怪盗は誰かを呪う?
一帯の反社組織を統べる首魁、ヴィム・クルチウスはお酒で喉を湿らせてから本題を促した。
側では鉄板上に塩竃を用意してる店主がいるけど、ここは内密の話をする店なので彼が情報を漏らすと思っていない。首魁ヴィムも気にする様子を見せなかった。
「それで、今日の御用向きは?」
「鏡像怪盗についての情報を欲しています。貴方なら、表に出ていない情報まで掴んでいるのではないですか?」
「はいはい、勿論ですとも。義賊なんて胸糞悪ぃもん捕まえてもらえるなら、協力は惜しみませんや」
「義賊はお嫌いですか?」
「我が物顔のお貴族様に痛い目を見せてくれる、小気味よくはありますがぁね。けど、手段を選ばなかった時点で儂等側の人間です。中途半端に善人気取っての人気集めは面白くありませんわな。しかも、実態を隠すための仮相って節がある」
「それも、貴方達独自の情報ですか?」
「くくく、まあ、見てもらった方が早いでしょう」
怪しく笑うと、彼は封筒を取り出して寄越した。
それをクラリックさんがしっかり確認し、何も仕掛けられていないと判断してから私へ渡る。
領都のお屋敷に怪盗が入った件は、とっくに掴んでいたんだと思う。
私が来たと聞いた時点で要求にあたりをつけて、いくつかをまとめて来たくらいには抜け目ない。彼の懐には複数の封筒が用意してあるんだろうね。
何でも頼ろうとは思ってないから他の封筒は気にしない。
「メガロトドンの頭蓋、屍鬼の脳髄、海竜の血漿、魅了人魚の肝臓、呪言樹の木炭、千年蛇の木乃伊……?」
それは魔物素材のリストだった。
しかも、何やら禍々しいものが並んでいる。
「これは?」
「怪盗の被害に遭ったと思われる一覧でさぁな。表に出ているものと違って、不自然に紛失しても鏡の犯行声明がありやせんから、別件も含まれてるかもしれませんがね」
「つまり犯行声明を残さない事で鏡像怪盗の仕業だと明かさない事件がある、と?」
「しっかり管理していた筈の希少品が、ある日煙のように消える。そんな現象が他にもなければってぇ話ですけどね」
証拠ゴロゴロ残して捕まりたいって泥棒はいないから、絶対って訳じゃないけど、怪盗の鮮やかな手口からすると別件は少数だと思う。簡単に模倣できるとも思えない。
「無関係にしては傾向が偏り過ぎてるかな。被害者が情報交換したって訳でもないんでしょう?」
「ええ、別個に聞き取りしたもんでさぁ。場所もバラバラ、口裏を合わせるのは無理ですな」
「よくこんなものを持ってたって気もするけどね」
「変わった趣味を持つ人間は多いもんですよ。何か目的持って集めるならともかく、特殊過ぎて用途も限られますんで、収集癖を満たすだけの珍品ですわな」
目的、か。
私ならこれらを集めて何を作るだろうかと考えてみる。
それぞれの特性を組み合わせようにも、碌な考えが湧いてこない。
「誰かを呪う気?」
「あはははは! そんな結論にならぁな、碌でもないもんばっかりですからな。もっとも、誰かを呪うにしても贅沢過ぎる気もしやすが」
呪詛とは別で、長期間保存した魔物素材を用いて遠方の対象へ傷害を与えるって技術がある。長い時間を超えた魔物素材は特殊な魔力を蓄えると言う。リストの部位は特にそう言った魔力を留め易い器官だね。
呪いによる損傷は、単純な切創や熱傷じゃなくて、傷が腐食したり内臓が爛れたりって独特な症状が出る。しかも、ダメージの何割かは術者も負うって話だから実用性には欠ける。相手を死に至らしめるなら、自分も半死になる覚悟が要るとなれば、大抵は躊躇うと思う。特殊素材も高価でとても割に合うとは思えない。
それに個人を呪うだけなら素材が1,2個あれば十分足りるよね。
集団を呪いたい?
