表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大魔導士と呼ばれた侯爵令嬢 世界が汚いので掃除していただけなんですけど… 【書籍2巻&コミックス1巻発売中!】   作者: K1you
王位決着編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

353/690

閑話 レティのけじめ

今回はディーデリック国王陛下視点となります。

時系列は少し巻き戻って事件解決前、レティが国王にだけ真相を明かした時点となります。

 スカーレットさんが来城していると報告を受けた。

 謁見の予定はない。


 息子達の誰かに報告があって来たのか、何か別件か、どちらにせよ丁度私の手は空いていた。


 私は宰相に1時間程度席を外すと告げて私室へ向かった。

 即位以来、公私に渡って支えてくれた宰相は仕方がなさそうに頷く。最近は忙しく、スカーレットさんが登城しても私的な面会は叶わない期間が半年以上に達している。偶の息抜きくらいはと大目に見てくれるらしい。


 私室へ引っ込んだ私は重い権威ごと礼服を脱ぎ捨てる。いつも思うが、黒地に金の刺繍入りの服は私に重過ぎる。実際、布の量が富の象徴だった名残のまま、物理的にも重いのだが。

 白のシャツに黒の上下着と身軽な格好になり、髪を後ろへ撫でつける。生え際が後退していない事に今日も安心しながら、最後に()()()()、伊達眼鏡を装着した。


 鏡の向こうには威厳の乏しい紳士が映る。

 18年前兄が死んで以来、お忍びで城下に向かう事もなくなったため、この格好が私であると知る者も既にいない。宰相や一部の側近、長く仕えて信頼の厚い者達には、城内だけと目溢しをしてもらっている。


「さて、行こうか」


 事情を知る古株の近衛1人だけを連れて面談室へ向かう。


 元々、こうして城を歩くのは息抜きだった。図書館で気ままに本を読み、一般人の振りをして職員と閑談する。そうして割ける時間は多くない。せいぜい数ヶ月に一度、状況次第では1年を通して一度きりだった事もある。

 その憩いの時間が様変わりしたのは、1人の少女との出会いからだった。

 初めは様子見で接触し、いつの間にやらジョンおじさんなどと呼ばれ、おかしな友人関係を築いていた。


 部屋の前まで来ると、扉の前に立つ騎士と私の近衛が交渉して立哨役を変わってもらう。国王付きの近衛なのだから、その意向には逆らえない。中にいるのがスカーレットさん、今や国の要人である事も手伝って不審には映らない。権力の濫用だが許してもらおう。

 そうして人払いを済ませた後、扉をノックする。即位以来すっかり必要のなくなったこうした所作も、忍んだ状態ならではの心地良さを覚える。


 約束はしていない。

 本来の約束相手が来たなら、近衛が適当に時間を稼いでくれる手筈となっている。少しの間、薬師を目指していた昔の自分に戻って語らう。戦争以降、忙しさが増したため、実に半年ぶりの個人的な時間となる。


 けれど、想像していた語らいの時間は訪れなかった―――


「陛下へ内密にお願いしたい事があり、こうして待たせていただきました。正式な手続きを省いて申し訳ありませんが、少しお時間をいただけますか?」


 私の入室に気付いた()()()()()()()()は、両膝立ちとなり、深く頭を下げた。

 彼女が私の事を察していないなどと、淡い期待を抱いていた訳ではない。察した上で、知らない振りをしてくれているのだと甘えていた。あえて気付かなかった事にして、お互い気を遣わないようにとの配慮だったのだろう。


 立場に線を引いてしまった以上、元の関係には戻れない。

 名乗っていなかったから知らない振りが許されたのであって、お忍びであっても身分に即した配慮は必要になる。

 彼女のたった一礼で、スカーレットさん、ジョンおじさんなどと気安く友誼を結べる間柄ではなくなってしまった。


「このまま友人でいられると思っていたのは私だけだったのかな」


 喪失が受け入れ難くて、思わず未練がましい事を言ってしまう。


「そう言ってくださるのは光栄です。私にとっても陛下との語らいは発想を刺激され、時間を忘れて楽しめるものでした。恐れ多くも友人との意見交換だと大切に思っておりました」

