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大魔導士と呼ばれた侯爵令嬢 世界が汚いので掃除していただけなんですけど… 【書籍2巻&コミックス1巻発売中!】   作者: K1you
王位決着編

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閑話 偽りの果て

 いつか、この日が来るとは思っていた。


 否はない。

 私は国の影。元より自分の意思は持っていない。命令なら従う、そう言う装置だ。


 18年前も、少年でありながら()()()()()私は帝国の占領地へ潜入した。それだけ追い詰められていた。帰って来る事までは、求められていなかった。

 任務は占領軍の攪乱。

 歴史に残っていないけれど、カロネイア将軍率いる奪還軍と連動して、地理に疎い帝国軍を掻き乱した。山道を崩し、伝令役の兵士を闇討ちし、糧食へ毒を混入させた。


 それで戦況を左右したとまでは自惚れていない。私に戦略を立てる能力は備わってもいない。命令のまま任務をこなすだけだった。

 それを20年近く、続けてきた。


 任務に疑問を挟んだ事はない。


 それでも、今回の命令書を見ると躊躇いが生じてしまう。


『スカーレット・ノースマークを暗殺せよ』


 証拠隠滅の為に命令書を燃やすまでの短い間に、その単純な文面を何度も反芻した。


 いつかこの指令が来るのではないか。

 その予感はずっとあった。

 初めての関わりはただの調査だった。ビーゲール商会、国の経済を支える大商会と侯爵家の令嬢が組むと言う。しかも、戦征伯令嬢までそこに加わる。

 どんな企みが進行しているのかと、内情を調べる役が回ってきた。まさか、大人の都合が介在していないとは考えてもみなかった。


 その後も、幾度となく命令書にその名前が挙がった。

 そしてその数だけ、指示内容が暗殺でない事に安堵してきた。彼女が学院へ入学して1年が経つ頃には、とても殺せるとは思えなかった。

 更にワーフェル山を消滅させ、僅か数百人を率いて帝国へ攻め入り、魔導士となって自領に魔王種を自生させた。人間離れが過ぎて、彼女の命をどうこうしようなんて発想は、湧いてこないのではないかと淡い期待を抱いたほどだった。


