沈黙と困惑
それからも私は、いくつかの質問を続けた。
「ジローシア様には一体どんな用事で呼ばれたのでしょう?」
「事件の際、ジローシア様は人払いしていたそうですけど、そこまで機密の高い話だったのですか?」
「ヒナちゃんの事を、ジローシア様は御存知だったのでしょうか?」
「呪詛魔石について、何か知っている事はありますか? 或いは、その事についてジローシア様と話した事は?」
「結局話せず終いになったから、本当の事は分からない。けれど、生息領域を減らした魔物を管理する冒険者の新事業についての話だと、私は思っていたよ」
「その件は取り調べの際に聞いて、私も驚いたよ。全く覚えのない話だったからね」
「勿論。あの子を産む前後、いくつかの面会を断れるよう手を回してくださったのがあの人だったからね。その恩あって、あの方のお茶会は断れなかったんだ」
「世間で知られているくらいの事かな。領主だった身としては、存在自体が煩わしい。直接ジローシア様と話した訳ではないけれど、不審な活動をする商人について情報提供を求められた事はあるね。今思うと、あれがそうだったのかな? 特にこの2,3年の事を気にしてらしたように思う」
質問には、基本すらすらと答えてくれる。
「疑わしくはあっても、デイジー様があんな事件を起こす筈がないと考える方も大勢います。爵位剥奪に踏み切れないディーデリック陛下だって、王国議会の半数だってそうです。捜査に協力的であったなら、監視はあってもヒナちゃんの傍で暮らせたのではないですか? そうも頑なになる理由が何処にあるのです?」
「…………」
「こうして黙秘を続けるのは、誰かに強要されてのものですか?」
「…………」
「ヒナちゃんは人質だったのではありませんか? 或いは、彼女の無事と引き換えに何らかの隠蔽を約束した。彼女を私が保護したというのに、まだ話せない理由があるんですか?」
「…………」
けれど、途端に静かになる質問もあった。
何処に線引きがあるのか、その見極めが肝要な気がする。沈黙は選んでも虚偽は挟まない、そんな彼女のルールを感じる。
「そうして其方が沈黙を選ぶのは、犯人を知っているからではないのか? 誰を庇っているのだ?」
そんな中、立会人の筈のアドラクシア殿下が口を挟んだ。
いやまあ、黙っていられるとは思ってなかったけどね。
「……申し訳ありません。それは本当に心当たりがないのです。分からないものを、庇いようがありません」
デイジー様は沈黙を選ばなかった。
正直に受け答えるように見せて嘘を紛れ込ませる事もあり得るから、頭から信じられる訳でもない。とは言え、全くの出任せじゃない気がする。
「ならば、何故沈黙が混じる。何を隠しているのだ!?」
「…………」
やっぱり問答は止まってしまった。
沈黙は彼女にとって、明確な拒絶でもある。その理由を紐解けない限り、私達がその先へ踏み込める事はないんだろうね。
ただ問題として、彼女が隠す何かは事件にどこまで関係してるのかな?
