残った疑惑
結局、警備隊の尋問でも、新しい事実は出てこなかったらしい。
強いて挙げるなら、学院の一角に連中が確保したフロアがあって、そこに私を監禁するつもりだったってくらいかな。学院には施設管理者がいるんだけど、お金と権力で黙らせていたらしい。
アートテンプ男爵令息がきっかけとなって、ラミナ伯爵令息とツウォルト子爵令息が人手を集め、私を襲撃しようと目論んだ。そう結論付けて、法に則って処罰すると聞いた。
私としても、彼等には二度と関わりたくないので、そこに否はない―――んだけど……。
「お嬢様、お茶が冷えますよ」
オーレリアを招待したお茶の時間でも、先日の事件について考えてしまっていた私を見かねて、フランが口を挟んできた。
おっと、もったいない。
私の好みは甘く香るフレーバーティー。あんまりゆっくりしてると、折角の香りが飛んでしまう。
「まだ先日の件が気になりますか?」
「まあ、ね」
「レティが気にするだけの理由があるんですね」
オーレリアも気にかけてくれてたみたい。
「過去の監禁事件についても白状したらしいけど、被害者は男爵令嬢が何人かと、子爵令嬢が1人だけ。万が一の場合でも、権力で黙らせられる相手を選んでたと思う。夢見がちなボンボンはともかく、チンピラ達はそのくらいの危機感は、持っていた訳でしょう?」
少なくとも、数年に渡って明るみに出ないだけの工作はしてあった。
「なのに、私を狙ったのは、リスクが高過ぎると思って」
先生方は上位貴族子女の動向には常に気を配っているし、日中出歩けば声をかけてくる生徒に事欠かないくらいには、私は注目されている。私が姿を消せば、その日のうちに大騒ぎになる。変な噂があったとしても、お父様の意向に関係なく、教師も周囲も、侯爵令嬢が事件に巻き込まれた可能性を放っておけない。
過去には王家の血も入った、国に4家しかない侯爵位はそれだけ重い。
「結局、彼らがリスクを踏み越えたのは、ある噂を聞いたから」
「第3王子に婚約拒否されたお嬢様を、旦那様が見捨てたという、あれですか」
「そう。いろいろと突っ込みどころがあるのに、連中がこれを真に受けたのはバカだったからって事は、間違いないよ。でもこの噂、結局出所がはっきりしないでしょう?」
11人全員に詰問してみたけど、お互いの名前を挙げるばかりで、他に広がっている様子はない。
追加で名前が出たのは2人だけ。
トリス・ドライア伯爵令息とアイディオ・ガーベイジ子爵令息。
後者は連中の顔つなぎをしたらしいので、警備隊がかなりきつめに問い質したと聞いた。碌な情報はなかったみたいだけど、車に隠れて出ても来られなかった性根で、警備隊の聴取に耐えられるとは思えない。だから証言に嘘はないと思う。
問題はもう1人の方。
「ドライア伯爵……第3王子派閥ですよね」
オーレリアも、私と同じ懸念に至ったらしい。
「イジュリーン様とは元々友人で、相談されて意見しただけ。共犯と呼べるほど関わってないから、警備隊も強く出られなかった」
警備隊も、薄い根拠で貴族を相手にして強気には出られない。彼等の多くは爵位を持たない貴族籍の三男、四男。せいぜいが騎士爵くらいまでなので、職責を超えてこの件を捜査するには身分が足りない。
それに、今回程度の関わりでは、お父様が出張ったとしても、ドライア伯爵家の責任追及は難しい。
「唆したのは間違いないんでしょうけど、白を切られると、どうにもなりませんね」
「うん。ドライア令息とは一面識しかないから、恨まれる覚えはないし、家同士も接点は少ない。正直、動機に見当が付かなかったけど―――第3王子の意向があるなら、話が変わるよね」
この間、虚仮にしたところだからね。
「その仕返しとして、お嬢様を襲うように仕向けるなんて、行き過ぎではありませんか?」
