烏木の牙の新事業
「烏木の守、ですか?」
ジローシア様殺害事件の幕引きから数ヶ月が過ぎ、日常業務や賓客対応と並行しながら、溜まっていた仕事を捌き切って漸く虚ろな目で書類と向き合う日々から解放されそうって頃、私はヴァイオレットさん達と会っていた。
すっかり夏が深まり、冷房の効いた執務室から出たくない気分を振り払って、キミア巨樹近くに新設した建物へやって来た。ここは冒険者ギルドの支部となる事が決まっている。私達が利用している面談室の階下では、開設に向けて急ピッチで準備が進んでいた。
「はい。烏木の守護衛団、そう言った枠組みを作ろうと思っています」
グリットさん引退表明後、しばらくは冒険者活動を続けていた彼等も、自分達の今後を見直したらしい。
「サンさん達金剛十字他、採取討伐に特化した冒険者パーティーがスカーレット様の専属となりました。正直、グリットの抜けた私達では敵いません。スカーレット様がそれで私達を見限るとは思っていませんし、グリットの代わりを募集して活動を続ける事も考えました。しかし我々はやはり、アイツを中心とした集団だったんです。何度か臨時で試してみて、何となく違うと思ってしまいました」
「それで、思い切って方針自体を転換する事にした訳ですか?」
「そうです。護衛に特化したパーティーにする予定です」
ヴァイオレットさんの肯定に、共に並んだグラーさん、ニュードさん、クラリックさん、そして王都に帰った第9騎士隊所属の筈のウィードさんが頷く。
うん?
「え……っと?」
「いや、お恥ずかしい。先日スカーレット様に蹴散らされた騎士の中に不出来な俺の兄がいまして、新しい騎士団には居づらくなってしまったのです。そこで迷っていたところ、彼等に声を掛けてもらいまして、話に乗った次第です」
首を傾げる私へ、ウィードさんが苦笑いと共に事情を話してくれた。
私の知らないところで苦労があったみたい。まさか、こんな再会があるとは思ってなかったよ。
「ウィードさんには当面、私達の指導に当たってもらう予定です。大陸間移動の護衛を中心に活動していた冒険者は多いのですが、飛行列車の採用で環境が変わりつつあります。そこで彼等の一部を吸収し、私設騎士団を作ってしまおうと言うのが、私達の試みです」
私の発明によって生じた穴をフォローしてくれるのは、正直ありがたい。
彼等が成功したなら、確実に後に続く人たちは出てくる。冒険者の護衛活動の変革に繋がる。
「再出発は応援したいところですけど、これまでの活動に未練はないのですか?」
とは言え、私の為にと、夢を諦めてほしいとは思わない。
「完全に離れる訳ではないっスよ。討伐やダンジョン探索を計画して、有志を募って活動にあたる事も考えるっス。貴族に仕官しないで冒険者のまま護衛任務を引き受ける、言わば良いとこ取りっスね」
「荒くれ仕事くらいしか縁のない俺達には諸侯騎士なんて性に合わねぇっつーか、伝手がないって事情で冒険者を続けてきた経緯もあるんで、命のやり取りにさほど未練はなかったんです」
「……安定、大事」
「それから、私達が貴族を敬遠していたってのも理由ですね。よく知ろうとしないまま活動範囲を狭めていました。スカーレット様のような貴族もいると分かりましたから、契約相手を選べるのも、出仕と違って私設団体の強みです。私達の希望を突き詰めた結果ですから、スカーレット様が気にかける事ではありません」
成程、私が考える程度の事は議論し尽くしてる訳だ。それなら、私に反対する理由はないかな。
上手く良いとこ取りするなら今後のハードルは低くなると思う。参加希望者もきっと増える。冒険者の新しい可能性として浸透すればいいよね。
彼等が転換期を迎えた事由の1つには、ダンジョン攻略の変革もあるんだと思う。
岩石竜討伐後、ウェスタダンジョン攻略は43層まで進んでいる。未だ終わりは見えないらしいけれど、攻略の難度は跳ね上がっている。