 出る杭は打たれる。

 どれほど国へ利益をもたらそうと、その活躍を疎ましく思う者は存在する。今の王の治世になって暗殺が横行する事もなくなったが、ゼロになるなど決してあり得ない。

 今回がノースマーク子爵の順番で、その役が偶々私に回ってきた。それだけの事だ。


「お父さん?」


 紙片を握り潰す私は思っていた以上に険しい顔をしていたのか、息子が不安そうな様子で覗き込んできた。


 なお、この子と私に血の繋がりはない。

 いつまでも独り身で家を空けてばかりでは、近所から不審者扱いされてしまう。その対策として見せかけの家族を作った。幼子から躾ける余裕はなかった為、この子は養子だ。

 潜入の際に縁のあった“妻”と共に、嘘の出張理由を周囲へ吹聴してくれている。特にこの子は、お土産を友達に自慢してくれるから優秀だ。


「いや、何、今度の出張も長くなりそうだと思ってな」

「また遠くへ行くの?」


 長く家を空けても任務地が王都だった事もある。南ノースマークも遠方には違いないが、私の気がかりはそこにない。


「今度は南だ。大きな大きな樹があるらしいぞ」

「知ってる! 魔導士様の活躍を祝って、神様がもたらしてくれたんだよね!」


 実際との乖離が酷い事に呆れながら、賢いな、と息子を撫でる。


「エッケンシュタインには行かないの? 大きな図書館ができたんだって。僕、今度のお土産は本がいい!」


 図書館は本を売ってる場所じゃないぞと訂正しながら、この無邪気な笑顔を失うかと思うと、躊躇いが生じてしまう。


 せめてこの子が喜びそうな本を手配しようと決めて、私の様子がおかしいと気取られないよう、構い過ぎてうざがられないよう気を遣いながら、団欒を過ごした。

 これが最後かもしれないと、少し悲しく思った。




 それでも任務は捨てられない。

 翌日、朝早くに出発を決めた。


「行ってらっしゃい、貴方」


 音をたてずに寝室を出た筈なのに、見送りの為に妻が玄関に立っていた。いつの間に準備したのか、手には弁当の包みがあった。


「はい、貴方」

「こんなに早いんだ。途中で適当に食べると、いつも言っているだろう?」

「ええ。でもこれは私の願掛けですから。それに、昨日準備したものを詰めただけですもの、今朝は大した手間をかけていませんよ」

「願掛け? 何か叶えたい事でもあるのか?」

「出先での貴方の無事を。こうしておけば、空になった弁当箱を持って帰って来てくれるでしょう?」

「……」


 時々、妻が全て知っているのではないかと思う事がある。

 まさかと思って調査した事もあるが、彼女が何かを探る様子はなかった。やんちゃになってきた息子に小言を言い、近所の集まりでは遠慮がちに私の愚痴を言う、いつもの妻でしかなかった。

 何か直感的なものなら、私が手を下す必要もない。


 彼女とは、とある商家へ潜入中に出会った。当時の彼女は客で、両親への贈り物に悩んでいたから助言しただけだった。

 その商家がなくなった後、嘘の身分を処分しようと街を歩いていた際に再会した。本当に偶然だった。再会が当時の拠点へ寄った後だったなら、私は別の顔だったろう。

 まるで意図していなかったのだが商会での対応が非常に嬉しかったらしく、この時点で彼女は私に好意的だった。だから、都合がいいと思ったのだ。丁度、立場を隠す為の偽装家族を計画していた。約1年の交際期間を経て、私達は結婚した。


「そういう事なら、ありがたく貰ってゆくよ。準備が昨日と言う事は、煮豚も入っているのか?」

「ええ、貴方の大好きなオクラと一緒に」

「それは楽しみだな。今回は噂の飛行列車に乗るんだ。景色と一緒に楽しませてもらうよ」


 嘘だ。

 空路を行くが、使うのは飛行ボードになる。いつかは専用車両が作られるらしいが、今はまだ製造時に足がついてしまう。……けれど、まあ、休憩ついでに弁当を食べるくらいの時間はあるだろう。