「でも姉様、ガッターマン伯爵のホルミルの実はまるで合致しませんよ?」
「うーん、呪いの防護魔道具にあの実を使ったものがあった気がするよ。毒に似た健康被害をもたらすって場合もあった筈だからね。反動を受けた場合の対応策と考えられなくはない……のかな?」
自分で言って、納得できていない。
それに対象を指定する為にはその髪の毛や血液、魔力を含んだ体片が必要になる。被害の大きさに比例して体片も量が要るから、労力と結果が釣り合わないと思うんだよね。
呪いの加害は魔力痕で追えるから完全犯罪にも向かないって欠点もある。
「ただこれで、怪盗の目的がオリハルコンじゃないって可能性は出てきたかな」
「そうだね。魔物素材と伝承金属、性質に大きく開きがあるよ」
「宝物庫にはエッケンシュタインの封印施設で見つかった古い素材も保管してあるからね。狙いがそっちって可能性は十分考えられる」
狙いに見当がつくなら、怪しそうな物の一部を移動させて釣ってみるのも良いかもしれない。逃走手段に自信があるみたいだから、見え見えの罠にも挑んでくるんじゃないかな。
国宝のオリハルコンは囮に使えなくても、他の素材なら所有者の裁量で動かせるからね。
「お役に立ちましたかい?」
「ええ、全容が見えてくるほどではありませんが、切っ掛けにはなるでしょう。それに、怪盗の実態が噂とかけ離れたものだって仮説も現実味を帯びてきました」
誰かを呪うのが目的じゃないかって不確定な仮説は置いておくとしても、鏡を残さない事で自分に繋がらない犯行を重ねるなら、義賊って偶像はかなり怪しい。
批判を軽減しながら資金集めって線もあるかもね。
「姉様、それなら姉様のところやガッターマン伯爵家に鏡を残さなければ、疑いもかからなかったのでは?」
「確かに、ね。……私達の評判を貶めたかった?」
「はっはっは! だとしたら、見識が甘すぎまさぁね。子爵様の功績が、存在不確かな怪盗の活動くらいで揺らがないこたぁ、そこらの子供でも知ってるでしょう」
この人に言われると裏を怪しんでしまうけど、その通りだって自信くらいはある。益々怪盗の真意が読めないね。
「鏡に何か隠されていないか、もう一度しっかり確認した方が良いんじゃない?」
「ノーラの鑑定はそんなに甘くないよ。もし何かを隠してたなら、彼女はその悪意ごと読み取るからね」
「へー、鑑定に特化した2種類もの魔眼を持ったご令嬢、噂以上みたいですな。いろいろ便利そうで羨ましい事でさぁ」
「……貸しませんよ」
旧エッケンシュタインの悪名を背負ったノーラを、黒い繋がりに近付けるつもりはない。
「残念ですな。あまり公にしたくない鑑定を引き受けてくれるなら助かるんですが、ここは退いておきましょう」
「ええ、物分かりがいい人は好きですよ。私と長く付き合うコツを弁えていて助かります」
「甘い汁を吸わせてもらってますからね。旧エッケンシュタインのように混沌としていると、組織は拡大できますが細かいところまで制御しきれない。借金沼に堕としても返済の余地のない社会より、適度に富んでいてくれた方が我々も絞り甲斐がある」
「では、その悪行に目を瞑るのが今回の報酬でいいですね?」
「……その一覧にはこちらも元手がかかってるんですが?」
「収穫祭でも貴方の息のかかった商会を締め出さなかったおかげで儲けられたでしょう? 結果として怪盗を潰せるなら十分な利益ではありませんか。それとも、貴方が個人的な目的で申請しているコントレイルの認可を差し止めましょうか?」
頼ってきたから隙を見せるだろうなんて侮られては困る。
私は領主で彼等はここに巣食っているだけ、距離を縮めるつもりなんてないんだよ。篭絡できるなんて浅はかな望みを抱かせないためにも、私は強い意志と共に魔力を籠めた視線で射貫く。
騎士本部襲撃ではこれだけで怯んだ騎士が多くいたんだけど、たじろぐ様子も見せなかったあたり、楽な相手じゃないね。
「へいへい、魔導士様には逆らいませんよ。跡形もなく消されたくはありやせんからね」
「聞き分けが良くて何よりです」
臨界に達した魔力はあらゆるものを魔素に分解する。
ワーフェル山を消滅させた大規模魔法で、周辺の汚染が起きなかった理由でもある。専門的な研究資料は魔塔図書館にあるんだけど、そんなところまで調査の手を伸ばしているらしい。
その見識から、私がその気になれば人丸まま行方不明にできるって察したみたい。暴力は絶対的に通用しないって知ってくれているなら話も早い。
それで脅す気はないけど、調子に乗るなって大きな釘くらい刺せるよ。
この後はまるで知らない相手みたいに視線も合わさず食事を進め、しっかり食べ終えてから私達は店を出た。
「姉様、支払いは?」
「親切なおじさんが奢ってくれるんじゃない?」
「……」
貴族的にはホスト側が持つってルールがあるけど、あの人にまで適用させる義理はないよね。
報酬を要求した時点で何か良からぬ企みがあったみたいだし、勉強料って事でいいんじゃないかな。貴族って同じ土俵に居ないんだよ。
「……連れて行ってくれて勉強にはなったけど、まだ僕は真似できそうにないよ」
「ゆっくり勉強して行けばいいんじゃない? 侯爵領はもっと老獪なのが巣食ってそうだし、お父様がしっかり教育してくれると思うよ?」
「うん、まだまだ足りていないって思い知ったよ」
幸い、黒曜会みたいに手段を択ばないって連中じゃなかったから放置してる部分はある。自分達以外にどれだけ被害が出ようと目を向けないって組織ならとっくに潰してただろうね。
ノースマークもお父様が放置してるなら似た傾向だろうし、何事も勉強だと思うよ。
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