万全セキュリティ
私の目の前にはお屋敷の“模型”がある。同じ設計図を用いて、造形の魔法陣を使って創造した為、同一のものと言える。
だから、とてもとても高価な模型って事になるのだけれど、お屋敷のセキュリティーの為と割り切った。便宜上、“模型”と呼んでいるこれは、縮尺もお屋敷と変わらない。全体を空間断絶の魔法で覆い、空間自体を縮小してあるのでそう見える。
アイテムボックス魔法の逆で、空間自体を縮めてみた。中に入れば、元と同じ大きさが広がっている。
この模型の一番の特徴は、空間断絶面が本物と繋がっている事。
つまり、正式な手順を経ないで侵入を試みた場合、ここへ送られる事になる。そして今、模型の中は阿鼻叫喚の様相を呈していた。
屋敷へ突撃した3人は出鱈目に繋いだ内部構造に翻弄され、侵入が叶わなかった2人と警戒役の2人は警備の騎士を模したゴーレムに追われている。単純な動きしかできないけれど、不壊特性が付与してあるから撃退は叶わない。そして異変に気付くと同時に逃走を図った2人は、凝固した空間に縫い止められていた。
屋敷へ侵入する事ばかり考えていたようだけど、庭に入った時点で箱庭の中に囚われていた。侵入口を探す以前に、玄関以外は開くように作っていない。
庭木は正確に複製できないから、余程注意深ければ気付けたかもね。それでも地属性魔法で似せて整えてある。私も前情報なしで見分ける自信はないね。
「そろそろ眠ってもらおうかな」
彼等は貴重な証人でもある。暗殺の証拠として議会へ提出する予定なので、必要以上に傷つけるようとは思っていない。彼等自身より、その裏の人物を焙り出さないとだからね。
あの人達は、情報を渡すくらいなら死を選ぶよう教育されているから、早く寝かしつけておかないと。
私は模型に手をかざすと、彼等の周辺の酸素濃度を一時的に低下させた。
風魔法でも、特定の元素、酸素や二酸化炭素だけを生み出す事はできない。けれど模型内部は私が完全に掌握してあるから、彼等の周囲から酸素を逸らすくらいはできる。空間を継ぎ接ぎするのに比べれば何でもない。
一切の息苦しさを感じる事もなく、ひと呼吸で意識を刈り取る。ほんの数パーセント下げるだけで済む。その状態で放置すると高確率で脳に障害が残るだろうから本当に一時的だけだね。
「見事なものですね。我々より余程暗殺に向いているのではないですか?」
「あんまり吹聴しないでくださいね。貴族の中には本気でそんな依頼を持ってくる馬鹿がいるんですから」
「我々で研究しても? 永眠毒より使いどころが多そうです」
「構いませんけど、特定の元素に風属性で干渉するのは多分無理ですよ」
「……それは残念です」
「それより、情報提供をありがとうございました。おかげで難なく彼等を撃退出来ました」
「どれほどお役に立てたかは分かりませんがね。わたくしが動かなくとも、結末は変わらなかったでしょう」
別に謙遜で言ってる訳じゃない。
情報提供があったのは10日ほど前、そのおかげで準備万端迎えられたから、急な襲撃に慌てる事なく対処できた。屋敷の使用人達へ不安を与えずにも済んだ。ついでにセキュリティーの万全さの確認にもなったよ。
「ありがとうございます、アノン。備えがあっても万一がない訳ではありませんわ。貴方のおかげで何事もなく終わりました。まだまだ不安定なこの領地に、余計な諍いは必要ありませんもの」
「再びエレオノーラ様と関わる時が来るとは思っていませんでしたが、情報提供はわたくしの都合でもあります。お気になさらないでください」
私達の前で恭しく頭を下げるのは、エッケンシュタインに居た執事さん。
所属くらいしか知らないし、何故か執事の格好で現れたからそのまま扱っている。
ノーラも昔のままの名前で呼んだ。
彼の方もその気がないなら、同じ顔では現れなかったろうしね。
「でも良かったのですか? 諜報部、延いては国への裏切りになると思いますけど?」
私の場合は、命令した人間を引き摺って陛下にどちらを選ぶのか問い詰めれば、それで済む。だけど、諜報部の彼は立場を失くすんじゃないかな。
「問題ありません。命令は王族から下された正式なものではありませんでしたから」
「それは確かなのですか?」
私、王族を締め上げないで済むのかな?
「ええ、間違いありません。命令書は押印まで精巧に偽造したものですが、王族の印にはいくつも仕掛けがあります。今回はそれを満たしておりません。上司くらいは抱き込んだようですが」
命令書がそのまま証拠になるらしい。
「それは、貴方以外には気付けないものなの?」
「いいえ。命令の内容が内容ですから、平静でいられず見落とした者もいたかもしれません。ですが、多くの者は気付いていたでしょう」
「諜報部へ命令を下せるのは王族のみ。その前提を無視したと?」
「上司が吞んだのだから、少なくとも国の為にはなると判断したのでしょう。私も、命令が貴女の暗殺でなかったなら、見なかった事にしたかもしれません。任務を極力疑わないよう、訓練されていますから」
その場合はわたくしもあの中に混じっていただけでしょうけれど、と苦い表情を見せた。私の暗殺は無理だって知らしめる材料にはなったかな。あのセキュリティーって常時起動だからね。
それにしても、オリハルコンの件で目立ち過ぎたのか、一部の人間にはとことん嫌われたみたい。
短絡的に、国と敵対してやろうか……とも考えるけど、それで流れるのは何も知らない一般人の血なんだよね。最終的な手段として残しておいて、なるべく穏便に収める方法を考えたい。
勿論、安易に私の暗殺を考えた馬鹿については、加減を考慮する気なんてないけども。
ただ、国の為だと忖度して暗部が動いてしまう体制は、変えていかなきゃいけないと思う。時代に合ってないんだよね。
「今回の件については、執事さんを味方だと考えていいんですよね?」
「はい。わたくしの主、アノイアス殿下はスカーレット様との敵対は考えていません。わたくしもその方針に従います」
でも、殿下の周りには私を排除したい勢力がある訳だ。ディルスアールド前侯爵の件があって、まだ懲りないらしい。
それに、デイジー様に会いに行ったタイミングで彼等が動いた事を、偶然とは片付けられない。彼女の口を塞いだ人物も、そのあたりに居そうだよね。
そして、フランをも凌ぐ情報収集の専門家を、一時的にとは言え手に入れた。使うに決まってるよね。
「執事さんに、私の個人的なお願いを聞いてもらう事ってできますか?」
「……今回の暗殺、諜報部も本意ではなかったのだと知っていただく為には止むを得ないと思っています」
「ええ、陛下に陳情するくらいは構いませんよ」
アノイアス殿下の場合、彼の意思を外れて動く部隊を放っておくとは思わない。とは言え、どちらにせよお咎めなしって訳にはいかないくらいは覚悟してほしい。
「……それで、わたくしは何をすれば良いのでしょう?」
「ニュースナカでの私への襲撃事件、その首謀者を突き止めてください。黒曜会が瓦解した今なら、調べられると思います」
「畏まりました。今だけはスカーレット様の目として、真実に光を照らして見せましょう」
執事さんは慇懃に頭を下げると、直後に姿を消した。行動は早いみたい。
皆も無事で、実行犯は撃退したからとその先を有耶無耶にしたあの事件。
私の推測が正しいのなら、ジローシア様殺害の犯人、そして動機の根はきっとそこにある。
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