「ならば何故?」

「けじめをつけなければならないと思ったからです。こうして陛下へ個人的な頼み事をする機会など、本来あってはなりません」


 入室の時点で、彼女は内密にと言った。

 国王が情報を秘して会うと言っても限界がある。宰相は勿論、アドやノイアと言った最低限の耳には入る。密会したという記録を残さなくてはいけない。

 そうした過程を飛ばす為に、彼女は私的な語らいの時間を利用した。その代償として、彼女にとっても有意義だった時間を諦めたのだと言う。


 今更私が、それはそれとして友人関係を続けようと言ったところで、命令にしかならない。最早、あの曖昧な関係は戻らない。


「……聞こう。一時的であっても、友人関係だった女の子の頼み事を無下にするほど狭量ではない」


 髭がないから恰好は付かないが、私も国王としての答えを返した。

 せめて眼鏡をはずして、王としての仮面を被る。


「ありがとうございます。ところで、本題に入る前に純粋な疑問なのですが、陛下の髭は魔道具なのですよね?」


 何となく覚悟を台無しにされた気がしたが、臣下として失礼と言うほどの質問ではないので答えておく。宰相達は知っている事だし、秘密を知った以上は最低限の情報開示も必要だろう。


「ああ。見ての通り、髪の色が赤と言うには発色が足りないのでな。赤の付け髭に視線誘導、軽い催眠の効果が付与してある。事情を知らずにあの髭が偽物だと気付くのは困難だ」

「なるほど、赤髪を初代国王の継承とする者が多いからですか?」

「そうだ。国王は赤髪でなければならないと信仰する者は未だ多い。特に余は臣籍降下する予定だった。兄が急死して他に選択肢がなかったとはいえ、余が国王では国が揺らぐと反発する声は大きかった。その者達を少しでも黙らせる為、小細工を弄したのだ」


 国を率いる教育が不足する私へ、赤毛でないのは王の資格がないからだと堂々と批判する者までいた。そうでなくても経験不足だった私の即位を不安視する声は多く、当時は王権で黙らせるほどの影響力もなかった。戦争の傷跡は色濃く、その責任を王家へ向ける者達もいた。小細工くらいしか手段がなかったのだ。


 納得したのか、失礼しましたとノースマーク子爵は仕切り直す。


「私がここへ来たのは、ジローシア様殺害の犯人が判明したからです」

「何!? 本当か?」


 この時、私の第一声は間違いなく喜びを含んでいた。

 直接的な救いにはならなくとも、少しでもアドの慰めになるだろうと父としての期待と、王族殺害の大罪を堂々誅罰し、国をまとめる一助にしようという思惑、これで多くが良い方向へ進むと喜んでしまった。


 しかし、続くノースマーク子爵の報告は、そんな愚かな思い違いを軽く吹き飛ばし、私に頭を抱えさせるには十分だった。


 騎士の暴走。

 仕組まれたハミック伯爵の冤罪。

 ファーミールの凶行。

 反社組織との昏い繋がり。


 成程、人を排して会おうとした訳だった。

 宰相なら王家を醜聞から守る為、ファーミールを秘密裏に消す事を考える。真犯人を裏で排除する以上、ハミック伯爵にはこのまま罪を引き受けてもらわなくてはならない。

 事情は話せば、アドもノイアも吞む他ないだろう。

 しかし、国を継ぐアドには澱みが残る。悔恨が、わだかまりが、判断を曇らせる事があるかもしれない。ノイアは隠遁し、表舞台に戻る事はきっとない。

 何より、そんな選択肢が上がった時点でノースマーク子爵の信用を失う。当然、ノースマーク侯爵も追随する。魔導士に不信を突きつけられた治世など考えたくはない。


「分かった。最後の証拠固めの為にファーミールの部屋の捜索、騎士団長の解任、捕縛を許可しよう。余はその間、城の人間を大議堂に集めて時間を稼げばよいのだな?」


 ……そう答える以外の選択肢などなかった。


 魔導士にして発展の象徴である彼女と反目するくらいなら、王族自ら醜聞を晴らした方がましだろう。

 利益を求めて多くの貴族が彼女へおもねり、王都にその恩恵はもたらされない。王家直轄地の過疎が進み、都市機能の中心は南ノースマークとなるだろう。最終的に形ばかりの国家元首に祭り上げられる。

 私の即位時の、貴族の支持が碌に得られなかった状況すら可愛く思える未来が容易に想像できた。


 結局、在位中に王家の威信を取り戻せなかった私の責任なのだろうな。

お読みいただきありがとうございます。

ブックマーク、評価で応援いただけると、やる気が漲ってきます。

今後も頑張りますので、宜しくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 宰相って王族の威光のために大魔お、じゃなくて、大魔道士様に立ち向かう人ですか。勇者ですか。掃除されちゃいますよ?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