閑話 王位争いの真意
引き続き国王視点です。
思えば後悔ばかりが浮かんでくる。
戦後の復興こそ成ったが、未だ多くの貴族諸侯は愚かなままだ。
全ては私の力量不足だろう。
兄が生きてさえいてくれればと、何度思ったか分からない。
そして、ここに来てまた、私の過ちが露呈してしまった。凶行はファーミール自身の罪だが、彼女を王族に迎え入れた責任、更に彼女を突き動かした根幹が王位争いにあると言う事実からは逃げられない。
「ノースマーク子爵、其方の所感を聞かせてほしい。アドとノイアの王位争い、もっと早くに決着させるべきだったと思うか?」
「それは……、まあ、そうですね。王太子が決まっていたなら、ジローシア様の事件は起きなかったかもしれません。そもそも、必要な王位争いだったのですか?」
質問の意図が掴み切れなかったのだろうノースマーク子爵は、きょとんと首を傾げながらも発言に遠慮はなかった。
耳には痛いが、彼女のこういうところが私は気に入っている。
「私も当初は、戦争への強硬な姿勢を見せるアドラクシア殿下を警戒していました。しかし、話してみれば戦争を安易に捉えている訳ではありませんでしたし、帝国の状況を鑑みれば避けられない選択だったとも思います。陛下もアノイアス様も、そうした帝国の状況を見越していたから軍拡の姿勢を緩めなかったのですよね?」
「そうだ。すぐにでも攻め込むか、ギリギリまで見極めて攻め込むか、万全に防備を整えて迎え撃つか、そのくらいしか選択肢はなかった。戦争思想を理由にアドの立太子を止めたのは方便に過ぎん」
帝国が再び侵攻してくるであろう事実は一部の者にとっては既知であっても、18年前の記憶は新しく、再侵攻の可能性に慄く国民は多かった。無用な混乱を抑える為にも、私が戦争を容認する姿勢は見せられなかった事情がある。
アドを矢面に立たせて、国の方針として軍拡を推し進める姿勢を隠してきた。むしろアドは、強硬派の暴発を抑える役目を負って来たのだ。
「立太子を見送った本当の理由は、王位争いをさせる為だった」
「国が割れる事を、陛下自身が望んだのですか?」
「そう言っても良い。必要な事だったと今でも思っている。後悔があるとすれば、終わらせる機会を見誤った、その一点だけだ」
「どうして、そんな事を?」
ノースマーク子爵の視線が鋭く、声がいくらか低くなる。
戸惑いより警戒が強い。私を見極めようとしているのが分かった。返答次第では彼女の信用を失うだろう。
「先程少し触れたが、私は即位の際、貴族の信任を得られなかった。4大侯爵家こそ臣従してくれたが、それ以外は酷いものだ。特に、歴史ある古参家ほど酷い。子供達が成人次第譲位しろ、そう言わんばかりの態度だった。成人後も騎士の訓練に混じり、薬草いじりに傾倒していた私には、彼等をまとめ上げるだけの力がなかったのだよ」
「ああ、だから思い違いした阿呆な貴族が多い訳ですか。戦争を一丸となって乗り越えたと言うのに、考えの足りない貴族が多いと気になっていたんですよ。なるほど、この十数年で益々増長した訳ですね」
ノースマーク子爵は小気味いいほどに遠慮がない。
だが実際間違ってはいない。
王威は貴族の信任あって成り立つ。
過去には初代国王から領地を預かった委任者達ではあるが、数が増え、長く土地を治めてきた現在では領地の管理者と民に認められている。そして、国土、国民を管理している彼等からの信用無くしては王たり得ない。
未だ爵位の剥奪など国王に強権も残っているが、濫用すれば反発は免れない。強権を振るうには正当性が必要となる。
衰えた王権、教育が足りず実績の乏しい新王、戦後復興に掛かり切りで諸侯へ目の届かない状況、戦火を免れた土地では戦争特需で未曽有の好景気、貴族が図に乗るには十分だった。
怠惰であった、王族である自覚が欠けていた過去の自分を何度悔やんだ事か……。
そんな状況にも関わらず、兄が死んだからと憔悴して早くに逝った先王へ恨み言を何度もこぼした。
「無論、余も手をこまねいていた訳ではない。復興に多大な資金を投入して被災貴族に恩を売り、4大貴族との繋がりを強めた。その甲斐あって、今の余に譲位を迫る声は大きくない。……諸侯は王位争いに夢中だったと言うのもあるがな」
