収穫祭へ向けて
カミンとエノクに武道大会への出場を勧めたからって訳でもないだろうけど、オーレリアの鍛錬が激しくなった。当然、オーレリアも参加する予定なので調整って意味もあるんだと思う。
付き合うのがちょっと大変になって来たよね。
オーレリアと違って、私に強化願望はない。彼女に付き合うのは自己啓発って意味合いが強いから、勝ちにこだわる理由もない。
とは言え、負けてばっかりも面白くないので、つい模擬戦には力が入ってしまう。
こういった時間も案外無駄にならないもので、オーレリアに対抗しようと小手先の魔法で技術的な幅が広がった分、魔法への理解も深まった気がしてる。
先日の存在を隠す魔道具も、元を辿ると訓練中の思い付きだったりね。実際にぶっつけで試した時は、私を認識し損なったオーレリアが直感で繰り出した一撃のおかげで、酷い目に遭った訳だけども。
鍛錬の後は試した魔法の結果を簡単にメモして、汗を流す。
領主邸の一角には温泉が湧いている。頑張って掘ったよ。
更にマジックミラー的魔道具の向こうには大海原が広がる。私がこだわった最高のロケーションを毎日独り占めできる。
「あー…………っ、幸せ~」
たっぷり身体を苛めた後の、この極楽がなかったらここまで鍛錬を続けられなかったかもね。
「確かに思い切り疲れた後、この絶景に浸れるのは贅沢ですよね。温泉にこだわるレティの気持ちも、少しだけ分かる気がします」
「だよね、だよね! この時期って気温が高いから湯気で室内が曇りにくいおかげで遠くまで見通せるし、個人の温泉だから温度を低めに調整して長湯が楽しめるし、内湯だけど魔道具でいい感じに風を入れられるし、汗をいっぱいかくから冷たい飲み物が染みわたるし、ミネラルたっぷりだからお肌にもいいんだよね!」
「……ごめんなさい、本当に少しだけです。私、レティの境地にはとても辿り着ける気がしません」
むう。
お風呂場でまとわりつくのは諦めてくれたのに、温泉愛の布教は捗ってないね。
あれだけ鍛えている割にあちこちやわやわなオーレリアを堪能できるなら、まあ、いいかな。
この世界、一定以上の鍛錬は筋肉じゃなくて魔法力を高めてるんじゃないかって思ってる。
体力を消費するのは運動も魔法も同じで、筋力を鍛えて強化魔法の効果を底上げするのも、魔力制御を洗練させて強化倍率を上げるのも、結果的に変わらない。身体を動かす事で魔力を効果的に伝達する方法を理解して、強化状態を体感する事でワンランク上の動きを身体に染み込ませる。どちらも大事で、どちらも切り離せないって事にはなっている。
そうは言ってもオーレリアみたいに人外領域に踏み入れるなら、魔法の割合が大部分を占めるんじゃないかな。
結果、奇跡みたいなプロポーションが完成してる。
顔に幼さは残るものの、身体つきはほとんど成熟したと思ってる。見て良し、触って良しの逸材だよね。
私?
魔法にほとんど全振りだから、筋肉なんてつかないよ。ラバースーツ魔法の強弱で完結するから、運動量に反して消費カロリーは少なめなんだよね。胸部に脂肪もつかないけどさ。
オーレリアによると、完全術師タイプなのに近接も苦手としないってかなり特殊な例らしい。今世的に特異個体だって自覚くらいはあるよ。
それはそうと、できるならこのままやわやわオーレリアを堪能しつつ、ふやけるくらいに温泉へ浸かってたい気もするものの、今日も予定が詰まっている。自分の家に温泉があっても、心行くまで楽しむってのは難しいね。
「レティはやっぱり今年も参加しないんですか?」
冷水で温泉水を洗い流しながら、オーレリアが問いかけてくる。
最近の彼女の関心事を考えるなら、何が? なんて聞き返す必要もない。王都の収穫祭で行われる武道大会についてに決まってる。去年は戦勝式典の直前でそれどころじゃなかった事もあって、今年は意気込みが違うみたい。
「うん。……と言うか、忘れてるみたいだけど、私って領地で収穫祭を取り仕切る立場だからね。流石に王都に行ってる暇とかないよ」
「あ」
楽しみにし過ぎて、頭から完全に抜け落ちてたって感じだね。
お隣のノーラは勿論、正式に次代継承が決まったキャシーも今年は忙しいんじゃないかな? それからウォズにはたっぷり手伝ってもらわないと、多分業務が回らない。
飛行列車があるから日帰りできなくはないと言っても、領地の慶事に私が不在は現実的じゃないよね。
「ごめんなさい、すっかり忘れてました。領地の事は兄に任せきりなので、どうにも疎いんです」
「つい1年前までは私もそんな感じだったし、仕方ないんじゃない?」
水を差す気はないけれど、連日テストに明け暮れてるカミンも難しいんじゃないかって思ってる。もっともあの子の場合は、オーレリアの為ならって時間をもぎ取るかもね。
「私の場合、どうしたものかって未だ悩んでるから、今年は応援も行けそうにないよ。頑張って来てね」
「収穫祭、ですよね? 何を悩む事があるんです?」
「普通、領都で派手に執り行うよね?」
「そうですね。村単位、町単位の場合もありますけれど、一番盛り上がるのは領都の筈です。王都の収穫祭だって、直轄地の中心な訳ですから」
領地の責任者が代表となって神様に感謝して、豊作を祝う。
村や町で別個に行う場合は補助金と祝いのお酒を贈る。新年祭の頃はまだ余裕がなくて、全体をこれで済ませた。
「コキオって研究を産業にする予定で、しかも運用が始まったばかりだから、どうも収穫祭って雰囲気じゃないんだよね」
「……言われてみれば、コキオの収穫物ってキミア巨樹の魔石くらいですよね」
「他の領地に比べて異色が過ぎるよ。入植し始めたばかりだから土地は空いてるけど、このままだと盛り上がりに欠ける気がする。当面は別の街を主舞台にした方が良いのかなって……」
ただし、開催地を変えてしまうと、後々コキオに戻し辛いんじゃって不安も残る。
似た状態にあるのはエッケンシュタインもだけれど、あっちはこれまでのノウハウがあるのでそれをなぞればいい。物流の中心って機能は生きていたから恰好は付くんだよね。
食料自給率はまだ低いから、デイジーさんから大量の食材を購入してた。1年の実りを神様へ感謝すると同時に、ノーラが領民を労うって形にするみたい。
エッケンシュタインの財政はまだ厳しいけれど、鑑定で稼いだ彼女の個人資産はかなりのものなんだよね。苦境に耐えてきた領民への感謝を込めて、お祭りの費用はノーラが賄うらしい。
案外ノーラがしっかりしているのもあって、私の領地はどうするべきだろうって考えてしまう。労いの気持ちは私にもあるから、適当なものにはしたくない。
「レティの場合、いっそ異色を突き詰めてみたらどうですか?」
うん?
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