カミンとエノク
私達研究室の面々は、人前に出れば誰もが注目を浴びる状況になっている。飛行列車の開発者として国中で知らない人間がいなくなったキャシーは勿論、ノーラもガノーア子爵との一件で名を馳せた。
領民を虐殺した非道貴族に対して毅然と措置を講じた事で、エッケンシュタイン元伯爵の悪名を拭いつつある。日に日に領地が復興に向かっている事も拍車をかけていると思う。
南ノースマークを貴族や商人が訪れる際、飛行列車でコールシュミットへ向かい、エッケンシュタインを通ってコキオに入るって道程が一般的だった為、荒廃していた旧エッケンシュタインの印象も更新されている。
コキオへの直行便が運行し始めた今では、コキオ見学後にエッケンシュタインへ向かう流れもできているくらいだから、それだけ状況は変わってる。
領都アルベルダにある大図書館も有名になりつつあるしね。年明けすぐに建造した図書館は、その蔵書量と初代導師が残した希少な研究記録を自由に閲覧できると、連日来場者数を更新している。稀覯本は密かに複製品なのだけども。
そんな彼女達だから、休憩の為には避難場所が必要になる。トイレに逃げたり控室で休んだりより、今日は魔道具の効果範囲内が楽だとやって来る。
「で、レティ様は何で死んでるんですか?」
「……ちょっと繊細な部分をカミン君に抉られまして」
「あー、もしかして婚約相手が見つからないとか、そう言う話ですか?」
「げふっ!」
「あ、当たった」
グリットさんと順調なキャシーに、私の痛みが伝わる訳なかったよ。
「止めを刺そうとしないでください。レティはこの後、カミン君と仲がいいんだと学院生に知らせる役割があるんですから」
「姉弟仲が悪いせいで遠く離れた南ノースマークが拝領地になったんじゃないかとか、侯爵がカミン様を溺愛して家を継げる見込みがないからレティ様は外で功績を重ねたんだろうとか、勝手な噂が一部で広まってますからね」
「そうなんだよねー。まだ噂で済んでいる段階で、芽は摘み取っておかないと」
「あ、生き返った」
一番はカミンを愛でる事に違いないけど、くだらない噂の払拭も歓迎式典出席の大きな理由ではある。
「証拠も根拠もないのに、噂だけ信じて行動してしまう困った人もいますからね。早期の対処は大事です」
「私のところまでわざわざやって来て、ある事ない事吹き込んでカミンと対立させようとする馬鹿が湧いて出る前に、きっちり釘を刺しとかないとね」
「あははー、間違いなく大変な事になっちゃいますからね」
うん。
無事で帰せるとは思えない。
私とカミンの仲を裂こうなんて愚か者、生きてる価値あるとは思えないよ。
「予定としては、カミンが一通り挨拶を受けた後、気の合った子達とひと息ついているところへ私が出て行って、楽しく歓談するって流れかな」
「レティが魔道具の効果範囲から出れば嫌でも注目されるでしょうから、ほとんどの学院生に伝わりますね」
そんな感じで段取りを確認していると、知った顔がカミンの前に立った。
「初めまして、カーマイン・ノースマーク様。君の姉君にはいろいろな意味でお世話になっている。卒業後、アモントン公爵として帝国へ戻る予定のイーノックだ。将来的な事を考えるなら、君とも縁を繋いでおきたい」
エノクは下級貴族に混じってやって来た。
将来の帝国公爵とは言え、あくまでも予定で今は元皇子って肩書しかない。挨拶は基本身分順、現状では確かな地位を持たないので、上級貴族に混じるのは遠慮したみたい。下級貴族枠なら有力商家が混じる事も珍しくないし、敗戦国出身者としての遠慮を感じる。
2年前、王国の流儀を慮ろうともしなかった彼を知ってると、随分変わったものだと感心するよ。
ちなみに、情報を搾り取る目的で王都邸へ引き摺っていった事もあったけど、ほとんど監禁状態だったからカミンとは顔を合わせていない。扱いを察したカミンも関わろうとしなかった。
「ああ、貴方が帝国皇族の生き残りですか。生き汚く足搔いた結果、戦後処理から免れたそうですね。姉様からも聞いていますよ、とてもとても諦めが悪いのだと」
カミンが吃驚するくらい冷たい声でエノクへ返す。
誠意を見せようとしたエノクの思惑をぶった切ったものだから、2人の間に一瞬で火花が散った。
「カミン様ったら、いきなり喧嘩腰ですね。ノースマークの一族って、ここでエノクと睨み合う慣習でもあるんですか?」
「レティが嫌いな相手は、カミン君も嫌いって意思表示でしょうか?」
「とりあえず、オーレリアが考えてるみたいな微笑ましい理由じゃないと思うよ……」