潜行エレベーターで中継地点を作るのは必須で、入念な斥候を行い、詳細な戦術を検討し、必要な装備を揃え、物量で突破を試みる。当然、潤沢な攻略資金と十分な戦力結集が肝要となり、少数精鋭の冒険者が一獲千金を目指す環境ではなくなった。
ダンジョンは冒険者が成功を夢見て乗り出す場所ではなく、軍が計画的に攻略する場所に様変わりしてしまった。
斥候役として冒険者の需要もあるものの、以前と同じ感覚で挑めない事には違いない。
実際、フラッス山ダンジョンを攻略していたヴァイオレットさん達も、15層を越えたところで継続を断念している。冒険者の役目は低階層ダンジョン攻略か、浅層の探索に限定されてしまっている。当然、実入りは深層探索に比べて少ない。
かつてみたいに夢を馳せられなくなるのも仕方ないよね。
「実際、利点はいろいろと多いのですよ。貴族としては、見習いの訓練期間を省いて即戦力が手に入りやすいですし、人員整理も容易い。開拓を進めれば新設した村や町の常駐騎士が必要になります。彼等を臨時で雇い入れる意味も生まれるでしょう。騎士の維持より雇用形式の方が安くつきますから、こぞって契約する零細貴族も増えるでしょう」
ホクホク顔のウォズは先に相談されて、既に算盤を弾いた後みたい。
「私としても、気心の知れたヴァイオレットさん達が常に控えてくれるなら助かるかな。ウィードさんが鍛えてくれるなら、礼儀作法もしっかり身に付けてくれるだろうし」
護衛を任せている間に信頼関係を構築するのが前提ではあるけれど、初めから顔見知りに越した事はない。
キリト隊長達の帰還後、お父様からの貸与騎士に任せてはいるんだけど、まだぎくしゃくするんだよね。キリト隊長レベルを要求しちゃいけないって分かっていても、違和感を拭えなかった。
見習いの教育もあるし、半々くらいで混ぜて使いたいかな。
「グリットさんみたいに、キャシーのところで引き受けてもらう訳にはいかなかったんですか?」
「打診はしてみましたが、企画を説明した時点で、ウォルフ領では手に余ると断られてしまいました。私達だけの少人数ならともかく、後に続く大勢の教育は無理だそうです」
「今後を考えるなら、グリットさんの功績にしておいた方が良いと思うんですよね。ウォルフ領で鍛えた騎士って宣伝も、グリットさんを助ける筈です。初期の何人かはウォルフ領で教育できないか、私からキャシーに話しておきます。」
「貴族的な功績は私達に必要ありませんから、実績をグリットに譲るくらいは構いませんよ」
残念ながら、キャシーは現在王都に居る。
年度末の現在、秋になって教師陣が新入生に掛かりきりとなる前に単位を稼いでおこうと、オーレリア、ノーラと共に学院生の本分に戻っている。特にキャシーは講師資格を得るって目標が消えた訳じゃないからね。
急ぐ話じゃないから、魔力通信機で伝達しておけばいいかな。
「言ってみれば騎士の派遣業ですよね。ストラタス商会と提携して、装備を揃えてください。魔法籠手、飛行ボード、構築の魔法陣による仮設拠点一式、最新の装備を備えているって喧伝しましょう」
「いや、でも、スカーレット様の負担が大きくありませんか?」
「問題ありませんよ。初期投資として奮発します。装備支給の負担もない、新装備の有用性を身近で体験できるとなれば、顧客は更に増やせそうです。スカーレット様の発明品と護衛団を同時に宣伝できると割り切りましょう。貴族が新装備の価値を認めたなら、今後の標準装備として益々売れるかもしれません」
遠慮して戸惑うヴァイオレットさんに対して、ウォズは強気に価値を見出す。練度的には古株の騎士に敵わないんだから、別の付加価値は大事だと思う。
別に、烏木の牙として結んだ専属契約を切るって話でもない。これからだって頼らせてもらうし、手助けだって躊躇わないよ。
烏木の守護衛団のこれからを、私も応援してる。一緒に盛り立てて行きましょう。
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