「面目を潰した訳じゃないけど、周りにイエスマンばかり置いてるなら、さぞかし衝撃だったんじゃない?」
「実は、あの後、周囲の反応が変わってきているんです」
オーレリアが言うには、私が最短で講師試験を受けた事が広がって、第3王子には見る目がないと、さらに立場を無くしてしまっているらしい。それに、私がやり込めてしまったものだから、第3王子を軽視するような発言まであるとか。
で、そのヘイトは私に向かう訳か。
いなくなってしまえばいい、と。
行き過ぎだろうと、突き通せる立場の人だからね。
今のところ接触はないけれど、第1,2王子側にノースマークが付くのは拙いから、今の内に私を排除したい、なんて思惑もあるかもね。
「それに、騎士教練の試験も受けましたよね?」
「もう、1ヶ月くらい前になるかな」
「その時に強化魔法を使いこなしていた様子が知られて、文武共にレティの実績を疑う者はいません。私と自主訓練しているところも隠していませんから、なおさらです」
あー、試験の連続で頭が沸いてて、オーレリアの誘いに飛びついたヤツね。息抜きが嬉しくて、ラバースーツ魔法の加減を間違えた時だ。
「それも噂になってますから、私がレティの護衛だとまだ思っている人は減ってきています」
誤解でオーレリアに迷惑が掛かってないなら良かったよ。
「その噂を、先日の輩は知らなかった訳ですから、情報操作されていたのでしょうか?元々素行が悪くて浮いていたそうですから、お嬢様の噂から隔離するのは難しくなさそうですよね」
男尊女卑がまかり通る世界だし、私が強化魔法を使うと知っても、女性に負ける筈は無いって思い込みで、襲撃は起きたかもね。特に主犯の2人とか。
「それができるのは、比較的身近にいた者、だよね」
つまり、第3王子の息がかかった可能性が高いトリス・ドライア伯爵令息。
「明確な証拠がある訳じゃないけど、そんなに間違っていないと思う。フランは覚えているでしょう、襲撃に加わった11人以外に、近くに2人いた事」
「……そう、でした」
フランの索敵に間違いはない。
はじめは見張りだろうと思っていたけど、捕まった連中からそんな話は出ていない。警備隊にも確認したけど、駆け付けた際には見当たらなかったと聞いた。
「逃げただけなら、事情聴取で名前が挙がった筈だよね。それがないなら、連中は離れていた2人を知らなかった」
「前後に分かれていた襲撃犯の、それぞれ一定の後方に控えていましたから、偶然居合わせた可能性は低いと思います」
残念ながら視界に入ってこなかったから、後に回して他を片付けている間に消えていた。捕まえて尋問しておけば、今こうして悩まずに済んだのにね。
「あの2人が何の為にって考えたら、まあ、襲撃を見届ける為だよね」
「唆した本人か、顛末を報告する人間、ですよね。暴れるお嬢様をどこまで確認できたかは分かりませんが」
まあ、ラバースーツ魔法開放状態の私を見たら、普通はすぐ逃げるよね。
王子本人が確認に来るとは思えないから、代わりに人を遣ったとか、あり得そう。
結局、私1人であっさり解決してしまったから、これも噂になって、王子の立場はまた狭まるんだろうけど。
これで諦めてくれたらいいけど、力尽くが駄目なら、別の方法を考えるとかしそうなんだよね。
物理的に私をどうにかできるとは思えないけど、後ろに王子がいるなら、権力的には向こうが有利なんだよね。愚かではあったけど、しっかり教育は受けているからバカではない筈。思い通りにならなかった事が少ないだろうから、その分諦めも悪そう。
あんまり面倒な事にならないと、いいな。
誤字報告を頂きました。
見落としを見つけてくださって、ありがとうございました。
細かい点も気になるタイプなので、嬉しかったです。
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