怪盗参上
ベネットの報告を受けて急いで戻った私だったけれど、何かを盗まれる、壊されるといった被害はなかった。
侵入の時点で箱庭へ送り込まれるんだから、何かができるほどお屋敷のセキュリティは甘くない。
ただ問題は―――
「逃げられた?」
「はい。お嬢様に報告に向かう以前、侵入が発覚した直後に消えていました」
それで、慌てて私を呼びに来た訳だ。
箱庭は一方通行の為、私でないと出入りさせられない。別空間だから暴れたところで被害はない。だから、私の不在時の侵入者はそのまま放置すると決めてある。これまで捕まえた貴族の間者は、散々足搔いた後、無駄と悟って大人しくなるのが常だった。自死する気概のある侵入者なんて、先日の諜報部くらいだったしね。
そもそもとして、逃亡を想定していない。
「諜報部の失敗も噂になってますから、いい加減レティのところへ忍び込む間諜もいなくなると思っていたのですけどね」
「実際逃げ出してる訳だし、それだけ自信もあったのかもね。ベネット、詳しく聞かせてくれる?」
いつの間にやら“迷い家”って異名がついていた。
その甲斐あってか、この数ヶ月はセキュリティに引っ掛かる馬鹿も居なくてホッとしてたところだったのに、そう上手くは運ばないらしい。
「はい。異常を察知したのは30分ほど前です。箱庭の警報機能が侵入者感知を知らせました。すぐに厳戒体制に移行し、屋敷への出入りを止めて、騎士は警戒に当たらせました。屋敷周辺に不審者は見当たらず、私は侵入者の状況を確認しようとしたのですが……」
「既に箱庭に侵入者の姿はなかった、と」
「……はい」
「侵入の前に怪しい影を見たって人はいなかったの?」
「そちらは私が確認しました。当時、庭仕事の使用人が何人かお屋敷の外に居たそうですが、気になる目撃例はなかったとの事です」
私への報告で手一杯だったベネットに代わって、私に先行して戻ったフランが答えてくれた。
ウェルキンへ乗らずに固定化の舞台から飛び降りたと思ったら、ショートカットして情報取集に回ってたんだね。
「映像は?」
「侵入者の姿は捉えています。しかし念入りに顔を隠しており、犯人は小柄と言う事くらいしか分かりません」
この世界の映像媒体は水晶状の鏡面に映ったものを記憶する。魔力を籠めた物体の記憶を投影するって感じで、魔力が尽きない限りは常時稼働してる。
そのまま鏡面に投影も可能なんだけど、専用の魔道具につないで画面映写もできる。湾曲を補正できる分、私的にはこっちの方が便利だからそっちへ投射してもらった。
「ホントだ、多分私より小さいね。オーレリアくらい……って事は、女性か子供かな?」
「あり得るんじゃないですか? 訓練を受けた動きには見えません」
「訓練も受けていない子供が、お貴族様、しかも私のところに忍び込むって言うのも不自然な気がするけどね。……あ、目的は宝物庫か」
「はい。問題はそこからです」
侵入者の行き先が執務室や研究室でなかったなら、ベネットが泥棒と呼んだのにも頷ける。画面の先では扉が開かないと気付いた犯人が、すぐさま逃亡を選択していた。
ところで、数か月前からこのお屋敷でオリハルコンを保管する事になり、万が一にも紛失は許されないとセキュリティレベルを上げてある。
具体的には宝物庫の扉はダミーで、苦労して鍵を開けても先には壁しかない。入り口は都度、土魔法で作る必要があり、壁は私が掌握してあるから私以外には開けない。オリハルコンの他にも、墳炎龍の素材とか、岩石竜の魔石とか安置してある。金銀宝石類、金目のものは該当しないけども。
箱庭にもその状態は反映してあるのだけれど、犯人は鍵の解除で音を上げていた。
目的に見切りをつけた犯人は窓から逃走しようとして、そこも開かないから失敗する。犯人はここに来て初めて慌てる様子を見せ、そして―――その直後に映像が暗転した。
「ここまでって事だね」
「はい。一部始終を撮られている事に気付いて、魔道具を止めたようです」
魔力媒体の欠点として、魔力を吸収されてしまうと動かない。
「逃亡方法まで披露してくれるほど間抜けじゃなかった訳だ。他の映像晶も止められていたの?」
「いえ、停止していたのは、宝物庫の前を映していたそれだけです。他の映像に逃亡の様子が残っていない事実も確認してあります」
