閑話 良薬で毒薬
国王視点、最後です。
あーでもない、こーでもないと何度も書き直しました。モノローグ無しでレティを喋らせるのは難しいです……(汗)
スカーレット・ノースマーク侯爵令嬢。
暗殺事件があった為、その存在は早い段階で知っていた。しかし、専門家に命を狙われて何故生還できたのかと言う点まで深く関心を持っていなかった。ノースマークの子なのだからいずれ頭角を現すだろうとは思っていても、その時点では私にとっていち令嬢でしかなかった。
ガントを担ぎ上げた者達が婚姻による繋がりを画策していたが、私が策を講じる事はなかった。侯爵の出方と令嬢の対応を見定めようと思っていた。
ただし、無関心でいられたのは本当に僅かな間だけだった。学院生である間にゆっくり見定めようなど、酷い誤りだった。
何しろ、初手から激震が走った。
軍の要であるカロネイア、第1王子派の重鎮キッシュナー、経済界を牽引するビーゲール商会の子息令嬢を束ねて研究室を設立すると言う。
どんな企みがあるのかと、誰もが警戒した。
この時点でアドは警告を選び、ノイアは静観に徹した。
ただ彼女自身は善人で、国をどうこうしようといった野心も悪意もない。むしろ、貴族として模範的と言っていい。
警告の為にと呼んだアドが気を許してしまった事も責められない。
そのせいで余計に危機感を募らせて暗殺に踏み切ったファーミールの行動も、独断であった事と手段の拙さを除けば理解できなくもない。ファーミールは己可愛さからの蛮行だったようだが、国へ悪影響を与える事態なら、早い段階で芽を摘み取る決断も時には必要なのだ。
調査の結果、魔道具を作るくらいなら周囲への影響も小さいだろうと私も静観する事にしたのだが、城下の奇跡が噂になって、すぐにそうも言っていられなくなった。
しかも、快進撃はまだまだ続く。
大火の際には更に奇跡じみた救助活動で名を馳せた。
領民の生活領域を増やせるかもしれないと、狭域化技術には国中の貴族が注目した。
エッケンシュタインの令嬢を取り込んだかと思えば希少な魔眼所持者だった。
呪詛に危機感を覚えた結果、虚属性と言う更に発展させた技術の研究を願い出てきた。
収穫祭で空を飛び、大軍ごと空路を行く飛行列車を生み出した。
あわや帝国侵攻の切っ掛けになるかと思ったダンジョン化事件では、ワーフェル山ごと帝国の企みを消滅させた。
遂に決断した帝国との開戦は、僅か3日で決着した。
そして、伝説の金属発見の慶事に際しては、聖剣の制作者として歴史に名を刻んだ。
今や、誰もが注目し、それ以上に警戒している。
彼女の働き次第で国の未来が変わる。
しかも魔導士級の魔法使いと判明してしまったせいで排除も難しい。更に今回の報告によると、諜報部の暗殺部隊すら退けたと言う話なので、殺害はおそらく不可能だろう。
そして恩恵は大きいものだから、ある者はおもねり、ある者は彼女の人となりが理解できずに反発する。
私も友誼を結べていなかったなら、彼女の扱いに困っていただろう。実際に会って話してみなければ、理解が追い付かない部分が多い。
更に、彼女が女性である事も混乱に一役買っている。今は中立派に属していても、嫁ぎ先次第では立場が変わるのだ。しかも、未だ婚約者を明らかにしていない。ノースマーク侯爵の教育に忠実なら、中立派の中で縁を繋いで影響を抑えると思うのだが、真相は諜報部でも追えなかった。
彼女の動静に監視を割かざるを得ない。
第1王子派は戦争支持から領地振興へ舵を切り、目的であった戦争で手柄を得られないまま決着となった。
第2王子派は警戒を強め、反面まとまりのなさが露呈した。ノイアに認められた才覚を過信し、個々に暴走を始めてしまった。どちらかの王子妃として君臨するのではないかと、最も警戒していたのが彼等だろう。
ガントを担ぎ上げた勢力は壊滅。
