掃除機を作りたい
第3王子の動向は気になるけれど、今のところできる事はない。
基本的には専守防衛。場合によってはやり返すかもだけど、私から事を大きくするつもりはないよ。
何もないなら、研究所生活が私の日常。
午前中は領から送られてきた書類に目を通す。
テストを受けている間に強化練習服関係は随分進んでる。試作タイプの生産体制は整って、もうすぐ侯爵領騎士団での試験運用が始まるらしい。今回はそれに先立って、練習服の運用マニュアルが届いているので目を通してゆく。
全身タイツを着て、誰かに監督してもらうか、鏡見ながらタイツの色が均一になるように魔力を通していくだけだから、簡単だよね―――なんて訳にはいかない。使用上の注意点が嫌になるくらい羅列されてたよ。侯爵領の文官、優秀過ぎだよね。ノリだけで作って、タイツが伝線した時に生じる魔力混線による発熱の可能性とか、気付かない愚かなお姉ちゃんでごめんね、カミン。
昼はオーレリアと一緒に取ることが多いけど、今は王国軍の演習で、カロネイア伯に付き添って王都を離れている。
仕方がないのでフランと昼食―――とはいかなくて、接触してくる子息令嬢と同席して、適当に話を受け流します。貴族的に従者は同伴者として見做されないからね。でも、ドレスの流行とか、綺麗な宝飾品の話題って興味ないんだよね。
午後は素材関係の専門書を読み込んでいく。
王立図書館や王城資料館、魔塔資料室、学院図書室、アルドール先生の個人資料と、読むべきものには事欠かない。
テストが終わったのにまた勉強。頭を休ませる予定はどこにも見当たらないけど、自発的に身を作っていると思うと、精神的には余裕ができるよね。
この世界の文明は、電気の代わりに魔力で支えられている。
きっかけは300年前に発明された魔導変換炉。それまで自前の魔力か、魔物を倒して採取する魔石からしか得られず、供給が不安定だった状況を一変させた。
この発明の画期的な点は、魔力を取り出す対象でしかなかった魔石を、周囲の魔素を取り込む触媒として活用した点。魔物の体内に魔石があるのは、魔素を吸収して魔力で体組織を変質させる為。人はその魔石を回収して電池みたいに使っていたのだけれど、天才ロブファン・エッケンシュタインは魔道具によって、魔物の持つ魔素吸収機能を再現した。
で、どうして私がこの世界の基幹技術について調べているかと言うと―――これを利用したら、モヤモヤさん掃除機が作れるんじゃない?
魔導変換炉は残念ながら小型化ができなかったらしい。加えて、触媒としての機能を持たせられるのは、竜種や幻想種といった高位魔物からのみ獲れる最高品質の魔石に限られる。その為、どうしても設置できる数が限られる。
現在の魔導変換炉は国内に7基だけ。
行き渡らせられない場所には、魔石より許容量の大きい魔力充填装置に貯蔵して配送しているらしい。
私が求めているのはインフラを満たす大規模エネルギー供給じゃなくて、生活圏にあるモヤモヤさんの消失だから、魔石の質を落として、似た魔道具を作れば目的を満たせるんじゃないかな。
魔導変換炉が移動できれば、王都のモヤモヤさんを一掃できてただろうにね。
行く先々で広範囲掃除箒“ウィッチ”を抜いて、こっそりモヤモヤさんを掃除するのは大変なんだよ。ル〇バみたいな全自動ロボットタイプとはいかなくても、持っているだけで視界を綺麗にしてくれる便利道具を作りたい。
ちなみに私の箒、“アーリー”は対象指定型、“ウィッチ”は近距離広範囲型、“リュクス”は遠距離対応及び高出力型、それぞれ特徴が違います。使い道を混同するより、別けた方がイメージを補強できるみたい。
「お嬢様は、また影響の大きい事を考え始めましたね」
フランに相談したら呆れられた。
なんでさ、掃除機を作りたいだけだよ?
「魔導変換炉以外に魔素の利用は例がありませんから、成功した場合には、間違いなく国家規模の事業になります。流石に、侯爵家に留めておける技術では終わりません」
おおぅ……。
「もっとも、エッケンシュタイン博士以来、多くの研究者が取り組みながら成功に至ってはいませんから、極めて困難な課題になると思います」
うーん、魔力を電気に置き換えて考えたからか、何となく見方を変えれば何とかなるような気がしてる。
電気だって、タービンを回して機械エネルギーを変換するもの、化学反応エネルギーを抽出したもの、光起電力効果による太陽電池、さらには静電気なんてのもあった。前世の知識をそのまま利用はできないけれど、参考としては頼りにできる。
まして私はモヤモヤさんが見える。人の知らない魔素の性質を調べれば、新しい事も始められるしね。
うまくいかなくて詰まったら、その時また改めて考えればいい。時間も予算も潤沢だしね。
「それほど大袈裟に考えなくても、可能性の提起や実証実験だけでも研究室の成果にはなるでしょう。思い付きや失敗から別のきっかけが生まれる事もあるし、とにかく動いてみましょう」
「では、過去の似た研究テーマの資料を集めますか?」
「それもいいけど、まずは魔導変換炉の見学に行きましょう!」
「……変換炉の構造や設備概要は、今ある資料でも情報は十分ありませんか?」
うん、それはさっきも読んだ。
でも私が見たいのは、モヤモヤさんの挙動。それから、ファンタジーなエネルギーシステムをこの目で見たい。
ノースマークの首都近くにもあるのだけれど、残念ながら訪ねる機会に恵まれなかった。自発的に行動しないと、インフラ施設なんて見た事なくても生活はできちゃうからね。
「言ったでしょう。思い付きから得られるものもあるって。本はたくさんの事を教えてくれるけど、経験に勝る財産はない。たとえ何も得られなかったとしても、得るものがなかったって情報は、きっと無駄にはならないからね」
「……畏まりました。手続きをしておきます」
「うん。それから、見学当日はお弁当の準備をお願いね」
「……はい?」
そこで、なんで?って顔しないでよ。
遠足にお弁当は付き物だよね。お出かけ先でいつもと少し気分を変えて、フランのサンドイッチ、食べたいしね。
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