「なるほど、お父様は逆に王家と距離を取り、外側から貴族をまとめる役だったのですね」
「そうだ。交易や事業で貴族を繋ぐのがノースマークとコールシュミットの役割だ。良識派を厚遇し、増長した貴族を諫める。本来は王家が果たすべき立場を担ってもらった」
どちらかと言うなら当時侯爵家だったエッケンシュタインもその立ち位置だったのだが、とても期待は持てなかった。実際、機能していない。
「そして、第1王子派、第2王子派、中立派、それぞれ侯爵家が管理した上で、王位争いを始めたのだ。貴族が望んだ王を次代に据える、その為に」
計画通り、次代の王に恩を売れると多くの貴族が飛びついた。傀儡にしようなどと不届きな貴族が出ないよう、派閥の頂点には侯爵家が君臨している。
「自分達が担ぎ上げた王子が王座に就くなら、彼等は王家に従う。敗北した側も、支持した王子が国に仕えればそれに倣う他ない―――そう言う訳ですか」
「ああ。それに、アドとノイアを競わせる意図もあった。2人は余の期待に応え、次々と改革案を打ち出してくれた。どちらも王に相応しいだけの実績を示してくれた」
確かな実績と貴族の支持を得て王となる。
それで、揺らいだ国の基盤を修正できる筈だった。
その為に、ファーミールとの結婚を強く望んだノイアを認めざるを得なかった。継承権より彼女を選ぼうとしたノイアを手放せなかった。王位争いを経なければ、正当に貴族の上に立つ王座を取り戻せない。当時はそう思っていた。
その思想に囚われていた時点で、歪みは生じていたのだろう。
「第3王子の立ち位置はどんなものだったのですか?」
「……ガントは、初めから兄達を補佐する目的で育てた。王位争いはアドとノイアで決着させる予定で、ガントを関わらせるつもりはなかったのだ。しかし、3派閥から漏れた最も愚かな勢力、時代の流れに乗り遅れた原理主義とでも言うべき者達の一部が、ガントを担ぎ上げようと画策した。その結果、自分達だけがガントの味方で、他は全て敵だと思い込むよう囲われてしまった。奴等は都合の良い傀儡が欲しかったのだ。幼少の折より取り込まれ、余が気付いた時には手遅れだった」
状況と職務に振り回され、父親としての役割りを果たせなかった。間違いなく私の罪だろう。
王位争いがなければ彼等の専横を許す事もなかった筈だ。……今更後悔が滲む。
気付いた時点で手遅れだからと、膿を出す役目としてノイアが利用したあたり、私は子供達の教育を間違えたと痛感した。
今回の騎士団長の暴走も、王位争いの弊害だったと思っている。
ノイアは実力主義での派閥形成を選んだ。能力があるなら登用を躊躇わない。貴族の意識改革と身分に囚われない国家運営を目指して信奉者を集めた。
しかし、王位に近い位置にいるノイアが直接勧誘に回ったせいで、自分の理想がノイアの理想だと誤解を招いた。次期国王に重用されたのだから自分は偉いのだと、派閥の一部が慢心した。危うさに気付いたノイアも調整に腐心していたのだが、憧れなのか妄信なのか、判別は難しく対応は遅れた。
優秀だった筈の人材が、将来的な王の側近と言う立場に目が眩んだのだ。
「話を聞く限り、どちらの殿下にも失点があった訳ではないのですよね? どうして早い時点で王太子を指名しなかったのです? 争いが決着すれば、改革も円滑に進んだのではないでしょうか?」
「その通りだろう。返す言葉もない。王位争い自体が目的であって、どちらが勝利しても構わなかった。だから、愚かにも明確な決着まで見守ろうと決断を先送りしまったのだ。判断を下す立場にありながら、迷ってしまった」
今更言い訳にしかならないが、こんな筈ではなかったのだ。
アドとノイアはもっとじっくり争った後、穏便に決着するだろうと、私だけではなく宰相や侯爵家の当主達も考えていた。ノイアの妄信者達も、徐々に教育し直せば済む筈だった。
しかし、1人の女の子の登場で、事態は大きく動く。
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