理想を叶えたいならそれに見合った労力が要るって話
学院が夏季休暇に入り夏が本格化してきた頃、私達は領都コキオの大会議室に集まっていた。
目の前には山となった書類が私達を迎えている。
その数、1,016。
研究都市を立ち上げるにあたって、最も重要な作業に私達は挑もうとしていた。
これらは全て、研究都市参入希望者の申請書になる。
王都や南ノースマーク周辺と言った一部地域だけで募るつもりはなかったから、コントレイルで王国中を回り、広く周知してもらった。募集期間は半年、参加資格の制限は設けなかった。
立場や実績に囚われず、真実探求の熱意を買いたいって私の理念を国中へ示した形となる。
その結果がこの量となった。
勿論、申請用の書式は用意した。研究概要、希望予算、将来性、派生研究、志望動機など、紙面3枚程度でまとめるよう手配してあった。ただし、添付した参考資料の量がえぐい。
冊子程度なら可愛いもので、論文として提出していいんじゃないかって分量のもの、取り留めなくアイディアを書き連ねているせいで大作小説並みの厚みとなったもの、数十年に渡って独自にまとめてきた成果をそのまま提出した結果、鈍器レベルの厚みを誇るもの、何処までも熱意そのものが伝わってくる。
参考資料の添付可。
募集要項のたった一文がこの恐ろしい事態を招いた。参考程度なのだから小冊子くらいにまとめてくれるよねって解釈判断を応募側に委ねた結果、これからこれら全てに目を通さなくてはいけないと言う惨憺たる状況に至った。
私が悪い?
うん、知ってる。
だけど、後悔は先に立たない。既に結果はここに付きつけられている。
「レティ様……、これは」
「言わないで。これでも厳選したんだよ」
「レティ、どのあたりが減ったんです?」
「何を勘違いしたのか明らかに私との繋がりを求めた貴族の差し金とか、碌な研究はしないで怠惰に過ごそうって思惑が見え見えのとか、研究費の搾取が目的だろうってのとかは間引いたよ。まだ完璧じゃないかもだけど、これだけ本気が伝わって来るなら精査せずに除外はできないよね」
「……確かに伝わってきます。嫌ってくらいに伝わってきますけどぉ!」
キャシーの慟哭はこの場、全員の代弁だとは思う。
ちなみに、手分けして読み進めるんじゃなくて、私達全員で全てに目を通して候補を絞る事になる。参考資料を完璧に読み込む必要はないけれど、概要くらいは読み取らないといけない。候補が多い場合は議論で更に絞るって工程が待つ。
予定している枠は50件、恐ろしく競争率は高い。
「自分もマーシャに続きたいって熱意を示して研究入りしたキャシーだからね。ここに積み上がった熱意とも真摯に向き合ってくれるって信じてるよ」
「……うぅっ、それを言われると弱いです」
当たり前だけど逃がす気はない。
「私は、専門的な事は分かりませんから……」
「オーレリア、この間作った煌剣だって、こうした積み重ねた上で理論を組み立ててるんだからね。何処に繋がるか分からないんだから、こういう精査を疎かにはできないんだよ」
「いや、でも……」
「全部理解する必要はないよ。分からない部分は読み飛ばして、直感的に有用性を判断するだけでいいから。ね?」
「…………………………はぃ」
私への協力が足りないって悩んでいたオーレリアだからね。こんな時こそ、その負い目を発散してもらわないとね。
「これだけあるならきっと金鉱だって埋まっている筈です。俺は商人、儚い可能性であっても見落とすなんてあっちゃいけない。そう、これは将来への投資、俺は見極められないような盆暗じゃない。何よりスカーレット様が望んでいるなら拒絶なんてあり得ない。大丈夫、書類に囲まれるなんていつもの事、いつもの事。次々新規書類が積み上がって行くのに比べたらまだ全然マシな筈……」
ウォズは昏い瞳で何やらぶつぶつ言っていた。
若干声を掛け辛いけど、逃げないようなら何でもいいや。