 私は不自然さを覆い隠す為と自らに言い聞かせて、弁当を受け取った。嘘の罪悪感は今更だ。


「……では、行って来る」

「はい。難しいとは思いますが、なるべくお早いお帰りをお待ちしています」

「…………」


 何か言うべきかとも思ったが、話せる事も、そんな資格もなかった。第一、思いは形にならなかった。


 妻は、私の本当の顔も知らない。勿論、名前だって偽名だ。そもそもとして、私は名前を持っていない。M-0b、個体を識別する番号があるだけだ。

 全てが偽りの家族。

 私が帰らなかった場合には、かつての()()()()()()が彼女達を引き取ってくれる手筈になっている。


 後の心配はいらない。

 それなのに、後ろ髪を引かれる想いがある。

 間違いなく私は妻に支えられ、この場所で癒されてきた。帰ってきたいと、まるで人間のような事を考えてしまう。


 それでも、と私は王都の外へ向かった。

 役目を果たせない装置は、処分を待つだけだ。妻と息子にも碌な未来が待っていないだろう。歪であっても、私は家族の為に働く父親なのだ。

 歪な父親は、これから息子の憧れを殺す。もしも成功したなら、私は笑ってあの家に帰るだろう……。




 人目に付かない飛行経路は熟知している。

 私は南ノースマーク領都付近の合流場所へ急いだ。


 任務を受けたのは10人だと言う。

 数を揃えたからとどうにかなる相手ではないので、隠密行動で隙を窺うならこれが限界となる。


 しかし、合流場所には誰の姿もなかった。

 私は構わず声を掛ける。ここは魔物領域の深い場所なので、声を落とす必要もない。


「揃っているか?」

「……S-2zがまだです」


 回答は岩陰からあった。

 今回の私は、この作戦の指揮官となる。だから時間丁度に来たのだが、遅れた者がいるのは意外だった。


「5分だけ待つ。来なければ置いてゆく」

「了解」


 今度の答えは後ろの木陰からあった。

 私も気配を殺して周囲に溶け込む。誰かに目撃される危険はなくとも、無駄に魔物と戦闘する必要もない。


「……来ないな。仕方ない、我々だけで遂行する」

「了解」


 標的が標的だけあって、臆したのかもしれない。私はS-2zの存在を思考の端へ追いやった。別の部隊が処分の為に動くだろう。私が気にする存在ではなくなった。


「殺害方法は?」


 気配を殺したままの移動中、C-0oが聞いてきた。

 領主邸到着までに打ち合わせを終えておくつもりらしい。


 尚、私は彼等の上司と言う訳ではない。指揮官は作戦ごとに変わる。適性で決めているのか、無作為なのかは知らない。

 本当の意味で上司にあたる人間は現場になど出てこないし、私は会った事もない。


 ただ、作戦の遂行方法は指揮官に委ねられている。全て自分で決めても良いし、意見を募ってもいい。

 既に概要は決めてあるが、自分を完璧とは思っていない。添削の機会くらいあっていい。おそらく殺せると思っていても、相手は強大が過ぎる。少しでも可能性は高めておくべきだろう。


「毒を使う予定だ」

「毒? 回復薬の開発者だぞ? 特級だって身近にあるに決まっている」

「それは想定済みだ。即死毒を使う」


 大喰蛙から抽出した麻痺毒だ。微量でも吸収した時点で体の自由を失う。量によってはそのまま呼吸も止まるだろう。回復薬に手を伸ばす時間すら与えないつもりだ。


「無理だ。標的は特級回復薬に並ぶ治癒魔法を、自ら使う」

「む……」


 機会は一度きりと思っていい。

 暗殺者がいると発覚した時点で近付けないだろう。狙撃は標的が1歳の時点で失敗したと言う。何があったものかさっぱり理解できないが、暗殺者も直後に死んだと聞いた。その為、初めから選択肢にない。

 おそらくや多分で試す余力はないのだから、失敗の可能性を感じた時点で別の方法を検討するべきだろう。


「そんな魔法を使う者を殺せるのか? 察知される前に心臓を突く、首を斬ると言った方法が通用するほど、護衛も間抜けではないだろう?」

「相手は大魔導士だ。僅かな足止めだけで、標的には防御を固められてしまうと思った方が良い。近接は無理だ」

「罠はどうだ?」

「瞬間的な殺傷が必須となると、どうしても大掛かりになる。敵地でそんな罠へ誘導するのは困難だ」

「領民も使用人も繋がりが強い。不審な行動はすぐに伝わると思った方が良いな」


 ディーデリック陛下が都市建設の進捗を知りたがるからと、調査員を屋敷に潜り込ませようとして失敗している。あの屋敷は絆が強過ぎる。

 2年前に技術者として送り込んだ者もいたが、今では研究者として大成している。こちらから接触してもまるで相手にされなかった。ノースマーク子爵を刺激しては拙いと放置してある。何の損害もなく諜報機関を抜けた希少な例だろう。