あんなカミン見たの、私を排除してカミンが侯爵家を継ぐ道筋をつけようと企んだ側近を排除した時くらいかな。普段と印象が違ってカッコいいんだよね。
ダークサイドカミンって感じも、私は大歓迎です。
「亡命してまで、みっともなく生きる事にしがみついた自覚はあるよ。けれど、母国の為にできる事が残っているなら、どれだけ見苦しかろうと足搔く事を恥だとは思わない。今の僕にとって、諦めが悪いは誉め言葉だね」
「そちらではありません。国に尽くす姿勢を貶すなんてしませんよ。そうして故国の事だけを考えていればいいのに、縁が完全に切れた今でも花に集る虫がいるって話です。ええ、諦めが悪いのは貴重な才能ですから、どうぞ自国へ戻って発揮してください」
「……」
「……」
「それは、君も女神に想いを寄せていると言う意味かな?」
「一緒にしないでください。彼女は姉の親友で、以前から僕とも交流があるのです。模擬戦で蹴散らされる時くらいしか接点のない貴方とは違います」
「弟としてしか見られていない、なんて無様でない事を祈るよ」
「……」
「……」
侯爵令息と元が付くけど帝国皇子、一触即発の様子に会場中が沈黙した。
困った事に、両者とも子供の喧嘩で片付けられる立場にない。
ここで直接衝突したりしないだろうってくらいには信用してる。ただし、遺恨に面白おかしく介入する子息令嬢が出た場合、私とカミンの仲がどうこうって以上に話がこじれるよね。
世間の帝国への感情は微妙なところにある。占領しなかった事、属国扱いしなかった事に納得できなくて、攻め入った私が甘かったせいだって非難する声も残る。そこへ来てカミンとエノクが対立すると、ノースマークは帝国の扱いに不満があると捉えられかねない。
―――パン、パン!
魔道具の効果範囲から出ると、私は手を叩いて注目を集めた。
こんなの、予定を早めて介入するしかないよね。
「はいはい、そこまで。晴れの舞台で喧嘩しない。貴方達の気持ちにきちんと寄り添える人ばかりじゃないんだから、大勢の前で諍いの種を撒かないで」
「……でも、姉様」
「煽ったのはカミンなんだから、貴方から矛を収めなさい」
カミンらしくもないって言葉は飲み込んだ。恋愛ってこうも冷静さを取り払ってしまうものなのかな?
お姉ちゃん、経験ないから分かんないよ。
「エノクがどうしようもないのは今日に始まった話じゃないんだから、適当に流すくらいじゃないと疲れるよ」
「……おい」
「エノクも、大人げないって知ってる? 新入生の無礼を軽く流すくらいの度量を持たないと、これから飛び込む海千山千の猛者の相手なんてとても務まらないよ」
「……」
「……」
「白黒はっきりさせたいなら、今度の武道大会で決着をつけるのはどうです?」
今一躊躇いが残る様子の2人へ、原因って自覚のないオーレリアが冷や水をぶっかけた。
色恋に鈍いのは知ってるけども、もう少し配慮してほしいところではあるよね。
「僕は、変な仮面を被って無様を晒すのはご免ですね」
「それなら、素顔のまま敗北の醜態を晒すといい」
「……何なら私が相手になろうか?」
「こんな人前で相応しい態度ではありませんでした、ごめんなさい」
「僕も大人げなかった、申し訳ない」
私が強制的に決着させてあげようかって提案すると、2人は揃って頭を下げた。効果覿面だね。
でもって、目をキラキラさせてるオーレリアには言ってないからね。
力関係をはっきりさせたからなのか、周囲の興味も散っていった。
面倒な事態は避けられたみたい。
これ、予定とは大きく違ったけど当初の目的は達成できたかな。
エノクが誰に好意を寄せてるかなんて、学院中誰でも知ってる。そのエノクに噛み付いたカミンの想いの方向も、どうしたって想像は難くない。(当事者を除く)
カミンがオーレリアとの婚約を望むなら、彼女の親友である私と不仲だなんてあり得ない。必然、つまんない噂は駆逐されるね。
ノースマーク侯爵候補が戦征伯令嬢を狙ってるって噂で上書きされるとも言う。中立派の基柱がこれまで以上に結びつくなら、身の振り方を考える貴族も多いと思う。当面、他へ気を回してる場合じゃなくなるだろうね。
けれど大きな問題として、エノクを見習えとは引っ繰り返っても言わないにしても、カミンはオーレリアにはっきり気持ちを伝えておかないと、この関係って動かないんじゃないかな?
伯爵に許可を貰うとか、周囲への根回し以上に難題だよ。
どうしたものだろうね。
ところで、しばらくして私に猛獣使いって異名が増えた。
誰かな?
可愛い私のカミンを獣扱いしたの。
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