確かな報酬
「ヒナっ!!」
デイジーさんはウェルキンが着地するのも待てず飛び降り、ヒナちゃんの下へ駆けて行った。
危ないとは思うけど、ここで止めるほど野暮にはなれないね。
「おかぁっ! ……デイジー様、無事で良かったです……!」
「もういいんだ。もういいんだよ。お母さんでいいよ。お母さん、これからずっとヒナと一緒にいるから……!」
親子だって明かせなかったデイジーさんは、名前で呼ぶよう躾けていたみたい。
「本当? 本当にお母さんでいいの?」
「ごめん。今更だけどごめんね。でももう大丈夫なんだ。これからはずっとヒナのお母さんだから。孤児院に戻れなんて言わないから……!」
「っ! ……お母さん! お母さん! お母さん! お母さん! お母さん! お母さん! お母さぁーーーんっ!!!」
あの後、すぐに釈放となったデイジーさんは、その足で爵位を返上した。陛下も殿下も思い直すように説得したけれど、彼女の決意は揺らがなかった。
元々、領地を任せられる人材を育てたところで伯爵位を下りるつもりだったらしい。前々から退き際を探していたのだと聞いた。
長期の領主不在でハミック領が傾くのは許容できないと、アノイアス様が代官を派遣した事で、皮肉にも彼女抜きで領地を経営する体制が固まった。アノイアス様としても、領地を傾けた実績のある一族に代理を委ねようって気にはならなかったみたい。
意図しなくても実績はできてしまった訳で、国の直轄地となった後もその体制は続く。無能を証明した旧ハミック一族にわざわざ任せようなんて人はいない。
心残りがなくなった以上、デイジーさんは躊躇わなかった。
本人は語らないけど、この国の貴族に愛想を尽かしたって事情もあるかもしれない。
真実を隠蔽しようとしたのは一部だとしても、積極的に彼女を信じようとした貴族は少なかった。見限られても仕方ないだけの境遇を強いてしまった。
真実を解いた大議堂では誰も報われない事件だったけれど、ヒナちゃんの笑顔を守れた事だけは間違いなく救いになった。
小さな幸せだけは、守れてよかったよ。
「本当にお世話になってしまったね。ありがとう、スカーレット様」
いっぱいいっぱい泣いて、大好きなお母さんから離れなくなってしまったヒナちゃんを抱いたまま、デイジーさんは改めてお礼を言ってくれた。
「お礼ならヒナちゃんに言ってあげてください。彼女にお願いされなければ、私が真相に辿り着くのはもっと先だった筈ですから」
「そうだね。面会に来たとしても、ヒナの事がなければもっと頑なだったと思う」
「そんな気はしてました。私もそうです。黙秘を続ける態度が気になったとしても、会いに行こうと思えたかどうかわかりません。やっぱりヒナちゃんがいたから、全て上手くいったんだと思います」
「そうか。……ヒナがお母さんを助けてくれたんだね。ありがとう」
「……」
ヒナちゃんは恥ずかしいのか、お母さんの胸に顔を埋めてしまった。
「ヒナ、それでもスカーレット様がヒナの為に動いてくれた事には変わりないよ。きちんとお礼を言いなさい」
「…………あの、えと、お母さんを助けてくれて、ありがとう、お姉ちゃん」
「言ったでしょう? お姉ちゃん、ちょっと凄いんだからね」
「うん! あたしのお願い、叶えてくれた! あのね、あたし、お姉ちゃんとお兄ちゃんの事、お母さんの次に大好き!」
~~~!!!
最っ高の報酬だよね。
この一言だけでいろいろ全部報われる。
ちなみに、私と同率だったお兄ちゃんって言うのはサンさんの事になる。監禁場所から連れ出してくれた彼はヒナちゃんにとってヒーローなのかもしれない。
このお屋敷に滞在してパーティーへ指示を出しながら、時々ヒナちゃんとも遊んでくれていた。線が細くて中性的なイケメンだし、案外ヒナちゃんの憧れなのかなって思ってる。
「デイジーさんはこれから、どうするつもりなんですか?」
「ヒナと一緒の時間を作る事が前提だけど、実家に戻って商会を立ち上げるつもりでいるよ。じっとしているのは性に合ってないしね」
彼女には冤罪による長期拘束の賠償に加えて、爵位返上に伴って多額の報奨金が出ている。ヒナちゃんと幼馴染、3人で暮らすだけなら一生困らない。
とは言え、その状況に甘んじる人じゃないと思っていたよ。
「生鮮食品を扱おうかと思っている。スカーレット様が物流を大きく変えてくれたからね。新しい商品の流れを作る必要があると思うんだ。麦や加工品はともかく、野菜や魚を国中へ行き渡らせる動きはまだないだろう?」
国が広い事、魔物が出るせいで陸路はコストが高い事もあって、足の早い食品は地産地消が染みついている。運送の革命があっても、遠方へ生鮮品を運ぼうって動きは鈍かった。
運送コストの分だけ価格が吊り上がるから、結局地元食材が売れると聞いている。
「この国は広い。北と南では気候が違う。その地域でしか食べられない食材、珍しい食品も多いだろう。そう言ったものを宣伝して新しい食文化を根付かせるんだ。新しいもの好きの料理人、食楽貴族は何処にでもいるからね」
「賭けの要素が強くありませんか?」
「当面のお金には困ってないからね。大コケしない程度に頑張ってみるさ。責任ある立場から解放されたから、自由に動いてみたいって衝動もあるんだ」
「ノーラが喜びそうな試みですから、声を掛けてあげてください。きっと出資してくれると思います。あと、エルプス男爵家の運送会社にも伝手がありますよ」
「おや? スカーレット様は協力してくれないのかい?」
「ちょっと手が回らないんですよ。ストラタス商会に丸投げすると思います」
オリハルコンにかまけた上に事件捜査に忙殺されて、領地の仕事が洒落にならない状況にある。オリハルコン熱は冷めてないから、来客対応も当分続く。雑談ならともかく、出資用の資料を読んでる暇があるとは思えない。
「流通の改革には賛成ですから、運送用の特殊列車開発くらいはできますよ」
こっちもキャシーに丸投げするんだけども。
「それはありがたいね。ついでに初期運用の協力と言う事で、購入費用も勉強してくれると助かるな」
「ノースマークの食材を優先して手配してくれるなら考えますよ。故郷の味が恋しくなる事もありますから」
「そうそう、君みたいな顧客を開拓したいんだ」
これだけ話しただけでも、デイジーさんは生き生きして見えた。実家を継がず商会の経営をしていただけあって、無理して責任を背負っていたところもあったのかな。
そんなデイジーさんを見て、ヒナちゃんも嬉しそうだった。
「ただその前に、ヒナと一緒にしばらく滞在させてもらえるとありがたい。ヒナはここに馴染んでいるようだし、私も世間とのずれも解消しないといけないしね」
「勿論です。何ならここを拠点にしてくれても構いませんよ」
そしたら時々ヒナちゃんに会いに行けるし。
「んー、それは領都をゆっくり見学してから考えさせてもらうよ。何しろ、研究の最先端都市を作るって事しか知らないんだ」
「私が叙爵した翌日から拘束されてましたからね」
「うん。来てみれば、思った以上に街が完成していて驚いた。商売の種になりそうなものがいっぱいあるのは間違いないだろうから、しっかり勉強させてもらうよ」
そうは言ってもまだ領地にはいろいろ足りていない。
ウォズのところと競合しない形で優秀な商人の協力が得られるなら、嬉しい副賞かな。人脈も宝だしね、頑張った甲斐があったよ。
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