で、ノーラはと言うと……。
「~~~♪」
既に上機嫌で取り掛かっていた。
あの子、字が書いてあるなら何でもいいのかな? とりあえず、強要する手間は省けたよ。
堆さに圧倒されて開始の時点から怯んでしまったけれど、取り掛かった後も選定は遅々として進まなかった。
「同個体スライムの分裂時間の観察……、うーん、個人的には応援したところなんだけどなぁ……」
「レティ、どんな研究なんです?」
「ただただスライムの分裂時間を計測してる。環境によって誤差があるのは当然だけど、初めは3日に1回だった分裂が、今では5日に1回になったんだって」
こんな感じで度々手が止まって進まない。
「それ、凄い発見ですよね。スライムに寿命はあるのかって論争に終止符を打つのではないですか?」
「うん。でもここまでの観察に10年以上を費やしてるんだよね。勿論、終わりは見えていない。しかも、これが判明したからって何かが生まれる訳でもないと言う点がまた……」
「あー、生物学的には貴重な研究なのでしょうけど……」
「現時点で分裂を追跡できているなら、俺としても予算を割いてまで支援する意義を見出せませんね」
「だよねー」
基礎研究の重要性は理解できても、血税を注ぎ込む以上、ある程度次に繋がりそうな成果を求めてしまう。好奇心を満たせてよかったねって自己満足では終われない。
ご丁寧に添付してくれた観察一覧によると、10年を越えて昼夜問わず分裂を追えている事には狂気を感じるけども。
「リッター先生に紹介すれば、支援してもらえるかな?」
「喜んでは貰えると思います。でもレティ、先生は普段から低予算でやりくりしてますから、金銭的な援助は難しいのではないですか?」
「……それはあるかもしれない」
「あの、スカーレット様」
後ろ髪を引かれていると、ノーラが話に割って入ってきた。
彼女が読書中に顔を上げるほど、魅力的な研究だったかな?
「そう言った、分かりやすい成果に繋がりそうにないもの、仮説の域を出なくて判断に迷うものはわたくしに貰えませんか?」
「ノーラが個人的にお金を出すって事?」
「いえ、論文や出版物として世に出したいと思っています。研究自体は自身で続けてもらう事になりますけれど、収集結果は買い取るつもりですわ」
「そう言った打診をするなら研究を続ける人もいるだろうけど、文章として上手くまとめられてる人ばかりじゃないよ? ノーラが編集するの?」
「売買を目的するのではなく、知識の継承の為にと製本の専門家を領地事業として集めていますの。勿論、エッケンシュタインの大図書館に全て所蔵します」
いつの間に?
でも、まあ、図書館都市としては正しい在り方だよね。
南ノースマークの研究成果について記録を残すだけじゃなくて、選考から漏れたものまで後世に残そうって姿勢には恐れ入ったよ。しかも思い付きじゃなくて、実現しようと既に動いてる。
確かに、今は答えが出なくても将来的な可能性は満ちている。現時点で価値が見出せないからって今後もそうとは限らない。ただの死蔵もあり得るかもだけど、それを考えるのは私達じゃない。要は後世に丸投げして、この先どう扱うかは後人が判断すればいい。
「そういう事なら、これとこれと……、これもそうかな?」
「ええ、ありがとうございます」
割と遠慮なく積み上げたのに、ノーラは嬉しそうに読みかけの論文へ視線を戻した。新しい知識の収集は個人的な欲求かもだけど、図書館都市の主として頼もしくなってきたかな。
ノーラのおかげで、スライムの分裂限界に関する研究の扱いは決められた。
私は直接協力できないけど、これだけの観察を続けた著者なら、いつかスライム分裂の終点へ辿り着けるって信じてる。
まあ、スライムの件が片付いたからって研究内容の精査自体は、まるで終わりが見えない訳だけども……。
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