら謝罪の必要くらいはあるかもしれませんが、法を犯すなんてつもりはありません」
「……財務としては、新技術に対して特別予算を組む事なく混乱を未然に防げるなら、反対する理由はありませんな。ノースマーク子爵が提出する書類の不備、と言った話なら責任の所在も子爵にあるのでしょう?」
「ええ、勿論です」
あ、レティの甘言に乗ってしまいました。
安請け合いしてるように見えますが、そもそも巨樹枝肥料の管理責任は彼女にあるのですから、問題が起こった場合の非難は避けられません。つまり、この印象操作の件でレティが被る不利益なんて、無いも同然でしょう。
「ところで子爵、この品種改良には我々魔塔も噛ませてもらえるのかな?」
「むしろ、こちらからお願いしたいところです。技術は確立しても作物育成や変異方法などの知見はありませんから、是非協力していただきたいと思っています」
「ふむ、それなら11、12塔を中心に研究班を派遣しようか。子爵達の指導も兼任させるよ」
「ありがとうございます」
魔塔からすると、技術濫用による責任が発生する事なく研究に参加できるなら、文句などある訳がありませんよね。
また1人、レティに説得されてしまいました。そのまま2人の話は専門的な内容へ逸れてゆきます。
と言うか、彼女はこの食事会参加者をどう引き込むか想定した上で今日に挑んだのでしょうね。私は途中参加なので把握していませんが、人選から留意した可能性も高いです。当然、これだけの人員を取り込めたなら議会の承認は容易になります。
次の研究課題を設定したレティが止まる気配はありません。
利点を強調して詭弁を弄するこの流れはどうにもならないと諦めたのか、アドラクシア殿下が動きました。
「今日は食事会との話だったが、ノースマーク子爵の方針は十全に伝わった事と思う。管理についての課題は多いが、子爵の協力が得られるなら可能だろう。私としても有用性は間違いなく理解できるので、上手く活用できる体制を作りたいと思っている。他の者達もその結論は変わらんのだろう?」
「「「はい」」」
「ならば、今日のところはここまでとする。規制の詳細については改めて協議の場を用意したい。もう少し議論を詰めておきたい者、専門的な話し合いを持ちたい者以外は解散としよう」
要するにこれ以上は付き合い切れないって訳ですね。
とてもありがたい提案です。
私は、この件に関わっている姿勢を示しておきなさいとお父様に言われて参加しただけなのです。前情報が不足していますからこれ以上の協議に付いて行けそうにありません。
しばらく王都で授業に集中して、憂さ晴らしにダンジョンへ寄ってから南ノースマークに戻ってみると、ご機嫌のレティが美味しくないパンを持って待ち構えていただけで、年明け間もない事もあって詳しく状況を聞く暇もありませんでした。
残るのはレティと、薬草栽培についての話が足りてなさそうなディーデリック陛下、どんな改良をするつもりなのか方針を把握しておきたい農務大臣、魔塔独自に研究する余地を確保したいアルドール導師、めざとくお金儲けの匂いを嗅ぎ取ったウォズだけのようで、カミン君も席を立ちました。
「オーレリア様、この後時間はありますか?」
「いえ、特には。何か私に用でしょうか?」
レティ抜きで誘いがあるとは思いませんでしたが、断る理由はありません。
「では、鍛錬に付き合っていただけませんか? 南ノースマークに居ると忙しくて充実しているのですが、身体を動かす時間がなかなか取れなくて鈍ってしまいそうなのです。音に聞くオーレリア様なら存分に鍛えてもらえそうですから、是非ご一緒していただきたいと思います」
何とも魅力的な提案でした。
気持ちは良く分かります。
レティとの鍛錬は得難い時間ですが、彼女の場合、研究に夢中になると滞りがちなのです。業務が忙い場合はきちんと時間を割くのですけどね。
「ええ、喜んで」
こんな機会、断るなんてあり得ません。
私達はまっすぐ学院の鍛錬場へと向かいました。
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今後も頑張りますので、宜しくお願いします。