「事故……は無理そうだな」

「標的の移動は飛行列車が主だが、彼女の車両は交通事故で傷一つ無かったそうだ。飛行列車も同じと思った方が良い」

「どっちにしろ、その方法で即死させられる可能性は低いだろう」


 話していて、無理なんじゃないかって可能性が首をもたげてきた。

 喉元までせり上がってきた言葉を何とか飲み込む。同じ感想を抱いた者ばかりの筈だ。試み自体が不毛な気すらしている。


「永眠毒はどうだ?」


 一周回って、話が毒殺に戻ってきた。

 このまま堂々巡りを繰り返すのだろうか。足はいつの間にか止まっていた。移動中に結論が出そうにない。


「だから治癒魔法がある以上、毒は……いや、悪くないかもしれんぞ?」


 すぐさま否定しようとしたC-8rが肯定側に回った。


 永眠毒はトレントの亜種が発する毒だ。周囲に漂わせて獲物を眠らせ、枝や根で絡み捕る。吸引量が多い場合はそのまま目を覚まさず、衰弱すると言う。


「そうか、毒だと気付かなければ治癒魔法の発動はない」

「周囲が異変に気付く可能性も、夜なら低いか?」

「だが、量の問題があるぞ」

「魔法で限界まで圧縮しよう。投与の為に近付くのは危険だ。できるなら、米粒くらいまで圧縮したものをカップに仕込みたい」


 その後も討論を続けたが、それ以上の案は出なかった。不安は当然あっても、他に手段がないなら突き進むしかない。失敗の覚悟は、既に終えているのだから。




 準備には3日も要した。

 脚が付かないよう魔物は自ら狩りに行かねばならなかったし、限界を超えた毒の圧縮も初めてだった。実験として何匹ものゴブリンを犠牲にした。解毒薬を用意した上で、C-8rが飲んでも見せた。

 私も飲んだが、眠気を感じただけだった。毒と感じさせないなら期待が持てる。


 そして決行当日、我々は領主邸へ音もなく忍び寄る。

 2人は庭で周囲の警戒、2人は侵入口近くで退路の確保、残る5人で屋敷へ侵入と決まった。勿論、指揮官である私は侵入側だ。事前に役は振り終えている。


 侵入口と言っても玄関からとなる。

 魔法による防御が鉄壁過ぎて、他からはまるでは入れる気がしなかった。その調査だけで1週間を無駄にした。玄関だけは比較的魔法の付与が甘い。大勢の出入りが必須の為、防護を緩めざるを得ないのだろう。

 警備の交代の隙を狙って身体を滑り込ませた。機械じみた騎士の警戒が不気味で、5人の予定が、3人での侵入となってしまった。

 次の交代を待つ余裕はないと、3人だけで工作を決行した。


 長い廊下を駆ける。

 標的の使うカップに毒を潜ませておけば、いつかは引き当てるだろう。消極的なようだが、これで限界だった。恐らくだが、陛下の暗殺の方が容易いだろう。


 長い廊下を抜ければ調理場に着く。

 けれど、廊下が長い。

 あらかじめ手に入れた見取り図より、実際の方がずっとずっと長く感じた。

 長い、長い。

 本当に……、……長い。


 5分を駆けて、漸く罠に嵌まったと認めるしかなくなった。


「くっ!」


 C-8rが窓を破って逃亡を図る―――が、直後に天井から降ってきた。

 訳が分からない。


 全てが手遅れの気がしないでもないが、遮蔽物のない廊下にいるより何処に潜んだ方が良い。手近な扉へ身体を滑り込ませ―――同じ事を考え、別の部屋へ入ったG-0oと激突した。

 何故だ?


「あは、あはは、あはははははははははははっ」


 笑いが込み上げてきた。

 笑うしかない。

 こんなおかしな状況、笑うに決まっている。

 見ればG-0oは半分泣きながら、C-8rは全てを諦めたように天井を見上げて笑っている。


 最善を考え、意見を戦わせ、失敗も覚悟して踏み込んでみれば、全てスカーレット・ノースマークの掌の上だったらしい。

 同時に、なるほどと思う。潜入は無理、狙撃は無理、罠も無理と可能性を潰しているなら、残った手段に縋る者を嵌めるのは簡単だろう。


 全てを捨てる覚悟も、彼女の前には敵わない。

 初めから、暗殺を成功させる方法など無かったのだと悟った。

お読みいただきありがとうございます。

ブックマーク、評価で応援いただけると、やる気が漲ってきます。

今後も頑張りますので、宜しくお願いします。

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