未知への不安と期待
農作物の発育期間が大幅に短縮できたなら、その分収穫量の増大が期待できる……って程単純な話にはならない。
現時点、ウル村から速報が届いただけで詳細は分からない。
それでも最悪を想定しない訳にはいかないよね。
およそ半年を費やして王国の食糧庫を満たしていた作業がいきなり3日まで縮まると、農家って職業が崩壊する。
麦だけ作ってる訳じゃないから他の作物にも時間を割くとしても、その全てが3日以内に収穫できるなら僅かしか働かない環境が出来上がる。実質1カ月も要らないかもしれない。長期保存できるものばかりじゃないから作業の分散は起きるとしても、多少の増産も大した手間にはならないとなると、1年のほとんどは余暇って職業が出来上がる。
懐が足りているなら閑散期だからって働きに出る必要もない。
「年の10分の1以下しか働かない職業、そんなものが実現できてしまうかもね」
自分で言っておいてなんだけど、なかなか恐ろしい未来だと思う。
「姉様だって本気で言ってる訳じゃないでしょう? 魅力的に思えるかもだけど、誰でもそれに転向できるなんて未来はやって来ないよね」
「まあね。仕事に遣り甲斐を求める人もいるって現実は置いておいて、無秩序に農作を行えば酷い混乱を生む。為政者側としては、介入せざるを得ないよ」
「供給が過ぎるなら、あっという間に農作物が値崩れを起こす。作っても作っても儲けが出ない農業なんて成立しないからね」
「うん、そうなる前に従事者を制限するよ。私達領主や国が管理するなら、役人的な扱いになるかもね。需要量を計算して作付けして、複毛作を重ねる。場合によっては2次職を宛がうかもしれない。そうなると作物の売り上げで生活するんじゃなくて、給料制も考えるかも」
農家って存在を大きく変革するしかない。
そうでないと、制御しきれない。
「それで終わりじゃないよね。農作期間が8割9割削減できたって言うならともかく、3日となるとそれに応じた人員削減も必要になるよ」
「うん、どうしたって大量の失業者が出るよね。発展途上にある私の領地なら十分な職の受け皿を用意できるかもだけど、余所ではそうもいかないかな」
「これだけとんでもない技術、国中へ波及しない訳がないよ。大不況、くらいで済めば幸運じゃない?」
「最悪、各地で反乱が起きて国が倒れるかもね。確率的にはかなりの割合で」
うん、頭が痛い。
どう考えても碌な未来が待ってない。
だからって、全部なかった事にする選択も存在しない。
発想の障害が少ない上に簡単に試せてしまうものだから、いつか誰かが辿り着く危険を否定できない。
きちんとした管理ができない領主の下で拡散したり、刹那的に儲ける事しか考えられない商人の耳へ最初に入ったなら、国が動く前に手遅れになる。そんな未来を迎えないためにも、厄介であっても現時点で何とかしないといけない。
「とは言え、全否定って訳にもいかないんだよね」
「そうだね。不作の穴埋めは勿論、北方の寒冷地では重宝する技術には違いないよ。技術で人々を支える、上手く使えるなら姉様の理想通りのものになるかもしれない」
ノースマークの更に北、険岳地帯を超えた先には小国家群がある。
陸路がなくもないけれど、王国との行き来は海路が基本ってくらいに道が険しい。それでも、一大貿易国家のカラム共和国とか、大陸中に強い影響力を持つルミテット教国とか、国土は小さくてもしっかりした国力を有した国も存在している。
往来が難しいせいで三大強国の拡大戦略から外れた場所でもあるんだけどね。
一方で気候が厳しく、困窮した国や部族単位の自治領も多い。何しろ、カラム共和国でも食料自給率が40%に満たないくらいだからね。
飛行列車で移動時間が大幅に短縮、更にイローナ様が積極的に交流を深めている今なら、これでもかってくらいに歓迎される技術になると思う。当然、それをもたらす王国の優位も盤石にできる。
「急な変革は混乱を生むとしても、時間をかけてゆっくり浸透させれば国力向上も間違いないからね。多分、用途制限技術に認定されるんじゃない?」
「うん、僕もそのあたりが妥当だと思う。もう少し影響力が絞れれば良かったんだけど……」