中立派にはスカーレット派とでも言うべき勢力が誕生した。
彼女は無自覚なまま、派閥間の対立構造へヒビを入れたのだ。
王位争いの先を見据え、対帝国の大義で派閥を超えて貴族を繋ごうとしたアドの目論見も、戦争が3日で終わっては成立しない。開戦前の根回しもほとんどが無駄になった。
王国の犠牲は最小限に敵国を圧倒したのだから歓迎すべきだったのは間違いない。ただし政治的には頭を抱えた。
その結果として、私が決断を下す前に、王位争いはほとんど決着状態になってしまった。
一部の貴族は王家よりノースマーク子爵との結び付きを望んでいるほどだった。想定していた集権化は叶わず、私の思惑は大きく崩れたと言っていい。
今回の事件が明るみとなれば、更に人心は王家から離れるだろう。
とは言え、一連の影響をノースマーク子爵の責任だと問うのは、生まれてきたのが悪いと詰め寄るのに等しい。おまけに、彼女の発明品から恩恵はたっぷりと受けている。不利益だけ受け付けられないと言うのは道理が通らない。
「途中までは上手く運んでいると思っていた。だが、小さな見落としから目を逸らせていただけなのだろうな。これから起こる王家への反発にしても、甘んじるより他なかろう」
「陛下は少し深刻に事態を捉え過ぎではないですか?」
「……そうは言っても、ジローシアは死に、ハミック伯爵には濡れ衣を着せたのだ。誹りは免れまい」
「私は王家と繋がりを得る事を拒否した人間です」
「うん?」
イローナから経緯は聞いている。
しかし、話が繋がっていない気がして戸惑ってしまった。
「継承者を決定する明確な基準を設定しておくべきかもしれません。王位争いが手段であったなら、あらかじめ脚本を用意して見せかけであっても良かったでしょう。ですが、結果が出た後でなら何とでも言えるのです。自ら国政から離れた私に、陛下の決断の良し悪しを評価する資格があるとは思いません。勿論、何ら責任を負う事なく囀る貴族諸侯も同じです。遠く離れた場所から批判するだけの貴族の言い分など、もっと稚拙であるかもしれません」
「だから気にするな、相手にするなと? ジローシアの件にしろ、ハミック伯爵の件にしろ、王家の失態は明らかだ。責任から逃れる訳にはゆくまい」
「向き合うなと言っている訳ではありませんよ。ですが、諸侯の支持が得られなかった陛下の即位時とは状況が違います。各侯爵家は勿論、この十余年の陛下の治世を肯定する貴族も多く居ます」
確かに、戦争の傷跡深かったリデュース周辺の支持は得ている。逆境にあって舵取りを間違えなかったと、評価を一新した貴族もいるだろう。
「正当な諫言ならともかく、粗探しを目的とした非難なんて聞くだけ無駄ではありませんか。きちんと陛下の実績と向き合う貴族へ目を向けてください。施策自体が初めから間違っていたならともかく、意義のある政策で想定していた成果が得られなかったからと彼等が見限る事はないでしょう。陛下の役割は政策に関して責任を負う事であって、完璧を保証する事ではないのですから」
「だが、今回の失態は大きい。見限るほどでなくとも様子見に転じる者はいるだろうし、ここぞとばかりに不満を噴出させる者も出る。諸侯の意見を聞き入れない姿勢は不信を招いてしまうだろう。これ以上、王家の基盤を揺るがせたくはないのだ」
「苦情と苦言は違うものです。苦言を上手く聞き入れて、耳を傾ける姿勢はあると示せばいいではないですか。むしろ、益体もない苦情を垂れ流す貴族を分別する機会でもあります」
「逆境を利用しろと言うのか? 其方、なかなか強かだな」
「聖女などと呼ばれていても、あくまで成果が上手く嵌まっただけですからね。基本的には効率主義だと思っています」
知っている。
そうでなければエッケンシュタイン次期子爵の実績稼ぎの為に戦争へ参加し、試作魔道具の性能を実戦で確かめ、魔力波通信機の有用性を実証し、示威行動のついでと墳炎龍の素材を得、面倒だからと3日で終わらせようとは考えない。
