閑話 もう1つの因縁
今回はヴィルゲロット騎士団長視点です。
後半、悲惨な展開が入ります。苦手な方はご留意ください。
ヴィルゲロット男爵領は王都の遥か西、ミョウザ子爵領に隣接する形で存在する。もっとも、険しい山を越えなくてはならないので隣という感覚は薄い。
田舎貴族ではあるのだが、近年鉄鉱石が産出するため羽振りがいい。
そのヴィルゲロット男爵家では、家督は長男が継ぐものと決まっている。辺境近くに領地を構えるだけあって時代の流れに疎く、他貴族との交流がないので変化が乏しい。
そんな家で5男となると、扱いは使用人並みだった。母は2人、家督を巡って争うと言う事もない。私の生母は長男と同じだったけれど、母が私を省みる事はなかった。弟は兄に奉仕するもの、本気でそう考えているようだった。
幸い、私は魔法と腕っぷしに才能があり、領地の騎士や兵士と共に幼い頃から魔物狩りに奔走した。
魔物被害を減らす私に、両親と兄は喜んだが、私は早々にこの家を見切ると決めていた。過酷と言える鍛錬を己に課したのも、独立を見据えてのものだった。
王国騎士ともなれば、男爵に近い影響力が手に入る。そうして両親や兄を見返したいと言う幼い反抗心もあった。
金だけはあり、見栄も忘れない両親は、5男の私も学院へ入学させた。
そして、同時に私は騎士学校の門を叩く。学院の卒業を待っていては騎士になるのが、独り立ちする時が遅くなってしまう。そう考えての判断だった。
異質な私の経歴は王都で注目を集めた。
この時点で軍の間伐部隊に混じれるだけの実力を持っていた事も後押しした。
それで万事うまくいったかと言うと、そんな事はない。
「お前、生意気なんだよ」
「貴様のような子供が頭角を表せば、我々の訓練も厳しくなってしまうだろうが!」
「魔法の扱いより先に、弁えるって事を覚えろ」
訓練の後には、よくこうして絡まれた。
貴族家出身、家の影響力だけでぬくぬくと騎士を目指す連中には、私が目障りだったのだろう。
殴り飛ばす事は容易いが、子爵や伯爵家の子と揉めて、良い事はない。彼等は家を継ぐ訳ではないし、騎士団内では身分差を問わないとは言え、確実に影響力は浸透している。騎士への寄付額、彼等の兄の騎士団内での地位、子供を増長させるのに十分な条件は揃っていた。
まだ騎士未満、見習いだった私は黙って耐えた。殴られる事も珍しくなかったが、抵抗はしなかった。
騎士学校では身分に関わらず門戸を開いている為、貴族派と庶民派と言った集団に分かれてしまっていた。
貴族派からすると庶民派は騎士の真似事で、庶民派からすると貴族派は騎士ごっこだと言う。彼等は互いに敬遠し合って相容れない。
私は貴族派から厳しい扱いを受けていたが、かと言って庶民派には迎えられず、孤立した時間を過ごした。
戦争の記憶はまだ新しく、実力主義を掲げる騎士団であっても、その育成過程となればこんなものかと、私を諦観させるには十分だった。
私は1人で腕を磨いていく事になる。
その状況が変わったのは、アノイアス殿下が騎士学校に通うようになってからだった。
「随分、つまらない事をしているのですね」
殿下は擦り寄って来る貴族派を一蹴すると、私や庶民派の見所のある者を集めて勉強会を開いた。
大規模な訓練に参加するだけだったアドラクシア殿下と違い、彼は騎士学校にも籍を置いた。我々と机を並べるのだ。
しかも、戦争を経験した軍人との作戦立案討論、地魔法を利用した迅速な拠点構築演習、2輪車両を活用した円滑な指揮系統の構築など、最新且つ実践的で、とても当時の自分では用意できない勉強環境だった。
戦闘訓練や魔法演習においても特別な講師を複数招き、当人の才能に沿った個別の指導が入る。
勉強会の参加者はめきめきと頭角を現していった。
そうなると当然注目が集まる。
勉強会への参加を望む声は日に日に増えた。そして殿下はそれを拒まない。条件は2つだけ、怠惰でない事、良識がある事、それだけだった。勿論、身分差を掲げた傲慢は後者に抵触する。
あっという間に実力派とでも言うべき集団を形成した。
それは、貴族派、庶民派が形骸化していくと言う事でもある。庶民派のほとんどには成長の機会を拒絶する理由がなく、家を継げる可能性の薄い貴族もまた、殿下の下へ集った。残ったのは、金で騎士位を買おうとした成金の子や、保守主義に縋る一部の貴族くらいだった。
たった1つの勉強会によって騎士学校生徒の底上げをし、実力主義という本来のあるべき姿を取り戻したのである。
騎士になったらあの方に仕えたい。
私がそう憧れたのも、当然だったと言える。