「……犯人は知らない。なのに隠し事はある。事件を攪乱して楽しんでいる訳ではないですよね?」
「そこまで悪趣味じゃないよ。私を犯人と決めつけた騎士に思うところがない訳ではないけどね、恩あるジローシア様を殺害した犯人はもっと憎い」
「それなら、尚更罰を与えたいと思うものでは?」
「うん、でも……無理だよ。この事件はきっと解決しない」
「え?」
「こうして時間を割いているスカーレット様には申し訳ないが、きっと徒労で終わるよ」
ここへ来た時からずっと、生気を灯さない瞳で告げる。
ああ、分かった。
分かって、しまった―――。
「王族が死んでいる以上、何処かで幕引きは必要になる。その犠牲になる覚悟はできているよ。私は大罪人として処刑台に上がる」
彼女は全てを諦めて、絶望を受け入れてしまっている。
「ふざけるな!」
けれど、そんな事は決して受け入れられないと、アドラクシア殿下が叫ぶ。彼はどうしようもなく真実を欲していて、デイジー様の諦観とは相容れない。
「そんな中途半端な結末などあり得ない。ジローシアを殺した者を野放しにして、事件を終わらせるなど許せるものか!」
「ああ―――殿下はまだ、本気でそう思っていらっしゃるのですね。けれど、きっとその決意も無駄になります。犯人を放っておくのは私としても業腹ですが、最早全てが遅過ぎました」
「どういう、意味だ?」
「…………」
思わせぶりな事は言っても、詳細を語るつもりはないらしい。
この状態のデイジー様との会話は、何となく不毛な気がしてきた。
「……処刑台へ上がる。ヒナちゃんを放って、ですか?」
「そうなるだろうね。今日、ここでスカーレット様に会えたのは僥倖だよ。私とヒナを繋ぐ物証は残していない。あの子が私の連座で処刑となる事はないよ。証言や状況証拠から辿ろうとしても、ノースマーク子爵、君が握り潰してくれるだろう?」
まるで、当たり前みたいにデイジー様は言う。
面白くないくらいに読まれている。保護したのは偶然の筈なのに、放っておけばいつか私がヒナちゃんを見つける筈だったみたいに押し付けられている。
「未だ爵位が剥奪になっていないのは誤算だったけれど、時間の問題だからね。そうなれば、あの領地は国の直轄となる。食い潰す未来が明らかな伯爵家親族の手に渡る事もない。もう、私の思い残す事はないんだ」
「―――!」
カッとなって詰め寄ろうとしたアドラクシア殿下を、私は押し留めた。
真実に蓋をしようってデイジー様は、殿下は決して受け入れられない。けれど、諦観の底に居るデイジー様に感情の言葉は多分届かない。
ヒナちゃんってカードだけでは、ちょっと甘かったみたい。
「なるほど、ヒナちゃんの事も領地の事も、最悪だけは避けられる訳ですか。それで? その状況は貴女自身が仕組んだものですか?」
「…………」
ここで沈黙。
まあ、そうだろうね。
「誰かが裏にいる? まさか、それが犯人か?」
「…………」
「どうでしょう? 少なくとも、デイジー様が口を割る事はないと思いますよ。最善も次善も捨てて、最悪を避ける事だけを望んだようですから」
「…………」
「そう、か」
また黙秘を貫くハミック伯爵を見て、アドラクシア殿下も追及を止めた。
ただし、腹立たしそうではある。基本的に命令すればほとんどが叶う殿下としては、こうも頑なな相手って珍しいだろうからね。犯罪者じゃないから無茶な手段も使えない。
「それでも、いくつか収穫はありました」
「……犯人に繋がりそうなのか?」
「そこまでは、まだ。けれど、何でもない会話の中にも手掛かりはありますし、彼女に沈黙を強いた存在は明らかです。直接でなくとも、犯人と無関係って事はないと思いますよ」
「そうだな。面会者の一覧はもう一度洗っておこう」
犯人に繋がるかもって状況に興味はないのか、デイジー様の表情は崩れない。
これじゃ、ヒナちゃんとの約束を果たしたとは言えないよね。とてもこのまま引き下がろうなんて思えない。
「とりあえず、デイジー様の方針は理解できました。その上で言っておきますね。そんなの、知った事じゃありません」
「…………!」
僅かに、本当にほんの僅かだったけど、ここに来てデイジー様の表情が揺れた。
だんまりがヒナちゃんの、領地の為だって縋っているんだから無理もない。
だからって、そんなの正しい訳がない。
「ヒナちゃんは今、泣いてるんです。いつか分かってくれるなんて大人の都合を、あの子に押し付けようとは思いません!」
あの子に今の境遇を強いるなんて、絶対に間違っている。
「お母さんを助けて、私はヒナちゃんにそうお願いされました。ですから、デイジー様がどんなつもりでいようと、私は貴女を彼女の前へ連れてゆきます!」
一方的に宣言して、私は席を立つ。
これ以上手に入る情報はないと判断したのか、私抜きでは立会人って建前を失うと思ったのか、アドラクシア殿下も後に続いた。
去り際、逡巡で歪んだデイジー様の顔が視界に入った。あれだけは、間違いなく母親のものだったと思う。
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