雲作り
折角コントレイルで人を集めるんだから、そのまま収穫祭を空でやろう。
そんな安直な思い付きの下、慌ただしく準備が始まった。
キミア巨樹の登頂部は元々雲に届く高さだけあって、そこでの作業は意外と目立たなかった。領都から見上げても生い茂った枝葉で遮られ、巨樹の全体が見通せるだけ離れれば少人数で作業する私達を捉えられない。
情報を制限する必要もなく秘密裏に計画は進んだ。
雲の上に立つってのが理想ではあるけれど、水滴の集まりである雲は足場になんてならない。水魔法で干渉しても、凝集すれば雨となって地上へ降り注ぐ。
なので当然の流れとして、雲上の舞台は空間固定化の魔法に頼る。
「とは言え、雲っぽさは欲しいですね。ただ高いところに登るだけならコントレイルが達成しているんですから、空ならではの光景が見たいです」
ご意見番のオーレリアが割と勝手な事を言う。
イメージは大事だけどそれを達成するのは易しくない。
「水魔法でそれっぽく覆ってみようか?」
「お願いします。どうせなら雲上世界を再現してしまいましょう」
更に上がるハードルから目を逸らしながら、水魔法で雲を生み出す。
モクモクと私達の周囲を覆い、キミア巨樹の上部を包む。そのままだとすぐに散ってしまうから、風魔法で周囲に滞留させる。
「…………」
「…………」
「視界が悪くなるだけで、あんまり神聖さはありませんね」
「……だよね」
言ってみれば濃い霧ってくらい。
雲と空の境がぼやけているせいで、視界が悪いだけの場所になった。しかも、空間固定化の床を隠すどころか返って浮かび上がらせている。
「離れて見れば、それっぽく見えるかな?」
「収穫祭の会場を彩りたい訳ですから、それだと参加者に伝わりませんよね」
「うーん、儀式場だけ離して作って、それを離れてコントレイルから見学してもらおうか?」
「あまり距離があると、折角のオリハルコンも霞むんじゃないですか? もう少し密度を上げて、雲らしく見せかけられませんか?」
「これ以上凝集すると下に落ちるよ。掌握魔法なら浮かせるくらいはできるかもだけど、水には違いないからびちゃびちゃになるよ?」
雲に包まれた私達の服は既にしっとりしてる。
残暑の厳しい今なら不快感はないものの、これで人前に出ようとか思わない。
「オーレリアにとって雲ってどんな印象?」
「んー、軽くてふわふわしていて、白くて柔らかい……と言ったところでしょうか?」
「つまり、実際の雲と思い描く雲って乖離してるって事だよね」
「言われてみれば、そうですね。創世期の雲上世界や御伽噺に影響されているのかもしれません」
雲上の楽園世界って話は勿論、雲に掴まって大陸の外へ行った冒険譚、鳥になって空を飛んだら雲に引っ掛かって帰れなくなった魔法使いの話、英雄が雲に包まれて天に消えた伝承など、雲にまつわる話には事欠かない。
手が届かないものだったからこそ想像が先行して、科学の発達で実態が明らかになっても夢物語に引き摺られている。
「要するに、雲そのものを使わなくても、魔法や魔道具で空想を再現すればいいって事だよね?」
「雲じゃなくて、雲っぽい何かで代替するって事ですか?」
「そう、こんな感じ」
私は魔法で形作った白くてふわふわしたものをオーレリアに投げる。
見た目通りに軽いそれは、ふんわりオーレリアの手に収まった。
「何ですか、これ?」
「構造的には綿菓子が近いかな? 水を粒子状にして、綿っぽくふわっと固めてみた。触れても形が崩れないように、表面張力は高めに調整してあるよ」
綿状のゼリーゾルって感じかな。空気を多く含ませているからふわふわして見える。
「でもこれだと、下に落ちますよね?」
上に投げると、ゆっくりであっても手元に戻ってくるのを確認しながら、オーレリアは首を傾げてる。
「うん、ただの水ならね。でも魔漿液なら魔法が通るから、浮遊の性質を付与できるよ」
「……雲っぽいスライム、ですか?」
「魔素を漂わせれば、モクモク膨らんで見えないかな?」
「雲より密度が高いですから固定化した足場は核と一緒に隠せますし、浮遊で風にたなびくなら、確かに見た目もそれっぽいですね」
「質感はまだ詰める必要があるだろうけどね」
問題は、真実がばれると子供の夢を壊しそうってくらいかな。
情報管理は徹底しよう。
余所でこれを実行しようと思ったら、大量の魔石準備が必要となる。ほぼ無尽蔵にモヤモヤさんを生むキミア巨樹があるから可能になるイベントだね。手間はともかく、予算の浮いた分は屋台のコントレイル営業を充実させられる。
コントレイルの乗車率で参加人数は把握できるし、雲上で開催するなら天気の影響を考える必要もない。主催する側の面倒をいくつか省いてくれる。
東を見れば大海が広がり、西の眼下には領地が見通せる。ここからの映像を毎年残せば、領地の発展具合を見比べられる。
未だ元通りとはいかない旧エッケンシュタイン領の復興、文化的、生活レベル的に隔てられた3領の境界、解決すべき課題を乗り越えていく様を記録できる。私の戒めとして、発展の軌跡として毎年確認を続けていくなら、雲上のお祭り会場も意味のあるものになると思う。
「空間固定化だけでなく雲までスライムとなると、もっと収集範囲を広げなければいけませんね」
「だね。既に南ノースマーク、エッケンシュタインには布告を出してるから、大陸間交通網の各都市にも協力してもらおうか」
「それなら、今度王都に行くついでに要請してきますね。冒険者ギルドでいいんでしょう?」
「うん。希少な素材ならともかく、スライムの買い占めを王城へ願い出る必要はないと思うから」
いくつか雲スライムの造形を試しながら今後について話していると、飛行ボードでこちらへ向かう影に気が付いた。
「あれってベネットさんでしょうか?」
「みたいだね。彼女が来るって事は、また面倒事かな?」
若干うんざりしながら報告を待っていると、彼女はなかなか意外な伝達を携えてきた。
「スカーレット様! お屋敷に泥棒が入りました! すぐにお戻りください」
へえ……。
まだ私に喧嘩売る馬鹿って湧くんだ?
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今後も頑張りますので、宜しくお願いします。