それからしばらくして、学院、騎士学校共に優秀な成績での卒業を前にした私は、突然の事故に遭った。
遠征先での演習の帰り、ハイオークの群れに襲撃されたのだ。
200キロを超える巨漢オーク30匹以上が、移動中の車両へ突撃してきた。オークの多くも無事では済まなかったが、車両ごと横倒しになった我々はもっと悲惨だった。車から出て応戦する事も出来ず、一方的に蹂躙された。
部隊は全滅。
騎士学校での訓練も、魔法の研鑽も、何1つ生かせないまま壊滅した。
しかし全員が喰われる前に、偶然商隊が通りかかった事でオークは逃走してくれた。
もっとも、奇跡的とは言えるが、幸運だったとは言い難い。
通り掛かった商隊、ゼボール商会は死んだ騎士見習い達を埋めると、まだ生きている我々の認識票も回収した。つまり、我々を死者として扱うと言う事だ。
碌に治療も施されないまま、近くの村にゼボール商会が所有する倉庫、その地下へと運ばれた。呻き声を上げるくらいしかできなかった私達7人は、抵抗すら叶わない。
どんな状況でも情報を収集するよう訓練されている。
何が行われるのかと探る私達の前で、とんでもない会話が始まった。
「おい、追加だ。死にかけだが、その方がより絶望を抽出できるのだろう?」
「ほう、なかなか鍛えている様子ですね。心まで強靭でいてくれるなら、壊しがいがあります。良質な魔石が仕上がりそうですよ」
山賊のような男が私達を物のように扱い、白衣の男が実験動物のように観察する。その手には血に染まったメスがあった。
身体を動かせないのでよく見えないが、地下に入った時から死臭が酷い。ここが碌でもない場所なのは間違いない。
私の隣では同期生が震えていた。
「おや、勿体無いですね。怯えるならこれを持ってからにしてください」
蛇のように舌なめずりしながら、白衣の男は魔石の露出した魔道具を私達へ押し付ける。
瞬間、怨嗟と慟哭で胸中を掻き回された気がした。
「あ゛! が、あ、がぁ……!」
とても正気を保っていられない。
魔石が薄く光った気がしたが、それどころではない。傷の痛みすら気にならなくなった。
この魔道具を外さなければ、私が壊れてしまう。
抗おうとする意思に反して、身体は全く動いてくれなかった。
「おや! おや、おや、おや、おや、おや、おやぁ!」
そんな私の様子を見て、白衣の男が喜声を上げる。他の見習い達には目もくれなかった。
「これは素晴らしい拾い物ですよぉ! 何たる幸運、何たる奇跡! ああっ! 神が私に、深淵へ至れと囁いている!」
涎を滴らせながら天へ祈りを捧げた男は、私の最低限の治療を命じた。応じた山賊男も不快そうな様子だった。
慈悲や気遣いからの指示でない事は明らかだろう。
後になって知った事だが、このゼボール商会は呪詛を使った犯罪に手を染めていた。しかも、反社組織から呪詛魔石を仕入れるだけでなく、自ら作り出し、活用方法を研究するところまで悪意を進めていた。
事故現場に通り掛かった山賊男達は呪詛魔石を染める為に貧民層を騙して連れてくる役であり、白衣の狂人が研究者だった。
これから半月余り、私は同僚達の慟哭で染まった魔石で、様々な実験を繰り返す事になる。不運にも、私は呪詛魔石に対して適性があったらしい。
実験の日々は地獄と言うにも甘く、繊維が千切れるほど絞る雑巾のように脳髄を酷使し続ける時間は、まるで永遠のようにも思えた。
それでも地獄は終わりを告げる。
私の心がほとんど摩耗して消えかけた頃、制圧の為に騎士団が乗り込んできた。広がる凄惨な光景に、騎士達の怒りも振り切れる。犯罪者達の蹂躙が始まった。
しかし方々で上がる悲鳴も怒声も、私の心に響かない。
「生きて……いる、の、か?」
発見時の私は餓死者のように痩せ細っており、目だけが爛々と輝いていたと言う。恐る恐る解放されたが、何の感慨も覚えていない。
「くそっ! もう少しだったのに! もう少しであの場所へ辿り着けるところだったのに! 肝心なところで邪魔しやがって……!」
騎士達に介抱される私のところに、耳障りな金切り声が届いた。
その瞬間、私は動いていた。
何処にそんな力が残っていたか知らないが、騎士達を振り払い、白衣の男へ近づいた。
骸骨の類似品となった男が、細身とは言え成人男性の顔面を掴んで吊り上げる。騎士達も想像だにしない光景に制止が遅れたそうだ。
「ああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
そして私は、積もり積もった憎悪のままに、白衣の男の顔面を握り潰した。
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