「じゃあ、犯人は何処に?」
「……分かりません。ベネットが侵入者に気付いて箱庭を確認するまでの短い間に、犯人は煙のように消えていた事になります」
普通に考えればどこかに隠れたってくらいしか方法はないだろうけど、箱庭内は私の掌握空間になる。異物が残ったなら私が感知できる。
出入りは一方通行って制限を捻じ曲げたとすると、魔法への干渉跡が強く残ると思う。それ以前の問題として、私の魔力量を超えないと干渉自体が叶わない。
「忽然と消えた……まさか転移魔法でしょうか?」
「それ伝説……と言うより、あったらいいなって空想の類だけどね」
私でも辿り着いていない。
もっとも、イメージが上手く組み立てられないって個人的な事情が大きいから、不可能とまでは思っていない。
「それからお嬢様、何処まで手掛かりになるか分かりませんが、宝物庫の前にこれが落ちていました」
「鏡?」
「はい、何の変哲も見当たりません」
手鏡と言った程度の小さなもので、表面には“今回は退く”と簡単に書き殴ってある。つまり犯行声明だね。
「レティ、これって……?」
「うん、鏡像怪盗だろうね」
ここ数年、王国を騒がせている有名な存在ではある。
犯行現場には“○○をいただいた”って記した鏡を残し、まるで尻尾を掴ませない様子から鏡像って呼ばれてる。北方地域が活動拠点で、主に悪徳貴族を標的にする事から義賊って扱いになっている。
鏡像怪盗の犯行で不正が明るみになった貴族も多い。
「活動範囲のノースマークやエルグランデが狙われたって話も聞かなかったから、私が標的になるとは思ってなかったよ」
それでも無警戒だった訳ではなく、過剰ともいえるセキュリティは、彼の怪盗を想定したものでもあった。
「確か、絶対に捕まえたいからと、ノーラのところに鏡の鑑定依頼を出した貴族もいましたよね?」
「うん、逃亡を助ける魔道具なんじゃないかって疑いだったけど、結局ただの鏡だったやつだね。高い鑑定料だけ払ったどころか、絶対に取り戻したいって絵画がガッターマン伯爵のところにある筈の盗品で、領地間の政争に発展してたよ」
「はい、本物は美術館に売却されて虚実が判明しました。その例からすると、ノーラであっても痕跡を見つけるのは難しいでしょうか?」
「……腹立たしい事にね」
セキュリティにはそれなりの自信があった筈なのに、被害はないものの、逃がしたってのは負けた気になる。痛み分けってくらいでは納得できそうにないかな。
何より、顔を隠す目的で巻いた長いマフラーの裾をたなびかせている様子が、私の趣味に嵌まってイラッとした。
「それにしても、レティのところに侵入するなんて、本物でしょうか?」
「その点は間違いないんじゃない? 私の箱庭から逃げる技術を持った模倣犯ってのは考え辛いよ」
「……そうですね。そんな特殊な技術を持った存在が何人もいるとは思えません。そうなると、方針転換でもしたのでしょうか?」
「どうだろ? これまでも似た事はあったのかもよ」
「でもそんな話は聞きませんよ?」
「悪徳貴族しか狙わない、その前提があるなら、悪い噂がなくても被害に遭った以上、何か隠し事があるんじゃないかって勘繰られるかもしれない。風評被害を恐れて沈黙した貴族もいるかもね」
「なるほど……って、レティは義賊扱いが嫌いなんですか?」
「犯罪を引き起こして治安を悪化させてる犯人を庇いたいとは思わないよ。貴族を批判するにしても、他に手段はあると思う。それ以前に、まんまと逃げられていい気持ちはしないよね」
「……ああ、悔しいんですね」
「決まってるよ! 次は絶対捕まえてやるんだから!」
「逃亡はできても実入りはなかった訳ですよね? 危険も察知したでしょうし、また来るでしょうか?」
「さあ? だからって、このまま済ます気もないからね!」
売られた喧嘩は買うよ。
とは言え、手掛かりがないから追うって選択肢は存在しない。目的も分からないせいで専守防衛に徹する他ない。とことん後手側ってのは私らしくないけれど、情報収集くらいしか打つ手がない。
だからって退く気もないから、当面ストレスの溜まる日々になるかもね。
収穫祭準備も忙しい中、姿の見えない相手との暗闘が始まった。
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