「元々、キミア巨樹自体が想定を大きく外れて生まれた経緯があるからね。また異常な結果が出るんじゃないかって警戒してたら、ホントにそのままの結果になったよ。いやいや、困った」
「それ、全く笑えないからね」
まあ、反省はしてる。
カミンに呆れられるのも仕方ないって自覚もある。
だけど、キミア巨樹が生まれた時点で避けられなかった状況だよね。
そうこう話していると、魔力波通信機が鳴った。
普段は取り継ぎをベネットにお願いしてるところ、ウル村へ行ったウォズから連絡があるだろうと執務室まで移動させて来た。
農家からの報告と言っても、専門家じゃないから観察は大分足りていない。判断の為にも、肝所を押さえられるウォズの意見が必要だった。
余談だけど、無線通信ができると言っても前世の公衆電話程度の小型化が限界なので、基本的に据え置きで使っている。お屋敷なら談話室、移動する時はウェルキンに積み込むってのが日常の使用状況だね。
アイテムボックスに仕舞うと魔力波が届かないから、緊急に備える場合はフランが背負う事になる。携帯ってレベルはまだまだ遠い。
『スカーレット様、現時点で分かった事を報告します。育成速度は前情報通りで間違いありませんが、発育状況は通常の栽培に比べてかなり悪いです』
「それって、栄養が不足してるって事?」
『恐らくそうでないかと。実験を担当した農家の意見としても、土が随分枯れているそうです。このまま連作は無理ですね』
「そっか、巨樹が成長した時と同じって考えていい?」
『それで大きく外れていないと思います。エレオノーラ様ほどはっきりした事は言えませんが、魔力も随分枯渇しているようです』
この状況は予想できていた。
多分、味も酷いんじゃないかな。
とは言え、巨樹枝の肥料化が頓挫するって程の欠点にはならない。今回は試験的に巨樹枝のみを使っただけで、魔物素材と魔法を併用したこの世界の肥料なら解決できる程度ではある。
魔力をかなり消費するからコスト的には従来の作付けと差は出ないかもしれないかな。
「よし! それなら特殊肥料として配合を完成させよう」
『え?』
「いいの?」
混乱の種になる技術を確立しようって話だから、カミンとウォズが揃って戸惑いの声を上げた。
「だって、ここで検討を止めても、後で可能性に気付いた誰かが実践するよ。それなら私が権利を持つ技術として掌握しておいた方が良い。でもってそれができたなら、品種改良に利用しよう。3日で結果が出るなら、改良の手間を大きく省けるよ!」
「え? でも姉様、実験農地はまだ手を付けられてないよ?」
「3日で実るんだよ? 庭でいいじゃない」
前世小市民の私が落ち着かないくらい広い庭があるんだから、一画を畑にしても困らない。何なら“模型”の庭も使える。
『しかしスカーレット様、根本的な解決になりますか?』
「改良の結果次第かな。3日まで短縮するとやり過ぎな訳だから、適度な短縮や気候に左右されない品種、収穫量を増やせる苗を育てればいいんだよ。混乱の元になったり、肥料配合が困難な巨樹を使わなくていいようにね」
『なるほど、改良した品種を広めてしまう訳ですね』
「うん。そうして実績が残せたなら、品種改良専用の用途として確立できるよ。管理の徹底は必要だろうけど、そうして緩やかに変化させていけば巨樹肥料が標準になる日も来るかもしれない」
生育期間の短縮は、間違いなく改良の幅を広げる。この世界の生態は魔力が干渉するんだから、理屈を超えた変化だって十分にあり得る。栽培期間に見合わないで見送ってきた方法だって、新しい可能性に繋がるって事もある。特殊な薬草栽培にも可能性は広がる。
そして急激消費する魔力を埋めるのが必須な以上、大規模な品種改良は巨樹の魔石が使えるこの領地じゃないとコストが釣り合わない。専売技術にできるんじゃないかな。
『スカーレット様?』
「姉様?」
再び不安そうな2人の声が揃う。
でも多分、その心配は当たってる。
超絶短期栽培の混乱を抑えるって目的より、この技術が生み出す可能性の方にワクワクしちゃってるんだよね。うん、止まれそうにない。
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