彼女が利を得る為だけの戦争のようだった。
「……そうだな。少し後ろ向きになり過ぎていたかもしれん。時には其方を見習うとしよう」
「それが宜しいかと。ついでに、私が騎士団本部を強襲してヴィルゲロット団長を捕らえてくると言うのはどうでしょう? 騎士の訓戒になりますし、私が陛下側だと示す事も出来ますよ」
ああ、彼女にとって騎士の暴走はその程度の事なのだな。
気に入らないから派手に叩き潰す、なるほど単純だ。
その先、騎士の是正は私の仕事だが、王都どころか自分達の拠点も守れないと無力さを刷り込んでおけば、改革も楽になるだろう。忠誠を履き違えた者達など全て挿げ替えても構わない。
防衛力の低下は避けられないが、幸い騎士の出動が必須となる状況にない。
「それから、一部の貴族の不満はアノイアス様に押し付けてしまえばどうです? アドラクシア様は被害者側ですし、非難に晒される事もないでしょう。アノイアス様は都市間交通網整備計画で寄港地から漏れた貴族の不満も上手く捌いていましたので、こういった対応も得意だと思いますよ」
「ノイアは当事者に違いないが、なかなか悪辣な事を考えるな」
「本来なら彼が解明しなくてはならなかった事件です。向き合う事も必要でしょう。失意で引き籠っているより、多少の悪意に晒されたくらいの方が前向きになれるかもしれません。隠遁させるつもりはないのですよね?」
「アドの心情次第だろうがな。ノイアにまでわだかまりを残す事もあり得る」
「殿下がそこまで狭量なら、背を叩いて喝を入れるだけですね。イローナ様に叱ってもらえばすぐですよ」
ノースマーク子爵の喝は苛烈そうなので、一応傷心のアドに喝を入れる役はイローナであってほしいと思う。継承者はアドしかいない以上、それでも腑抜けているようならノースマーク子爵に頼むのも止む無しだが。
「ふむ、友人だった女性からの折角の助言だ。参考にさせてもらおう」
「そうしていただけるなら光栄です。私は無責任に口を挟んだだけで、責任を負うつもりはありませんから」
「ああ、それは余の役目だ。反省はあっても、後悔に囚われるなどあってはならない。今回の件は忘れてはならない戒めとして、この先の国家運営を見直させてもらおう」
「ええ、アドラクシア様が立太子するとしても、王位継承はすぐの事にはなりません。陛下にはまだまだ辣腕を振るっていただきたいと思っています。勿論、私も臣下としてできる限りの協力は惜しみません」
「うむ。頼りにしている。……そうは言っても、なるべく領地に籠っていたいと考えていそうではあるがな」
「……否定はしません」
彼女は劇薬だ。
扱い方次第で良薬にも毒薬にも変わる。どちらの効果も絶大だった。扱いにくい対象には違いないが、用法を守るも破るも使用者側、為政者の責任だ。
今後、彼女を制御しきれるか否か、これからの私とアドの治世はそこが肝所となるだろう。
「それから、友人としてと言う訳には参りませんが、私には陛下への報告義務があります。頻繁にとは参りませんが、王都に寄ったついでに義務を消化するくらいならできると思っています。その際、助言もいただけるなら嬉しいですね」
「そう、だな。その機会を楽しみにさせてもらおう」
スカーレットさんとジョンおじさんとしての関係は戻らない。
それでもいち令嬢でしかなかった以前とは違い、子爵となった彼女は私への面会資格がある。新しい関係を築く事もできる筈だ。
少女に背を押されたなどと他では言えないが、立ち止まるには早過ぎる。何より、友人であった彼女に恥じない国家運営を目指そう。彼女はこうして、まだまだ国を任せてくれているのだから。
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